8.冒険者になったぞ
ギルドカードを見つめながら、異世界に来た経緯を感慨深く思っていると、トリシアさんが声を掛けてきた。
「では、少々お時間を頂いてギルドの説明をしますね。まずユウヤさんはブロンズランクの冒険者として登録されました。これから実績を上げていけばシルバー、ゴールド、プラチナとランクが上がっていきます。ランクアップの際はギルド職員の審査や試験がありますよ」
トリシアさんはすらすらと説明を続ける。
「実績を上げるにはあちらの掲示板にあるクエストをこなしていただきます。複数人でしか受けられないクエストや、ランク制限など様々な条件がありますから注意してください。クエストには期限が設けられているものもあります。達成できない場合は罰金やランクの降格などがありますのでこちらも気を付けてくださいね」
「ブロンズランクで失敗したらどうなるのですか?」
「ブロンズランクでは降格になるようなペナルティーのクエストはありませんから心配いりませんよ。簡単な雑用クエストが大半なので失敗もしないでしょう」
俺の質問によどみなく答えるトリシアさん。
きっと毎回同じ質問をされているのだろうな。
「冒険者同士での殺傷等の事件は原則禁止となっておりますよ。間違っても街なかで争わないでくださいね。禁を破った者は相当な罰を受けることになります。しかし町の外、とりわけ迷宮内部などの未開の地ではこの禁は適応外になります。むやみに他の冒険者を信用してはいけませんよ」
少し怖い顔をしてトリシアさんが忠告してくる。
初心者は用意周到に騙されて財産や命を取られてしまうことが多いらしい。
本当に自信がつくまでは街の周囲で活動することを強く勧められた。
「このギルドカードは大陸全土で共通して使えます。たいてい大きな街ではギルドの支店があるので、クエストの受注や報酬の受け取りなどが出来ますよ」
(なるほど、一々ここへ戻ってこなくてもいいんだな。それは便利な制度だ)
「有名な冒険者には、指名依頼という特別なクエストが発生する場合があります。ユウヤさんはまだ駆け出しなので関係がありませんが、もし指名依頼が発生した場合はお声をかけますのでよろしくおねがいします」
(ライトノベルなどでよくあるごたごたに巻き込まれるやつだな。俺には関係なさそうだから気にしなくてもいいだろう)
「最後に一つ、強制クエストと言う物がギルドには存在します。強力な魔物討伐や紛争にギルド一丸となって対処する場合です。問答無用に徴用されるのでご了承ください。ギルドの恩恵を受ける対価だとお考えくださいね」
にっこりと笑ってトリシアさんは説明を終えた。
「概ねわかりました。またわからないことがあったら聞きに来ますね。掲示板を見てきます」
俺は話を聞き終えて早速仕事を見繕いに行こうとした。
簡単なクエストなら今からでもできそうだ。
お手軽な薬草採取などの定番のクエストがあるだろう。
「あ、ユウヤさん、少々お待ち下さい。ちょうど今から初心者講習会が始まるのですが、受講していきませんか? 色々ためになることをベテラン冒険者の方から聞くことができますよ」
「そんな親切な講習をやっているんですか、是非参加したいです」
右も左も分からない駆け出し冒険者なので、少しでも情報を教えてもらえるのはとても嬉しい。
早速受講することをトリシアさんに願い出た。
「会場は二階になりますよ、そちらの階段から上がってください」
「あの、受講料はいくらですか?」
「大丈夫ですよ、お金はいただきません。近年冒険者になりたての方が事故で亡くなることが多いので、対策の一環で講習会を開いているのですよ。安心して受講してください」
トリシアさんは丁寧に説明をしてくれる。
(無料で色々教えてくれるなんて、冒険者ギルドの福利厚生は大したものだな)
「では遠慮なく参加させてもらいます」
「いってらっしゃい」
トリシアさんは優しく送り出してくれた。
俺はエントランスの端にある階段を二階へ上っていった。
二階へ上がると一階からの吹き抜けを囲うように廊下が連なっていた。
扉が複数あるが固く閉ざされていて、奥に進むと一箇所だけ開いている扉が見えた。
恐る恐る中を覗いてみる。
部屋の中には数脚の椅子が並べられており、数人の冒険者達が座っていた。
「ん? 講習を受けに来たのか? そろそろ始めるから適当な所へ座れ」
歴戦の強者というイメージがぴったりな初老の冒険者が、部屋の隅に佇んでいて俺に声を掛けてきた。
「よろしくおねがいします」
軽く一礼をして空いている椅子に腰掛けた。
周りを見渡すと三名の冒険者が座っていた。
戦士タイプが二名、二人とも男だ。
そして女性が一名、黒いローブを着て長い杖を携帯している。
見た所魔法使いタイプの冒険者だろう。
俺以外の受講者は一ところに固まっている。
雰囲気から三名は仲間だと思われた。
(俺も仲間を見つけたほうがいいのだろうか、一人で何処までやれるか試したい気もするが……)
「よし、では初心者講習会を始める。基本中の基本を教えるからよく覚えるように」
部屋の扉を閉めながらベテラン冒険者が話し始めた。
背筋を伸ばして真剣に話を聞く体制に入る。
真面目に聞くことによって生存率が上がるはずなので、一言も聞き漏らさないようにするつもりだ。
三名の冒険者達はだらりとした姿勢であまり態度がよろしくない。
そんな彼らをとがめることもなく、ベテラン冒険者は説明をしていく。
「まず自己紹介をしておこう、俺はロジャー・コールマンだ。今は引退してギルド職員をやっているが、現役時代はゴールドランクの冒険者だった」
部屋の中に緊張が走る。
三名の冒険者達が少しだけ姿勢を正して憧れの表情でロジャーさんを見た。
ゴールドランクの冒険者は珍しいのだろうか。
異世界の常識に疎い俺はいまいちピンと来なかった。
「最初に言っておくが、冒険者になって半年以内に半分の人間が死亡する。多くは己の力の見極めができず、身の丈に合わないクエストを受けた末に事故に遭って亡くなる。お前たちは講習会を真面目に受講した。なかなか見込みがある奴らだ」
ロジャーさんに褒められて三名の冒険者が嬉しそうだ。
しかし俺は死亡率の高さに驚いてしまい、素直に喜べなかった。
と、いうより本当に死んでしまうのか……。
サラリーマンだった俺からすると凄まじい死亡率の高さに言葉が出なかった。
半年以内に半分ってことはここにいる二名が死んでしまうってことだ。
完全に職業選択を間違ってしまったようだ。
「いいか、冒険者は焦って仕事をしては駄目だ。慣れないうちは賃金の低い雑用をこなしてベテラン冒険者に色々教えてもらえ。それが一人前になる一番の近道だからな」
(どこの世界も仕事の覚え方は一緒のようだな。俺も謙虚に先輩方のいうことを聞くことにしよう)
「では具体的に色々教えていくぞ」
ロジャーさんは黒板に文字を書きながら説明を始めた。
「まず、己の強さを知ることはいちばん大切なことだ。常識ではあるが、今一度確認をしてみようと思う。各自ステータスを確認してくれ」
「「「ステータスオープン」」」
冒険者三名が同時に何やら呟いた。
俺は何がなんだかわからずにポカンとしてしまう。
「そこの君、早くステータスを確認しろ」
ロジャーさんは俺を指差して声を掛けてきた。
「え? ス、ステータス? オープン……」
慌てて三人の呟いた言葉を俺も呟く。
突然目の前に文字の並ぶ画面が出現した。
「うわっ、なんか出てきたぞ!」
あまりにも唐突だったので、思わず大きな声を上げて立ち上がってしまった。
異世界特有のファンタジーな現象に、俺は固まり唖然としてしまうのだった。