80.盗賊砦を壊滅せよ②~魔術師~
扉を開けたと同時に目の前が真っ赤な攻撃射線で満たされた。
ファイアーボールの直撃を受け、爆風で建物内部に吹き飛ばされた俺は、体中が火達磨になりながら石畳の上を転がりまわった。
必死に炎を消そうとするがなかなか炎は消えてくれない。
身体にまとわりついてくる炎は、全身の皮膚を容赦なく焦がしていく。
気道まで熱が入り込んできて息ができない。
意識がどんどん遠ざかっていき窒息死寸前まで追い込まれた。
それでも苦しくて転がりまわる。
そしてついに炎の勢いが衰えていき、俺の全身を焼き尽くした炎は鎮火した。
「グガガアアアァァァ」
獣の咆哮のような声が俺の口から吐き出されている。
身体は全く動かない、息をしようにも熱でただれた肺は一切の酸素を取り込むことは出来ないようだ。
体の感覚は全て失われてしまったようで、即死しなかったことが奇跡的状況だった。
意識が朦朧とする頭で何が起きたのかを思い出す。
扉を開け、広場を見た瞬間、盗賊たちが数十人規模で待ち受けていたのを見た。
そしてその中心でローブ姿の老人が杖をかざしていた。
その直後に大爆発が俺を襲い、焚き火にくべる薪のように盛大に燃えてしまったのだ。
おそらく火属性魔法、『ファイアーボール』による攻撃が直撃したのだろう。
流石に今度こそ死んでしまうだろうと諦め、石畳の上で最後の時を待つのだった。
数瞬の後、爆発的な光が俺を包み込んだ。
体の内側から魔力が溢れかえり、体外へ放出していく。
呼吸が復活し、窒息状態から回復する。
破裂していた眼球が再生されて視界が戻ってくる。
黒焦げになってしまった全身の皮膚が、かさぶたを剥がすようにポロポロと剥がれていった。
新たな皮膚が再生され、火傷の痛みも一瞬で消えてしまう。
手の感覚が戻ってきて石畳の上に寝転んでいることが確認できた。
チートスキル『瀕死回復』が発動して体中の傷や体力が全回復した。
俺は慎重に立ち上がりながら、辺りを確認していった。
爆発の状況は凄まじく、建物内部の壁はぼろぼろに崩れ落ちていた。
ファイアーボールは人間が直撃していい代物ではない、『瀕死回復』は一日一度きりの切り札だ。
次に被弾すれば確実に死亡してしまうことが容易に想像できるので、俺は呪文をくらわないことを心に決め気を引き締めた。
盗賊団との戦闘開始早々、切り札を失ってしまった俺は、後がなくなったことを自覚するのだった。
建物の入口付近にはまだ爆煙が立ち込めており、敵の突入は開始されていない。
俺は慎重に己の体を触って被害状況を確認していった。
兜や小手、ブーツは金属がふんだんに使われていたので、炎や爆風に耐えきり無事だった。
金属製の大盾も焦げてはいるが大きなへこみなどはないので、まだまだ使うことが出来る。
しかしブライアンさん特製の革鎧は大部分が焼け落ちていて、十分な防御は期待できそうになかった。
購入してまだ一週間ほどしか経ってないのにぼろぼろにしてしまって、ブライアンさんに申し訳ない気持ちになる。
しかしハイ・オークの突撃攻撃と『ファイアーボール』による爆炎攻撃を受けきってなお、原型をとどめている革鎧に俺は感心してしまった。
ブライアンさん特製の鎧を着ていなかったら即死していてもおかしくないだろう。
この戦いに勝利した暁には必ずブライアンさんに謝りに行こう、そして更に強度がある鎧を売ってもらおうと心に誓うのだった。
素早く革鎧を脱いで『無限収納』へ収める。
代わりに盗賊団のお宝部屋にあった金属製の胸当てを出して着込んでいった。
サイズが微妙に合っていない胸当ては、ブライアンさんの革鎧に比べ着心地が悪い。
しかし今はこれしか防御手段がないので我慢して装着した。
長剣を構えて爆煙が収まるのを待つ。
まだまだ細かな塵が狭い通路を満たしているので、盗賊たちの姿は確認できなかった。
後少し時間が経てば盗賊たちが通路になだれ込んでくるはずだ。
まさか盗賊たちは俺が無傷で待ち構えているとは思っても見ないだろう。
その油断を突いて突入してきた盗賊どもを迎撃するつもりだった。
(しかし魔術師が敵側に居たのは想定外だったな。魔術師はファイアーボールと叫んでいた。この世界に来て初めて攻撃魔法を間近に見たが、まさかその魔法を身に浴びるとは思っても見なかったな……)
若干心に余裕が出てきて、先ほど身に受けた攻撃魔法の威力を思い出していた。
(あれだけの攻撃力がある魔法を何発も撃てるのだろうか……。確かサイモンさんは魔法を連発すると気絶すると言っていたような気がする)
あんな高威力の魔法を連発されてはたまらない、あの攻撃魔法は敵の切り札的な位置づけであることを願うばかりだ。
(今落ち着いて分析するとファイアーボールはそれほど速度が出ていなかった気がする。遠距離からの攻撃を前提に考えれば、気をつけてさえいれば避けることが出来るんじゃないか? 油断せずに魔術師を倒せば、俺にも勝機があるはずだ)
俺は冷静に作戦を考えつつ、爆煙が収まるのを静かに待つのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
爆煙が収まり、盗賊たちが通路になだれ込んできた。
大盾を構えて待ち構えていた俺は、思い切りぶちかまして盗賊たちを迎撃した。
最初に突っ込んで来た若い盗賊は大盾に弾き飛ばされ、壁に激突して即死した。
その様子を見て盗賊たちは驚きの表情でその場に止まろうとする。
しかし後ろからどんどん突入して来るので、急には止まれない。
無防備に固まっている盗賊を上段から斬り伏せていった。
一方的に俺は暴れ回る。
ファイアーボールが直撃した人間が動き回れるなどと思っても居なかった盗賊たちは、混乱して反撃することも忘れ逃げ惑っている。
背中から袈裟斬りに切り捨て、絶命した盗賊を蹴り飛ばす。
勢いよく飛ばされた盗賊の死体は、仲間を巻き込んで地面に転げ倒れた。
倒れてもがいている盗賊どもを長剣で一人ひとり突き刺していく。
頭や心臓など急所を突かれた盗賊たちは、絶望の表情を顔に貼り付けて絶命していった。
通路に突入した仲間たちが、なかなか戻ってこないことを不審に思ったリーダー格の盗賊が、恐る恐るという感じで近寄ってくる。
俺は素早く近づきリーダー格の男を殴り倒した。
あっけないほど簡単に地べたに這いつくばった盗賊の頭部を、重いブーツの靴底で踏み潰す。
そして時間を置かずに広場へ突入して強敵である魔術師を探すのだった。
広場には篝火が焚かれ、盗賊たちが溢れ返っていた。
ざっと見た限りだが、三十人から四十人はいるのではないだろうか。
俺の姿を見た盗賊たちが驚きざわつき始めた。
恐慌状態に陥って戦線を離脱して逃げ出す盗賊も見て取れた。
確かに驚き逃げ出すのも無理はないだろう。
俺は死んだ盗賊の返り血を全身に浴びて血だるま状態になっているのだ。
極度の興奮から鬼のような形相になっていることだろう。
すでに十数名が殺害されている中で、冷静に俺に向かってこられるような肝っ玉の座った奴はそうそう居なかった。
辺りを見渡すが魔術師の姿はまだ発見できない。
そして俺を騙し討ちにしたサギーの姿も見つけることは出来なかった。
砦の壁上から弓を構えた盗賊たちが俺を狙っていて、無数の攻撃射線が俺に向かって伸びていた。
慌てずに『無限収納』から投擲用のナイフを取り出す。
一歩左に寄り最初に放たれた矢を避け、避けたと同時にナイフを投げた。
一直線にナイフは壁上へ飛んで行き、矢をつがえている盗賊の喉元に突き刺さる。
鮮血をほとばしらせながら壁上から盗賊が落ちる。
大きな音を立てて地上に激突した盗賊は起き上がること無く絶命した。
矢の雨が降り注ぐなか、冷静に避けながら固まって動かない盗賊たちに近づいていった。
一太刀ごとに盗賊の首が空中に跳ね上がり死体が広場を埋め尽くしていく。
上段から思い切り剣を振り下ろすと『唐竹割り』が高い確率で発動して敵を真っ二つにしていった。
そんな一方的な戦いの中で広場の一角に妙な感じで固まっている盗賊たちの姿を見つけた。
盗賊たちは盾を構えて防御態勢をとっている。
その後ろには先ほど俺にファイアーボールを唱えた魔術師が見え隠れしていた。
(見つけたぞ! さっきのお返しをさせてもらうぞ!)
俺は魔術師めがけて駆け出した。
魔術師は魔法発動に集中しているらしくこちらに見向きもしない。
防御態勢でこちらをうかがっている盗賊たちが、俺の鬼気迫る形相を見て蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「……マナを解き放ち、我の敵を討ち滅ぼせ!」
魔術師は杖を振りかざして呪文を叫んだ。
途端に杖の先に灼熱の火球が出現する。
それと同時に俺を真っ赤な攻撃射線が包み込んだ。
「ファイアーボール!」
魔術師の魔法が完成して火球が一直線に飛んでくる。
切り札である『瀕死回復』のスキルはもう無い。
あの火球を避けられなければ今度こそ俺は死んでしまうだろう。
轟音を伴い迫りくる火球を前にして俺は気を引き締めるのだった。
ー備考ー
『ファイアーボール』…… 火属性魔法の初歩魔法。魔力を凝縮した高温の火の玉。通常温度一千度ほどだが、魔術師の力量次第で温度は高まる。それに伴い威力も増大する。




