6.やる気が出てきたぞ
イシリスさんの正体を知ってかなり驚いたが、よく考えてみると彼女が女神であることが納得できた。
あのような謎の空間に居る絶世の美女が普通であるはずがないし、スキルを授けることなんて常人にはできることじゃない。
おまけに最後に見せた神々しいオーラ。
まさしく女神様にふさわしいお方だ。
謎が解明されてスッキリした俺は、女神様に感謝をしつつ街の探索を再び始めるのだった。
大通りをお城に向かって歩いていると、無骨だが大層な大きさの建物が見えてきた。
四階建ての石造りで、かなり年季が入った建物であることがわかる。
大きな扉が中央にあり、ひっきりなしに人々が出入りしていた。
「すみません、ここは何のお店ですか?」
扉の前にいた男の人に声を掛けてから俺は後悔をした。
振り返り俺を見てきた男は顔に傷があり筋骨隆々の強面だった。
「ん、ここか? ここは冒険者ギルドだ。大陸にたくさんあるギルドの総本部だぜ」
以外にも男の人は丁寧に説明してくれた。
(人は見た目では判断してはいけないな)
「兄ちゃんも冒険者になるのか? なるんだったらまず装備を整えてから来いよ。丸腰では冒険者になれないぜ」
「装備を整えれば誰でもなれるのですか?」
「まあそうだな、装備がなくてもなれるが同業者に舐められるってことさ」
「そうなんですね、ありがとうございました」
一礼してもと来た道を戻っていく。
再び街を散策しながら教会を越えて武器や防具が売っている店の前に戻ってきた。
店の窓から中を覗いてみる。
きらびやかな武器や防具が所狭しと並んでいるのが見えた。
「どうぞ中へ入って見ていってください」
急に後ろから声を掛けられて飛び上がるほどびっくりしてしまった。
固まったまま振り返ると小人が立っていた。
俺の腰ぐらいの身長しか無いが、大人びた顔立ちをしている。
異世界の住人であるから人間ではないのだろう。
「すみません、驚かせてしまったみたいですね。私はノームのカラムです」
小人は悪びれもせず店の扉を開ける。
扉を開けたまま俺が店内に入るのを待っているようだった。
(ノームと言えば大地の精霊のことじゃなかったかな? いや、普通に種族としてのノームも存在している場合もあるな。それにしても異世界に来てから目新しいことだらけだな)
「じゃあ少しだけ見せてもらおうかな」
気を取り直して店に入る。
そこには想像していた以上にきらびやかな世界が広がっていた。
意外に店内は広く、天井は場違いなほど高い。
天井にはシャンデリアが吊るしてあり、ろうそくの炎ではなく電気のような光でシャンデリアは輝いていた。
(異世界にも電気があるのかな? もし電気じゃないのならどうやって光っているんだ……)
珍しさも手伝いシャンデリアを見上げてしばし鑑賞する。
「魔道具のシャンデリアですよ。魔石を燃料にして光っているのです」
俺の心の疑問に答えるかのようにカラムさんは説明をする。
「私は魔道具職人なのですよ。ここの主人をしているのです。武器や防具は腕のいいドワーフに任せているのですよ」
聞いてもいないのに次から次へと説明してくる。
全てが目新しいので説明はとても助かった。
「何をお探しですか? ここ『カラム&ブライアン武装店』なら何でも揃いますよ」
「実は職を探していて冒険者になろうかと思っているんですよ。ギルドへ行ったら、武器などを先に揃えたほうがいいって言われたのでここに来てみました」
「そうだったのですか、それでは初心者さんに合う装備を見繕って差し上げますよ」
嬉しそうにカラムさんが言ってくる。
「武器や防具って高いんですかね? あまりお金を持っていないので高かったら買えないです」
「そうですね、初心者さんでしたら金貨一枚でお釣りがきますよ」
「そうですか、じゃあ一式お願いします」
金貨三枚持っているのだ、一枚ぐらいなら使っても良いんじゃなかろうか。
大して考えもせず二つ返事で装備を注文してしまった。
「かしこまりました、少々お待ち下さいね。もしよろしければ店内を見ていてください、面白い武器などがいっぱいありますからね」
嬉しそうにカラムさんは店の奥へ消えていった。
俺はお言葉に甘えて店内を物色することにした。
先程からきらびやかな武器や防具を見たくて仕方がなかったのだ。
左の壁一面に長剣や短剣、ダガーやナイフなどが飾られていた。
どれもこれもピカピカに磨かれていて、とても良く切れそうだ。
長剣は怪我をしてしまいそうで怖くて手に取ることは出来ないが、小型のナイフは持ち上げて鞘から取り出してみた。
顔が映るほど磨き上げられた刀身に、細かな文字が彫られたナイフ。
どういったからくりなのか、薄っすらと光っているナイフもある。
名札を見るとどちらも金貨数枚もする高価なものだとわかって慌てて元の場所に戻した。
(こんな小さなナイフが金貨三枚以上するなんてびっくりするな)
俺が持っている全財産と同じ値段のナイフ。
長剣などは言わずもがなで、桁を数えるのも嫌になるほどの金額だった。
(武器って高いんだな……、こんな物を買える日が来るのだろうか……)
もう手に持つこともせず、ただ眺めるだけしか出来なかった。
ゆっくりと店の奥へ進んでいくと、防具が展示されているエリアに差し掛かった。
こちらもピカピカに磨かれた見事な防具が飾られている。
金属製の小手や膝上まであるレッグガード。
硬そうな革の盾や、金属製の兜が展示されていた。
鎧は様々な形をしていて、使われている材料も多種多様だ。
革製の胸当てや、鏡のように磨かれたフルプレートメイルが所狭しと飾られていた。
左の壁は戦士の武器や防具で埋められている。
反対側の壁には魔法使い用の杖や僧侶用のローブなど、これまた高価そうなものが沢山飾られていた。
(一つたりとも買えないぞ……、ちょっと場違いな店に入ってしまったみたいだな……)
カラムさんは金貨一枚で揃うと言っていたが、少々不安になってきた。
このまま帰ってしまおうかと悩んでいると、店の奥からカラムさんが大きな荷物を抱えて戻ってきた。
「おまちどおさまです。これがお客様に自信を持っておすすめできる武器や防具、冒険者の道具一式です。どうぞお手にとって確かめてください」
「そうですか、それじゃあ見せてもらいますね」
そうは言ってみたが実のところ武器や防具の良し悪しなどわからない。
店に飾られている武器に負けないくらい磨き上げられた短剣や、使い込まれ艶の出た革鎧などを一つひとつ手にとって見る。
「この鎧や短剣は中古品ですが物は確かですよ。初心者を脱した冒険者が下取りに出したもので、メンテナンスは終えておりますので性能は折り紙付きですよ」
確かに兜からブーツまで良く磨き上げられていて丁寧な修理が施されていた。
不良品ではないことだけは素人の俺でもわかる。
「どうですか、一度全ての装備をつけてみませんか? 防具の微調整も一緒にやってしまいましょう」
カラムさんはさっさと俺に革鎧を装着し始めた。
カラムさんの手際は素晴らしく、思ったより簡単に鎧をつけることが出来る。
慣れれば一人でも短時間で装備できるだろうか。
小手を付けてブーツを履く。
盾を持って短剣を構えた。
「いいですね! お客様にぴったりの装備ですよ。動きもスムーズではないですか?」
「はい、とてもいいです。思ったよりも軽くて動きやすい気がします」
着てしまうと欲しくなってしまう。
短剣も振り回すのに丁度よい長さでとても気に入ってしまった。
「出来ればほしいのですが……、お値段はいくらですか……」
無駄遣いはできない。
さっきはあまり考えもせず一式買うなどと言ってしまったが、店内を物色している間に頭が冷え、冷静な判断ができるようになっていた。
金貨三枚しか無いのだ、これが無くなったら生きていけないからな。
「そうですね……、今後もお得意様になっていただけることを願いまして、大負けに負けて銀貨九十枚と銅貨五十枚でいいですよ」
(おお、少し安くなったぞ。それに店に飾られている武器や防具に比べて破格の安さだ)
「それじゃ思い切って買ってみようかな、このまま着て帰ってもいいですか?」
「お買い上げありがとうございます。もちろん買っていただければお客様の所有物ですので、どうぞご自由にしていただいて結構ですよ。ではお会計の方を先に済ませましょう」
にこにこ顔のカラムさんに促されてお金を払うことにした。
俺は右手を前に出して呪文を頭の中で唱える。
(オープン!)
たちまち右手に金貨一枚が握られた。
「おお、お客様は『収納』持ちでしたか、有能なスキルをお持ちで羨ましいですね」
カラムさんに金貨を渡すと、うやうやしく受け取ってお釣りを用意してくれた。
最後に鎧の微調整を行い短剣を腰に挿してカラムさんにお礼を言う。
「カラムさん、お金が溜まったらまた何か買いに来ます。今日はありがとうございました」
「いえいえお役に立てて私も嬉しいですよ。剣を研ぎに出すときはぜひ当店へお持ちください、お安くして差し上げますからね」
そう言って一本の小瓶を俺に渡してきた。
「なんですかこれは」
「ポーションですよ、私からの気持ちです。怪我をしたら飲んでくださいね」
「ありがとうございます!」
もう一度深々と礼をして店を出る。
カラムさんは外まで見送りに出てきてくれた。
手を振って歩き出す。
向かうは冒険者ギルド。
……と、その前に串焼きの屋台で腹ごしらえをしよう。
腹が減っては戦は出来ぬ。
意気揚々と串焼き屋さんに銅貨を握りしめて向かうのだった。
ー備考ー
(貨幣価値、日本円に換算)
金貨一枚、百万円。
銀貨一枚、一万円。
銅貨一枚、百円。
装備一式百万円ほどした計算になります。
冒険者の装備は高額なのでお買い得な金額ではありますが、全財産が金貨三枚ほどしか持っていないユウヤは、なかなか高価な買い物をしてしまったみたいです。
【エルフ】…… 長い耳が特徴の長命種族。男女ともに美形で、背が高く痩せ型である。森を愛するが一部の若者は人里に住むこともある。
【ドワーフ】…… ずんぐりむっくりな体型、人間族より頭一つ低身長、長命で手先が器用。男性は髭面でむさ苦しいが、女性は体格が良いだけで髭などは生えていない。
【ノーム】…… 頭の大きい小人。長命種族で、魔法にも精通していて頭がよい。他の種族より人口が少なく希少種である。