61.オーク集落壊滅作戦①~軍隊の戦闘~
山中に分け入った討伐隊は、不運にもオークの集落を発見してしまうのだった。
衛兵たちは五名一組で塊になりゆっくりと進んで行った。
成体のオークを五名で足止めしている間に二人の騎士がとどめを刺す作戦のようだ。
もちろん先制攻撃として弩による一斉射撃をする予定だ。
俺も投擲スキルを持っているので遠距離攻撃に参加したいのだが、騎士に何もするなと厳命されているので、おとなしく傍観するしかなかった。
森の切れ間から朽ち果てた遺跡が見えてきた。
その頃には付近に獣臭が漂い、激臭でまともに息ができない状態になっていた。
オークの生活臭はこれほどまでに臭いのかと驚いてしまう。
騎士の命令で衛兵たちは静かに移動を止める、そして弩を構えて前方を警戒した。
俺は好奇心にかられて衛兵たちの間から前方を盗み見た。
鬱蒼と茂る森が切り開かれて石組みの壁が見える、遺跡は大昔の集落跡ではないだろうか。
遺跡をぐるりと囲い、敵の侵入を阻んできた石壁は、長い年月のうちに風化と侵食によって見るも無残に崩れ落ちていた。
更に注意深く覗いてみると、朽ち果てた瓦礫の先に遺跡内部の様子が見えた。
遺跡の中央部には広場があり、動物の骨を組み合わせた奇妙な柱が立っていた。
その周りには木で出来た粗末なバラックが乱立している。
まともな建築物は一つもなく、遺跡の壁にもたれかかるように家の壁が立ち上がっている。
屋根もお粗末で木の皮を重ねて載せただけの作りだった。
しかし俺はその家を笑うことは出来なかった。
家の周りには二メートルを越すであろう巨人が三匹佇んでいたからだ。
豚というよりイノシシに近い凶悪な顔、口からは乱杭歯が生えていて目玉はギョロ目だ。
筋骨隆々の体躯は粗末な革鎧に包まれている。
その体躯がまた凶悪な筋肉の塊で、二の腕などは大の男の腰回りよりも太かった。
胴回りは言わずもがな、大の大人が二人がかりで抱えても抱えきれないほど太い。
オークたちのごつごつした拳に握られている武器は丸太のような棍棒だ。
あの棍棒の一撃をまともに受ければ即死は免れそうにない。
盾で防いでも盾と一緒に吹き飛ばされて重症を負ってしまうだろう。
人間が単体で戦える魔物ではないことは遠目から見ても明らかだった。
「……あんなのに勝てるのか?」
思わす本音が漏れてしまう。
隣に居るサイモンさんが、引きつった顔で俺を見た。
衛兵たちは全員が顔面蒼白でまさに死地へ向かう兵士の顔になっている。
騎士ラリーが一歩前に出て抜剣した。
「弩を一斉射撃した後に突撃する。トドメは我々がするのでオーク共を牽制することに徹しろ。皆の者良いか!? 放て!」
ラリーの号令で一斉に矢がオークたちに射出される。
矢は唸りを上げてオークたちに降り注ぎ、衛兵たちによる不意打ちは成功した。
ピィギィィィィ!
山中にオークたちの悲鳴がこだまする。
体中に強力な弩から放たれた矢を生やしてオークたちが転げ回った。
「突撃しろ!」
ラリーの命令で衛兵たちが全速力で遺跡内へ殺到していった。
目指すは地面でのたうち回っているオークたちだ。
次々に遺跡へ殺到する衛兵たちは、みな大声を上げて自身を鼓舞していた。
短槍を構え突進する衛兵たちは死に物狂いの形相だ。
俺も遅れて遺跡の壁へと取り付く。
崩れ落ちているが身を隠すことはできる。
サイモンさんも隣で短槍を構え、俺の護衛をしてくれていた。
いち早く飛び出した衛兵が一匹のオークに取り付いて短槍を突き刺した。
突き刺した槍先は見事オークの胸元へ吸い込まれ、深々と突き刺さった。
オークの胸から真っ赤な鮮血がほとばしる。
ピィギィィィィ!
更に甲高い絶叫が遺跡の中に響き渡った。
オークは断末魔の悲鳴を上げてめちゃくちゃに転げ回る。
「いけるぞ! みんな突き刺せ!」
一番槍の衛兵が興奮した声を辺りに響き渡らせる。
「「「「おお!」」」」
その声を聞いて後に続いていた衛兵たちは、我先にオークたちに殺到した。
次々に槍を突き刺しオークたちにダメージを与えていく。
その様子を見た俺は、見掛け倒しで弱いオークにほっと胸を撫で下ろした。
「おお、大したことないじゃないか!」
俺は手を叩いて衛兵たちへ喝采を送った。
後はオーク達を串刺しにして絶命させれば一件落着だ。
勝負はあっけないほど簡単に終わるかに見えた。
不意に粗末な家屋から新手のオークが姿を現した。
その個体はのたうち回っているオークたちより一回り大きな身体をしていて、手には刃渡りが俺の背丈より長そうな段平が握られていた。
段平は錆びていてお世辞にも切れそうにないが、あの丸太のような腕から放たれるであろう一撃は、とても盾などで受けきれることは出来ない即死級の攻撃だろう。
ブモォォォォ!
耳をつんざく雄叫びが遺跡の中から響き渡った。
地面を這いつくばっているオークたちに殺到していた衛兵たちがその場に釘付けになる。
攻撃していた手は止まり、その場に倒れている衛兵たちも居る。
遺跡内へ突入していない俺も足に力が入らなくなり腰砕けに尻餅をついてしまった。
「体が動きません! 何が起こっているんですか!?」
俺は身体が硬直して動けなくなってしまい、サイモンさんに助けを求めた。
「上位種のオークが隠れていたようだな。ユウヤ、気持ちを強く持つんだぞ! あの雄叫びはおそらく精神汚染系のスキル攻撃だ。精神力だけが頼りだぞ!」
さすがは日頃から厳しい訓練をしている衛兵だ。
精神力が相当鍛えられているのかサイモンさんは俺のように完全に動けないわけではなく、片膝をついていたがすぐに立ち上がって短槍を構えた。
サイモンさん曰く、先程の雄叫びは身体を拘束するスキル攻撃らしい。
俺は何とか首だけを動かして雄叫びを上げたオークを視た。
[名前……暴走のバズ 種類……ハイ・オーク スキル……『雄叫び』『暴力』『猛進』]
とっさに魔物を『真理の魔眼』で視てしまったが、その情報に俺は驚いてしまった。
なんと巨大なオークには名前がついていたのだ。
俗に言うネームドモンスターと言うものじゃないだろうか。
ネームドモンスターと言うのは特別に強いモンスターのことだ。
上位種より更に厄介な魔物で、往々にして二つ名が付いている。
大軍で討伐しなくてはいけない強敵の出現に俺は思考が固まってしまった。
不意にブンッと大きな音がして前方の遺跡内で悲鳴が上がった。
体が動けなくてパニックになっていたが、遺跡内では今現在も戦闘が行われているのだ。
我に返って遺跡内を見ると、遺跡内から何か大きな塊が空中を飛んでくるところを目撃した。
塊は遺跡の壁を飛び越え、ドシャっと言う鈍い音とともに地面に激突した。
身体はくの字に曲がっていて上半身がぺしゃんこに潰れている、革鎧は原型をとどめておらず、吹き出した血が全身を赤く染めている。
飛んできた塊は先程遺跡内へ突撃していった衛兵の一人だった。
「え?」
俺より頭一つ大きな身体の衛兵が遺跡内から十メートル以上、空中を飛んできた。
飛んできた衛兵がすでに死亡しているのはここからでも容易にわかる。
初めて人間の死体を見た俺は理解が追いつかずに目を見開いているだけだった。
ー備考ー
『雄叫び』…… 相手の身体を動けなくする精神汚染系のスキル。
『暴力』…… 特に強い攻撃力を持つ者に発現するスキル。
『猛進』…… あらゆるものを体当たりで吹き飛ばす突撃スキル。突撃した後に若干の運動停止が起こる。




