68.懇願
本陣に戻ってきたユウヤは、騎士ジルの尋問を受けていた。
「どうですか? これで信じてもらえましたかね。何なら体の方も取り出しましょうか?」
驚き固まっている騎士たちを見て少しは腹の虫が収まった。
これ以上なにか言ってくるなら部屋の中を衛兵とオークの死体で満たしてやろうかな。
糞便と血肉の中で溺れるジルを想像しておかしくなってしまった。
ニヤリと笑いながらジルの出方を待つ。
「だ、だいぶ巨大なハイ・オークのようだな……、本当にこれはハイ・オークなのか?」
落ち着いてきたジルは『暴走のバズ』の首を見て鋭い質問をしてきた。
俺はオークの見分け方などわからないので説明はサイモンさんに任せることにする。
「ジル様、このオークは身体麻痺のスキルを持っておりました。ハイ・オークはスキル持ちが多いと聞いております。間違いなくこの魔物はハイ・オークです」
サイモンさんが迷いなく説明してくれた。
正解はハイ・オークより数段格上のネームドモンスターなのだが、ジルなどに教えてやる必要はないだろう。
俺は黙っていることにした。
「しかし信じられん、ハイ・オークを単独で討伐できる冒険者が居るとは……、私はそんな話聞いたことないぞ……」
ジルは絶句しながら巨大な豚の頭を凝視していた。
先ほどまで勇ましく俺を威嚇していたバーナードは俺から目をそらしている。
俺は今一度バズの首に手のひらを向けて『無限収納』に吸い込んだ。
首が傷まないうちに収納しておきたかったのだ。
執務机の上から魔物の首がなくなり、ジルがホッとした表情で椅子に再び座った。
驚いて声を上げたことを恥ずかしがっているのか顔が少し赤くなっている。
「ところで……、騎士ラリーと騎士アランの遺体はどうしたのだ? まさか山中に置いてきたとは言わないだろうな?」
今まで一言も発していなかった騎士フィリップがサイモンさんに質問する。
サイモンさんは俺の方をちらりと見た後、遠慮がちに報告し始めた。
「実は、ユウヤ殿の収納力は凄まじいものがありまして、騎士様のご遺体はもちろん衛兵たちの遺体も全て収納して持って帰ってこれました。その他オーク共の死体も収納しております」
「ほう、それは素晴らしいことだな。確かにユウヤの収納力が凄まじいのは私も知っている。ユウヤ、手厚く葬りたいので収納から出してもらえるか?」
フィリップはこちらに向き直り依頼してきた。
「間違いではないのですが、少々困ったことがあります」
概ね間違いはないが、補足することがある。
「困ったこととはなんだ申してみよ」
すっかり落ち着き冷静になったジルが聞いてくる。
「はい、騎士様たちや衛兵の遺体は確かに収納しておりますが、ハイ・オークにすり潰されてミンチ状になっております。ですので、ここに出すことは出来ませんし、埋葬や荼毘に付すことは出来ないと思いますよ。嘘だと思うなら一人分のミンチを出しますか? 少々臭いがきついので不快かもしれませんが」
そういいながらゆっくりと手のひらを騎士たちに向けていく。
「い、いや、やめよ! 後で指示を出すから今のところは収納しておいてくれ!」
慌ててジルが俺を止めた。
周りの騎士たちは更に一歩後ろに下がった。
「そうですか、それならやめておきましょう」
手のひらをかざすのをやめ、その場にたたずむ。
そろそろ尋問をやめてほしいのだが、いつまで居ればいいのだろうか。
ー・ー・ー・ー・ー
「しかし困った、これでは盗賊団を討伐することが出来ないではないか……」
ジルが執務机に突っ伏して頭を抱えている。
人払いされた天幕で何故か俺だけ居残りさせられていた。
俺とサイモンさんへの尋問が終わり、サイモンさんは連行されていった。
途中で任務を放棄して帰還したことはやはり問題だったようで、討伐部隊の生き残りは一箇所に集められて監視されるそうだ。
すぐさま刑が執行されることはないと言うが、命令違反は重罪なので彼らの未来は暗かった。
サイモンさんたちへのかなり理不尽な扱いに憤りを覚えたが、俺が騎士団に意見を言えるわけもなく、連行されるサイモンさんをただ見送るしかなかった。
「あの……、俺も戻っていいですか? なんで俺だけ呼び止めたんですか?」
俺の問いかけにジルは頭を上げてまじまじと見てきた。
「盗賊を討伐せねば王都へ帰れないのだ。私もこのままではただでは済まないだろう。ユウヤよ、私はどうしたらいいと思う?」
いつになく弱気になったジルは俺に相談してくる。
なぜ俺に相談するのかわからないし、頼られても困る。
こちらは疲れているので早く休みたいのだ。
「俺に聞かれても困るんですが……、今の戦力じゃ盗賊団を見つけても討伐なんて出来ないんじゃないですかね。相手は百人居るそうですし、こちらの戦力は全く足りないと思いますよ」
客観的な事実を正直に答える。
「そうなのだ……、今残っている戦力は私を含め騎士が三名、衛兵が五名、全てを山狩りに投入したとしても全く数が足らんのだ……」
そう言うとまたしてもジルは頭を抱えてしまった。
現実問題としてこの本陣の守りも必要なので、更に戦闘に参加できる人数は少ないだろう。
すでに討伐作戦は破綻しているのだ。
「サイモンさん達を許してあげればもう少し戦力アップしますよ」
何とかサイモンさん達を助けたい俺は、ウンウン唸っているジルに提案をしてみた。
「それでも足りぬぞ! 奴らは怪我人だ、満足に戦闘できるのは二名ほどしか居ないではないか!」
ガバっと頭を上げたジルは俺に八つ当たりをしてきた。
親身になって考えてやっているのに怒鳴ることないだろうに。
「困りましたねぇ」
俺としてはさして困ってないのだが、ジルに八つ当たりされるのは勘弁してほしいので適当に相槌を打つ。
「そこで私は考えたのだ」
急に元気に立ち上がったジルは執務机を迂回して俺に近寄ってきた。
「何を考えたのですか?」
嫌な予感がするが逃げ出すわけにもいかない。
「冒険者を臨時徴兵する!」
ジルは自信満々に言い放った。
(やはりこいつは懲りてないようだな、本気で懲らしめてやったほうがいいんじゃないか?)
俺と雇用契約でひと悶着あったにもかかわらず、この期に及んで冒険者達をこき使おうとしているようだ。
「懲りない人ですね、そんな事したら冒険者たちが暴動を起こしますよ」
「いや、そうとも限らんぞ。何もタダ働きをしろとは言わないのだ、報酬を弾めば奴らも乗ってくるかもしれないからな」
ジルは自分のアイデアに余程の自信があるようで目を輝かせている。
相手にしているのが馬鹿らしくなってきたので俺はおいとまさせてもらうことにした。
「まあ聞いてみればいいんじゃないですか? じゃあ俺はこれで失礼しますね」
一礼して足早に天幕を出ていこうとした。
「待て! まだ話は終わってないぞ!」
俺が立ち去ろうとしてジルは慌てて引き止めてきた。
素早く俺に追いすがると手を握ってくる。
「ユウヤよ、ぜひともお前にも参加してほしいのだ! いや、参加してもらわなければこの遠征が失敗してしまうのだ! 頼む、私を助けてくれ!」
今にも泣き出しそうな顔でジルが懇願してくる。
ジルは俺の手を握りしめ、ぴったりとくっついて見上げてきた。
性格は気に食わないが顔は美人なので、俺はジルへの対応に困ってしまうのだった。




