71.罠
コネチトの進言により、討伐隊は更に山中の奥へ分け入るのだった。
人がおよそ通らない獣道を十四名の討伐隊はノロノロとした速度で進んでいた。
周りは背丈ほどの雑草が生い茂り、五メートル先を見通すことも出来ない。
頻繁にスライムが樹冠の上から落ちてきて討伐隊を攻撃してくる。
その度に誰かが負傷し、ポーションの消費が加速していった。
「おい! お前の知っている砦とやらにはいつになったら到着するのだ!?」
騎士バーナードが苛立ちを隠すこと無くコネチトに問いただす。
熊のような体格は登山には不向きらしく、重い鎧を着込んでいることも相まって彼の神経を消耗させているようだ。
「もうすぐでございますよ、そろそろ砦が一望できる崖が見えてくるはずです」
コネチトは怒鳴られても余裕の表情をしている。
『身体能力向上』のスキル持ちでもないのに、息一つ切らしていなくて大した体力だ。
細い獣道を雑草をかき分けながら進んでいるので隊列は伸び切り、うしろの衛兵や冒険者の姿は切れ切れにしか見えない。
ここで魔物などに襲われでもしたらひとたまりもないだろうと不安に思ってしまった。
一行はちょうど窪地になった場所に差し掛かった。
コネチトが立ち止まり何やら騎士ジルと話している。
俺は少し後ろにいるので会話までは聞き取れないが、コネチトの表情から緊急なことが起こったわけではないことが推察された。
「一旦休憩にする! その場に待機して指示を待て!」
ジルの声が窪地に響き渡り、疲れ切ったみんなが安堵する。
俺もその場に座り込んで次の命令が下るまで休むことにした。
「セシルさん、疲れたでしょう? これでも飲んでください」
隣りに座っているセシルさんにそっとオレンジジュースを差し出した。
周りとは微妙に距離が離れているので、セシルさんと俺の会話は聞こえないはずだ。
差し出したジュースは俺特製で、キッドさんにも好評だったとても美味しい飲み物だ。
険しい獣道を女性の足で歩いてきたセシルさんは疲れきっている。
少しでも元気にしてあげたくて、こっそり『無限収納』から取り出したのだ。
「ありがとうございます。これなんですか? お水ではないですね……」
セシルさんは木のコップに注がれたジュースを不思議そうに見ている。
「柑橘類を絞った果汁に砂糖を足した物です。おいしいから飲んでみてください」
みんなに聞こえないように小声で説明する。
「んんっ! これ凄くおいしいです、それに冷たい!」
一口飲んでぱっと笑顔になったセシルさんが嬉しそうに俺を見る。
「し~っ! 大きな声は出してはだめですよ、みんなの分は無いからこっそり飲みましょう」
俺もジュースを飲みながら小声でセシルさんに言う。
『無限収納』の中は時間が止まっているので、よく冷えたオレンジを絞ったジュースは冷たいままだ。
笑顔でうなずいたセシルさんは大事そうにコップを抱えて飲み始めた。
(本当は熱々の串焼き肉でも出してあげたいけれど流石にまずいだろうな……)
横で嬉しそうにジュースを飲むセシルさんを見ながら、秘密があることの不便さを疎ましく思っていた。
「ユウヤさん、このジュースなんで冷たいのですか?」
自らも『収納』のスキル持ちであるセシルさんが目ざとく質問してくる。
不思議そうに俺の顔を覗き込んでくるセシルさんはとても可愛くて全てを説明したくなる、しかしぐっとこらえて質問をはぐらかすことにした。
「まあ、冒険者の秘密ってやつですよ、あまり詳しく聞かないでください」
「あっ、秘密ですね、ごめんなさい」
にっこりと笑ったセシルさんはそれ以上聞く気はなくなったようで、オレンジジュースを大事に少しずつ飲み始めた。
隊の先頭付近からコネチトが歩いてくるのが見えた。
誰かを探しているらしく、休んでいる一人ひとりの顔を覗き込んでいる。
何事かと思いコネチトを観察していると、俺の顔を見た奴が笑顔になって近づいてきた。
男に笑顔なんか向けられても嬉しくもなんとも無い。
やはりセシルさんのような美人さんにこそ笑顔は似合うのだ。
コネチトから目をそらしセシルさんを見る。
俺に見られていることに気づいたセシルさんが笑顔になって見返してくる。
(ああ、かわいいな。これが癒やしの笑顔だよな)
「旦那、ここに居たんですか」
俺の癒やしを中断するようにコネチトが話しかけてきた。
「なんだよ、俺に用でもあるのか?」
少し不機嫌になってしまいぶっきらぼうに答えてしまった。
「旦那~、そんな邪険にしねえでくださいよ、ちょっと話があるんで付き合ってもらえませんか?」
揉み手をしながらコネチトが頼み事をしてくる。
「ここじゃまずいのか? いつ出発するかわからないから離れることは出来ないぞ」
「そこをなんとかお願いしますよ! ちょっとだけだから、話はすぐに終わります」
やけにしつこく食い下がってくる。
騎士ジルが遠くに見えるが休憩していてすぐには出発しそうにない感じだ。
「仕方がないな、セシルさん少し離れますね。すぐ戻って来ますので心配いりませんよ」
先ほどまで笑顔だったセシルさんが不安げな表情になってしまった。
彼女に優しく諭してからコネチトについて行くことにした。
ー・ー・ー・ー・ー
「コネチト、一体どこまで行くんだ?」
獣道を外れて藪の中を突き進みながらコネチトの背中に問いただす。
「もうすぐですよ、すぐそこです」
振り返りもせずにどんどん突き進むコネチト。
不意にコネチトが立ち止まる。
周りは高い木々が生い茂り、下草がびっしりと生えている。
なにかおかしいなと思ったときにはもう遅かった。
無数の攻撃射線が俺を狙っている!
「コネチト止まれ、囲まれているぞ!」
シュッと言う風切り音を聞き、俺はとっさに伏せて身を隠した。
先ほどまで頭があった位置を何本物矢が通り抜けていく。
「敵襲だ! コネチト剣を抜け!」
剣を素早く抜き去り、藪の中に突っ立っているコネチトに指示を出す。
それでもなおコネチトは悠長に棒立ちしていた。
「旦那、ここが旦那の終点ですよ。おとなしくあの世に行ってください」
コネチトがゆっくりと振り返る。
奴の周りには短剣を抜き身で持った屈強な男たちが集まっていた。
木の上からは弓で俺を狙っている男たちが複数いる。
完全に待ち伏せを食らってしまい窮地に陥ってしまった。
「旦那、流石ですね。不意打ちを見抜かれ矢をかわしたのはあんたが初めてだよ」
不敵に笑いながら振り返ったコネチトの顔は別人になっていた。
「お前は誰だ!? コネチトなのか?」
よくよく観察すると右手の指も欠損していない事が見て取れる。
顔は俺の知っているコネチトではなくもっと凶悪な知らない男だ。
「俺はコネチトだがコネチトではないぞ、本当の名はサギー・ザッパーって言うんだ。ダミアン・ザッパーは俺の兄貴だよ。俺は『ケルベロス』のナンバーツーさ」
コネチトだった男は驚愕の事実を俺に突きつけた。
頭が混乱してしまうがコネチトを『真理の魔眼』で視る。
『真理の魔眼』には驚くべきことが書いてあった。
目の前にいる男から目が離せない。
俺はこの窮地をどうやって脱するのかを混乱した頭で懸命に考えるのだった。




