70.さらなる山奥は……
ユウヤが討伐隊参加をすることを条件にサイモンたちの命は救われた。
次の日の早朝、第二次盗賊団討伐隊が本陣の広場に集合していた。
隊長は騎士ジル自らが務め、補佐役として騎士バーナードが同行することになった。
戦力として衛兵が五名、そして冒険者が俺を含めて七名。
ライアスやべソン、コネチトはもちろん、今回はジルの世話をするためにセシルさんも同行することとなった。
居残り組は本陣の防衛に騎士フィリップと三名の衛兵、そして重傷者を含め戦闘に参加できない四名の衛兵たち、その衛兵たちを世話するために冒険者が二名。
今考えられる最大の戦力を投入した討伐隊が、盗賊団を壊滅させるために出立しようとしていた。
すでに王都を発ってから七度の夜を越えている。
討伐日程が大幅に遅れてしまったにもかかわらず、未だに盗賊のアジトすら見つけられないでいた。
「討伐隊進め!」
ジルの掛け声で本陣から兵士たちが山中に分け入っていく。
俺も冒険者達とともに衛兵の後ろをゆっくりとした足取りでついていくのだった。
「なあユウヤ、なんでお前は盗賊を殺すことをためらっているんだ?」
俺の横を歩いているライアスが不思議そうに聞いてくる。
「私も疑問に思います、ユウヤさん盗賊たちは悪人ですよ? 討伐されて当たり前の存在です!」
セシルさんもライアスと同じ意見なようだ。
周りの冒険者達も俺の答えを聞きたそうに耳をそばだたせている。
「なんでと言われても困るな……、人殺しはやっちゃいけないだろ? いくら相手が悪人でも裁判もせずに殺すのは違うと思うんだよ。もちろん罪を償わせることには賛成だぞ」
俺の説明に周りの冒険者は納得いかない様子だった。
日本人の常識はこちらでは通用しないようだ。
盗賊や山賊などの悪人は、見つけ次第縛り首にすることが異世界での常識なようだ。
「それでは暴漢が襲いかかってきたらどうするんですか? 黙って殺されるのですか?」
べソンも疑問を投げかけてくる。
「襲いかかられたときか……、なるべく殺害せずに捕縛するかな、あまり暴れるようなら腕の一本ぐらいは切り飛ばすかもしれないな」
俺の答えに一同が大笑いをする。
「ユウヤ、腕なんて切り飛ばされたら失血多量で死んじまうぞ。それとも盗賊共にポーションでもぶっかけてやるのか? そんなのもったいねえよ」
ライアスが笑いながら言ってくる。
「旦那はおかしな考えをしているな、敵を殺すのは当たり前じゃねえか、敵に情けをかけてちゃあ長生きできねえぜ!」
コネチトまで俺の考えに否定的だ。
それだけ異世界が弱肉強食の世界ということなのだろうな。
果たして俺は人間と戦うことができるだろうか……。
ー・ー・ー・ー・ー
一日目の山狩りが終わり、見慣れた野営地に到着する。
そこは、最初の山狩りの際に使用した場所だった。
下草が刈られて広場のようになった場所に、焚き火の跡が残っている。
一日しか経っていないので簡単に再利用できる状態だった。
「今日はここで野営するぞ、冒険者ユウヤは居るか! ジル様の天幕を『収納』から出して組み立てろ!」
騎士バーナードが大声で指示してくる。
こいつは威張り散らしていて、俺の一番嫌いなタイプの人間だ。
しかし指示されればやるしかないので、広場の片隅に天幕を出すことにした。
「俺達も手伝うぞ」
サイモンさんたちが寄ってきて声を掛けてきた。
隣には第一次討伐隊で生き残った衛兵たちもいる。
「ありがとうございます」
俺はサイモンさんたちにお礼を言いつつ『無限収納』から天幕の材料を取り出していった。
今回持ってきた天幕は、本陣にある大きな天幕より二回りほど小さな物だった。
しかし構造自体は同じで頑丈に作られている。
地面に何枚も板を敷き、絨毯の代わりに毛皮を敷き詰める。
柱を何本か建てたら、丈夫なテント生地を被せていく。
大人なら四、五人は寝起きができるほどの小型天幕がそれほど時間がかからずに完成した。
「終わったのか? 終わったのなら引き続き夕食の準備に取り掛かるように」
騎士バーナードがここぞとばかりに俺をこき使ってくる。
力では勝てないので嫌がらせをして俺に意地悪をすることにしたらしい。
仕方がないので天幕から離れ、かまどを作り夕食を作り始めた。
また大所帯に戻ってしまったので、お得意の肉入りスープを作ることにした。
前作ったときに好評だったので今回も喜んでくれるはずだ。
美味しい料理を食べて明日の山狩りに備えることにしようか。
ー・ー・ー・ー・ー
「ここだな? ハイ・オークと戦闘をした遺跡と言うのは」
ジルは瓦礫が散乱する小規模遺跡の前で睨みを効かせた。
朝早くに野営地を出発した討伐隊は、歩みを進めて激戦を繰り広げた遺跡に到着していた。
「はい、今ジル様が立っておられる場所から弩を放って突撃したのです」
サイモンさんが一生懸命に説明している。
まだ日にちが経っていないので、ハイ・オークとの戦闘を鮮明に思い出せる。
奴の突撃で受けた激痛を思い出して思わず脇腹をさすってしまった。
「それで、ここにも盗賊たちはいなかったわけだな? そうなるとこの辺には奴らがねぐらにしていそうな場所はもうないな……」
ジルは腕組みをして考え込んでいる。
俺はこの辺の地理に詳しくないので、盗賊どもがどこにいるのか見当もつかない。
ただ荷物運びとして騎士たちに付き従って付いて行く事しか出来なかった。
「騎士様、恐れながら少々お耳に入れておきたいことがございます」
ジルがこの後の方針を決めかねていると意外な人物が声を上げた。
その人物は右手の指を欠損した男、冒険者のコネチトだった。
「控えろ! ジル様は今お考え中なのだ、冒険者などが話しかけていいわけなかろう!」
コネチトの呼びかけに騎士バーナードが吠える。
「よい、なにか用か? 申してみよ」
考えが煮詰まらないジルはコネチトがいる方向へ向き直ると話を聞く態勢に入った。
「ははあ、私はこの辺の地理に詳しい者でございます。実は……、この先の尾根を越えた山中に大昔の砦があるのです。もしかしたら……、盗賊共のねぐらになっているかもしれません」
コネチトが遠慮がちに報告をする。
奴がこの辺に詳しいことなど知らなかった。
冒険者たちも驚きながらも様子をうかがっている。
「ほう、それは初耳だな。この周辺に奴らのアジトがあると予想していたが、砦の存在は知らなかった。お前はなぜもっと早くに報告しなかったのだ?」
「い、いえ、あくまでも砦があるだけで盗賊たちがそこにいるかはわかりません。この様な不確かな情報をお耳に入れることは失礼だと思いまして、今まで黙っていました。お許しください」
コネチトは青い顔をして土下座をし始めた。
ジルの機嫌を損ねてしまったようだ。
良かれと思って報告しても騎士の機嫌次第で叱責されてしまう事に、俺は心底驚いてしまった。
これでは騎士に関わろうとする者が出てこないのも納得だ。
「まあ、このままでは埒が明かないのも事実だな。お前の申す砦とやらに私を案内せよ、これからは些細な情報でも隠し事をすることは許さんぞ!」
ジルが偉そうに言い放つ。
「ははあ、ではこれより砦へ案内いたします!」
コネチトが地面に額を擦り付けて更にかしこまった。
太陽はまだまだ空高く昇っている。
盗賊たちを探す山狩りは、更に山中の奥深くへ探索の範囲を広げるのだった。




