69.命の代償
美人女騎士に討伐隊参加を懇願されたユウヤは困っていた。
「ユウヤよ、ぜひともお前にも参加してほしいのだ! いや、参加してもらわなければこの遠征が失敗してしまうのだ! 頼む、私を助けてくれ!」
ジルが必死にすがりついてきた。
「ちょっと待って下さい、今度は戦闘しろと言うのですか? 俺は人殺しはしませんよ!」
盗賊との戦闘なんかまっぴらごめんなので速攻で断る。
いくら美人の頼みでも人殺しには参加できない。
「この遠征が失敗すれば私は更迭されてしまうのだ。それだけじゃないぞ、サイモンたちは職務放棄の罪で打ち首だ。奴らを助けたいだろう? 助けるには盗賊を討伐するしかないのだぞ」
この女騎士は悪知恵だけは回るらしい。
俺がサイモンさん達を助けたいことを見抜いているようだ。
「何もユウヤが先頭になって剣を振るう必要はないのだ。ユウヤは荷役として同行してくれればいい。もしも戦闘で劣勢になった場合ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ助けてくれればいいのだ。報酬はたっぷり出す、頼む! ユウヤさえ承諾してくれれば丸く収まるのだ!」
ジルは徐々に興奮して早口でまくし立てた。
なぜこれほどまでに俺に頼ってくるのだろうか?
「俺のことを高く評価してくれるのは嬉しいのですが、少々買いかぶりすぎではないですか? 俺一人参加しても戦局など変わらないでしょ?」
「何を寝ぼけたことを言っているのだ? ハイ・オークを単独で倒すということは軍隊で言うところの五〇人分以上の戦力があるということだぞ! いや、無傷で討伐したわけだから百人以上かもしれないぞ、それだけユウヤの戦力は凄まじいということだぞ!」
ジルは興奮して茹でダコのように顔が真っ赤になってしまった。
フーフーと息を吐きながら上目遣いで俺を見つめている。
そんなジルを見ながら俺は困ってしまった。
サイモンさん達を助けたいと思っているのは事実なのだ。
しかしどうしても殺人を犯す危険な任務には就きたくないのだ。
そこで俺はジルに提案してみることにした。
「とりあえず冒険者達を集めて討伐隊への参加依頼をしてみたらどうですか? 彼らが提案に乗ってきたら考えてもいいですよ」
苦し紛れの提案だが、もう少し時間がほしい。
いろいろありすぎて考えがさっぱりまとまらないのが現状だった。
「おお! それは本当だな!? よし、早速冒険者どもを招集しよう!」
俺の提案にジルは目を輝かせて喜んだ。
さっさと俺から離れたかと思うと、大声を出して衛兵たちを呼びつけた。
「おい! 誰か居るか!? 至急冒険者を全員連れてくるのだ!」
先ほどまでとは打って変わって精力的に行動し始めたジルは、天幕から飛び出すように出ていってしまう。
取り残された俺は慌ててジルの後を追って天幕から外へ出た。
「まだ協力すると決めたわけではありませんよ! 冒険者たちだって承諾するとは限りませんからね。あくまで考えるだけですからね!」
嬉しそうに移動していくジルの背中に話しかける。
「大丈夫だ、ユウヤと違って冒険者たちは私に逆らうことなど出来ないだろうよ。騎士に逆らうなんてユウヤだけだぞ」
ジルは自信満々に宣言する。
この女騎士はまたしても冒険者達を脅して言うことを聞かせるつもりだろうか……。
俺は呆れてしまいながらも、ジルを追って行くのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
「皆の者よく聞け!」
高らかにジルが叫んだ。
本陣中央にある広場には、何も知らされていない冒険者達が集められている。
みな一様に訝しげな表情をしていて、ジルが何を話し始めるのか黙って聞いていた。
「知っての通り第一陣の討伐隊は任務を放棄して帰還した。そこで第二陣を編成することとなった。今回の指揮は私自らが行うことにする。そこで冒険者の中から討伐部隊に参加する者を募ることにした。吾こそはという者は名乗り出るのだ!」
ジルの説明に冒険者達は顔を見合わせた。
討伐隊に志願するということは、盗賊たちと戦闘しなくてはならないことを知っている彼らは、割りに合わない危険な任務に誰一人として志願しなかった。
広場は気まずい雰囲気に包まれる。
反応が芳しくないのを敏感に感じ取ったジルはさらなる手を打つ。
「もちろんただではないぞ、討伐隊に参加した者には全員に、金貨一枚を通常報酬の他に支払うことになった。一攫千金のチャンスを逃す手はないぞ!」
破格の給金の提示に冒険者達からどよめきが起こる。
貧乏冒険者達にすれば金貨一枚は大金だ。
何名かの冒険者が周りを気にしながら志願するかどうか迷い出したようだ。
更にジルの演説は続く。
「何も心配することはないぞ、今回の討伐隊には力強い助っ人を用意したのだ。みなも知っている冒険者ユウヤは、私が打診した討伐隊への参加要請を快く引き受けてくれた。一騎当千の戦士であるユウヤが参加するのだ、この討伐は成功したも同然だ!」
ジルはみんなの前で堂々と嘘を言い放った。
「なっ!」
騎士としてあるまじき行為に俺は絶句してしまった。
みんなの視線が俺に集まる。
ハイ・オークを俺が一人で倒したことはすでに陣内に知れ渡っているようだ。
熱い視線を浴びてしまい、一瞬ジルの言動を否定するのが遅れてしまう。
「俺は参加するぞ!」
「俺も参加する!」
「ユウヤが一緒ならば大丈夫だな!」
次々に冒険者達が参加の名乗りを上げてしまった。
ここで否定すると騎士団の面子を潰してしまいかねないので、ぐっと堪えて一歩前に出た。
「ジル様、討伐隊参加の件ですが、サイモンさん達を解放してくれなければ受けられませんよ、今この場ではっきり解放すると確約してください」
ただでは起き上がらない精神で拘束されている衛兵たちの解放を迫る。
条件を出した俺に対してジルの取り巻きの騎士や衛兵が睨んでくる。
しかし、ここを逃してはサイモンさん達を助けることはできそうにないので、俺もジルを睨んで返答を迫った。
「よしわかった、サイモンたち七名を赦免する。これは騎士ジル・コールウェルの名において速やかに実行するものとする。衛兵、サイモンたちの縄を解いてここへ連れてまいれ!」
ジルが高らかに宣言した。
討伐隊に参加することになってしまったが、何とかサイモンさん達を助けることができてほっとした。
しばらく待っていると神妙な顔をしたサイモンさんたちが広場に姿を現した。
無事な姿を見ることができて俺は嬉しくなってしまう。
「サイモン、冒険者ユウヤの嘆願によりお前たちの罪を問わないことにした。放免後は騎士団にさらなる忠誠を誓って励むように」
「ははあ、今後も身を粉にして騎士団のために働きます!」
かしこまって跪いたサイモンさんたちはジルに忠誠を誓っている。
なんだかジルにうまくしてやられたようでモヤモヤするが、サイモンさんたちの命が助かったので良かったことにしよう。
「さて、そうと決まれば皆の者、山狩りの準備をするのだ!」
ジルの号令で本陣内が慌ただしく動き出した。
対人戦はしないという俺の思いは、サイモンさんたちの命と引換えに有耶無耶にされてしまうのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
「ユウヤ、本当にありがとう。お前には二度も命を助けられてしまったな」
冒険者達が寝起きをする一角でサイモンさんを初め、開放された衛兵たちに取り囲まれていた。
その様子を嬉しそうに冒険者達が見ている。
「良かったですね、俺もサイモンさんたちが自由になって嬉しいです」
彼らの笑顔をまた見れたことに俺は満足していた。
「この恩はいつか必ず返すからな、明日からの山狩り頑張ろう!」
「ありがとうよ、俺は怪我で山狩りには参加できないが、ユウヤの無事を祈ってるぜ」
「お前みたいな良い奴を冒険者にしておくのはもったいないな、王都に戻ったら衛兵にならないか? 俺が推薦してやるから一緒に働こう」
衛兵たちは代わる代わる俺の手を取って礼を言ってくる。
中には俺を騎士団にスカウトしてくる者もいた。
「そろそろ飯にしようぜ、ユウヤも腹減ってるだろ?」
ライアスが俺に話しかけてくる。
辺りはすっかり暗くなって夕食には遅い時間になっていた。
「では俺たちは行くぞ、ユウヤ本当にありがとうな」
サイモンさんたちが自分たちのねぐらに引き上げて行く。
彼らの後姿を見送りながら長い一日が終わったことにほっとするのだった。
「さて、飯を食いながらユウヤの武勇伝を聞かせてもらおうじゃねえか!」
ライアスが急に大きな声を出した。
周りの冒険者達が一斉に歓声を上げる。
「ユウヤ殿の帰還祝いをしましょう! みんな集まってください!」
ベソンが嬉しそうにみんなを集めている。
またたく間に冒険者達が俺の周りに集まってきた。
一日が終わったと思ったのは間違いで、今から冒険者たちとの楽しい夕食が始まろうとしていた。




