7.冒険者ギルド
広場に戻った俺は串焼き屋に向かった。
俺の姿を屋台の店主が見つけて嫌な顔をする。
また冷やかしにやって来たと思っているんだろうな。
俺は手に持った銅貨を店主に向かってかざしてみせた。
その途端に、にこにこ顔になった店主が俺を両手で手招きしてきた。
(現金なやつだな、串焼きの味はうまいんだろうな?)
「お金を崩してきたよ、串焼きをください」
「いらっしゃい! 何本焼きましょうか旦那!」
「銅貨一枚で何本買えますか?」
「丁度一本ですよ、この串焼きは大きいから三本食べれば腹一杯になりますよ」
ごろっとした肉の塊が三個串に挿してある。
それをこちらに見せつけながら店主は説明してきた。
「じゃあとりあえず三本ください」
「まいどあり! 少し待っていてください!」
威勢のいい掛け声とともに、あらかじめ下焼きをした串焼き肉を炭火であぶっていく。
またたく間に香ばしい、いい香りが広場に漂い始めた。
肉汁が炭火に落ちるたびに香りが空腹の腹を刺激する。
「一本できましたよ、どうぞ!」
店主が熱々の串焼き肉を俺に手渡してきた。
なるほど、一つひとつが大きい肉が串に刺さっていて、カリッと焼き上がっている。
熱いのを我慢しながら一口頬張ってみる。
肉汁がジュワッと口の中に広がり、カリカリの表面が香ばしい。
しかし中は思ったよりも柔らかで、香辛料が効いた肉が口の中で踊る。
噛むたびに味が出て病みつきになってしまいそうだ。
味付けはシンプルに塩と香辛料だけ。
臭みも全くしない美味しい串焼きで、大満足の内に一本平らげてしまった。
「お次をどうぞ!」
ベストなタイミングで主人がお代わりの串焼き肉を渡してきた。
夢中になってかぶりつき空腹を満たしていく。
三本の串焼き肉を食べ尽くすのにそれほど時間はかからなかった。
「とても美味しかったですよ。それに安くていいですね」
「ありがとうございます!」
店主もご機嫌でにこにこ顔だ。
ふと思い立ってもう二本ほど串焼き肉を注文する。
焼き上がった串焼き肉を一本だけ『収納』に入れてみた。
「お! お客さん『収納』持ちでしたか。羨ましいですね『収納』は商人の憧れのスキルですよ」
「『収納』って持っている人少ないんですか?」
「たまにいますがね、しかし『収納』には容量の個人差があるんですよ。大容量の荷物を収納できれば、お貴族様にお抱えしてもらえるんです」
(そうだったのか……、俺はどのくらい収納できるのかな……?)
それから少し店主と立ち話をする。
時折串焼き肉を食べながら異世界の情報収集をした。
話し込んでいたら十分近く経っていた。
『収納』から串焼き肉を取り出す。
一口かじってみると十分前に焼いたものとは思えないほど熱々で、『収納』の中は物が冷めない事が判明した。
(『収納』は便利だな。中に入れておけばいつでも出来たてが食べられるぞ!)
喜び勇んで追加注文をする。
銅貨二十枚分、串焼き肉二十本を注文した。
全てを『収納』に入れると今度こそギルドに向かって歩き出した。
「旦那、また来てくださいね!」
背中に店主の声を受けながら広場を抜けていく。
冒険者になって日銭くらい稼げたらいいなと思いながらギルドへ向かっていった。
ー・ー・ー・ー・ー
「おお! 兄ちゃんいっちょ前に冒険者らしくなったじゃないか」
冒険者ギルドの前で強面の男が目ざとく話しかけてきた。
「言われた通りに武装してきましたよ。これで大丈夫ですかね」
「ばっちりだぞ、何処をどう見ても冒険者に違いねえ、胸を張って中へ入りな」
そう言うと扉を開けて中へ入れてくれる。
お礼を言ってから冒険者ギルドの内部へ入っていくのだった。
ギルドの中は吹き抜けのエントランスになっていた。
磨き上げられた木の床にブーツの靴底が当たりごつごつと音を立てる。
壁も木材で統一されていて、表の石造りの壁からは想像できないくらい柔らかな印象だった。
扉から正面の奥にカウンターが設置してあって、受付がずらりと並んでいる。
そこに受付の女性たちがにこやかに佇んでいた。
今はお昼過ぎで冒険者達はまばらにしか居ない。
数少ない冒険者達は、併設されたバーの様なところで木のジョッキを片手に談笑をしていた。
俺がギルドへ入ってきた途端に笑い声がぴたりと止んで一斉に視線を向けてくる。
別に敵意を向けられているわけではないが、鋭い眼光にさらされて少々たじろいてしまった。
冒険者たちは俺の初心者装備を一瞥すると、興味を失ったかのようにまた談笑を始める。
素人をからかうほど暇な人間は居ないらしい。
少しほっとしてカウンターへゆっくりと近づいていった。
「こんにちは、冒険者ギルド総本部へようこそ。担当のトリシアです」
受付の綺麗な女性がにっこりとほほえみながら挨拶をしてきた。
「こんにちは、冒険者になりたいのですが……」
恐る恐る聞いてみた。
もっと堂々としていてもいいと思うのだが、周りに武器を携帯した屈強な男達がいる場所で、平和な日本から来た俺が余裕で居られるわけない。
それに小説では、ならず者冒険者が必ずちょっかいを出してくるはずなのだ。
周りが気になって妙に縮こまってしまった。
「ギルド登録ですね、それではこちらに記入をお願いします」
そんな俺を一切馬鹿にせず、トリシアさんは登録用紙を手渡してきた。
お礼を言って記入するための机に向かう。
机は座ること無く立って記入がしやすいように、丁度よい高さで少しだけ斜めに傾いていた。
インク壺から羽根ペンを取り出す。
羽根ペンで文字を書くなど初めてだ。
初めてづくしの作業なので一々緊張してしまう。
いざ記入という段階で俺は重大なことに気づいてしまった。
文字は読めるが書くことは出来るのだろうか……。
日本語で書いては、受付嬢に怪しまれてしまうかも知れない。
しばし考えていたが、どうしようもないので思い切って普通にカタカナで記入していくことにした。
・名前…… ユウヤ・サトウ
・出身地…… トウキョウ
・職種……
名前や出身地は書けたが、職種とはなんだろう。
まさかサラリーマンなんて書けないだろうし、何を書けばいいか考えてしまう。
仕方がないのでトリシアさんに用紙を持って行って聞いてみることにした。
「すみません、職種の欄には何を書けばいいのですか?」
「そこは戦士や魔法使いなど自分が得意と思う職種や、なりたい職種でいいですよ」
トリシアさんは俺の問に嫌な顔ひとつせずに親身になって答えてくれる。
なかなか従業員の教育が行き届いたギルドのようだな。
「そうですか……、それでは戦士にしておきます。まだ戦ったことないけど魔法とか使えませんからね」
「ではこちらで記入しておきますね、名前と出身地は……、問題ないですね。それではこの石版に手をかざしてもらえますか?」
俺の書いた文字はきちんと認識されているようだな、良くわからないが結果が良ければいいだろう。
トリシアさんは記入用紙に素早く戦士と書き込むと、箱型の分厚い石版をこちらに向けて差し出してきた。
言われた通りに右手を石版に乗せてみた。
淡い光が石版からあふれ出し、そして唐突に消え去る。
「はい、いいですよ。犯罪歴はありませんね、密入国者でもないですね。ではこちらがユウヤさんのギルドカードです」
石版からせり出してきた金属製のカードを俺に渡してくる。
丁度キャッシュカードと同じくらいの大きさの、銅板で出来た長方形の薄い板だった。
表面には冒険者ギルドの刻印と俺の名前、ユウヤ・サトウと書いてある。
裏面には何も書いておらず、至ってシンプルな身分証明書だった。
晴れて冒険者になった俺は、ギルドカードを見つめながら異世界へ来たことを改めて実感するのだった。