57.もう我慢の限界です
騎士ジルに呼び出されたユウヤは、天幕へ足を運んでいた。
「あの……、冒険者は雑用だけで直接作戦に加わらないと聞いていましたが、これは戦闘行為を伴う作戦行動ですよね?」
「そうだが、何か問題でもあるのか? 貴様は上級騎士である私の命令におとなしく従っておればよいのだ」
騎士ジルは不敵な笑みを浮かべている。
傲慢な女騎士の態度に頭に来るが、ここで切れてもしかたがない。
「俺は荷役として雇われたんです。盗賊と戦闘になるかもしれない作戦には参加する義務はないと思います」
俺は怒りを抑えつつ、我慢強く言葉を紡いでいく。
「ほう、数日前まで犯罪者だった貴様が私に口答えするのか。もう一度牢屋に戻してやってもいいのだぞ?」
騎士ジルは俺が怖気づいて謝罪してくると高をくくっているようだ。
護衛の騎士たちが威嚇するように立ち上がって睨みつけてくる。
「話が違うじゃないですか! 掲示板のクエストには戦闘参加のことは書いてありませんでしたよ! なんで危険な作戦に参加しなくてはいけないんですか!?」
とうとう堪忍袋の緒が切れて大きな声で言い返してしまった。
入口付近にいた衛兵たちが一斉に動き出して俺の背後につき、騎士たちは剣の柄に手を置いていつでも抜剣できるように体勢を整えた。
俺もいつでも剣を抜ける体勢になって騎士ジルを睨む、周りの騎士から薄っすらと殺意が流れ出し、今にも攻撃が開始される気配になった。
ジルを護衛している騎士は三人、そして衛兵は二人だ。
順番に素早く『真理の魔眼』で視ていく。
まずは三人の騎士達。
[名前……バーナード・アンダーソン 種族……ヒューマン 職業……下級騎士 スキル……『王国剣術』『王国槍術』『身体能力向上』]
[名前……ラリー・クレイ 種族……ヒューマン 職業……下級騎士 スキル……『王国剣術』『王国槍術』『身体能力向上』]
[名前……アラン・クーガン 種族……ヒューマン 職業……下級騎士 スキル……『王国剣術』『身体能力向上』]
そして衛兵の二人。
[名前……ピーター・ノリス 種族……ヒューマン 職業……騎士見習い スキル……『王国剣術』『身体能力向上』]
[名前……トーマス・クライトン 種族……ヒューマン 職業……騎士見習い スキル……『王国剣術』『身体能力向上』]
全員が『身体能力向上』のスキル持ちだ。
そして二人の騎士が『王国槍術』なるスキル持ちだということが判明した。
しかし、天幕内で槍は振り回せないだろうし、それ以前に彼らは今、槍を持っていない。
そしてその二人以外は取り立てて強そうなスキル持ちはいないことが判明した。
俺も数日前より格段に強くなっているのだ、最悪この場の全員を戦闘不能にしてしまおうかと本気で考える。
殺人はしたくはないが、腕の一本ぐらいなら切り飛ばすことぐらい俺にもできる。
魔物の巣を壊滅させた俺はもう非力な素人ではないんだぞ!
後少し、誰かが指先一つ動かしたら戦闘が開始されてしまうところまできて、騎士ジルが立ち上がった。
「待て! 抜剣することは私が許さん、冒険者ユウヤも説明をするからおとなしくするのだ!」
一触即発の状態に、騎士ジルが大声を上げて命令をする。
彼女のスキルである『統率』が働いて衛兵や騎士たちが幾分態度を軟化させた。
それでもなお緊張した雰囲気がなくなったわけでもなく、危険な状態が続いていることには変わりなかった。
「貴様ら私の言うことが聞けないのか! 今すぐ対立することをやめよ!」
ジルの一喝で騎士たちが我に返り直立不動になって控える。
衛兵たちも天幕の壁際まで下がって同じく直立不動になった。
俺は怒りが急激にしぼんでいくことを感じていた。
彼女のスキルである『威圧』が発動して俺を含め、周りの人間全てが怯んでしまったようだ。
「どうやら私の言い方で誤解を与えてしまったようだな、ユウヤには戦闘行為をさせるつもりはないのは本当だ。ただ部隊が山林で作戦をするには『収納』持ちが不可欠なのだ、重い荷物を背負って山の中を動き回るわけにもいかないからな」
天幕内の雰囲気が最悪を脱したのを見計らって騎士ジルが話し始めた。
まさか俺がこれほど抵抗するとは思ってもみなかったのだろう、先程とはだいぶ態度が軟化してきちんと説明する気になったようだ。
「誤解があったことは詫びよう、説明不足だったことも認める。そのうえで改めてユウヤに依頼をする、どうか我々に協力してくれないだろうか」
人を脅しておいて誤解だなんてふざけているが、少しは態度を改める気にはなったようだな。
気持ちが悪いほど低姿勢になったジルに少々面食らってしまった。
周りの騎士や衛兵たちも彼女の態度に驚いてはいるが、咎める人間は誰一人としてこの場には居ない。
衛兵たちは青い顔をして騎士たちは脂汗を流している。
明らかに戦闘を回避できたことに安堵している様子だった。
戦闘直前にまでなってわかったことがある。
騎士や衛兵たちは思ったよりも強くない、というよりむしろ弱い。
『真理の魔眼』が作用しているのか何なのかわからないが、奴らのステータスを視た瞬間、相手が強敵かどうかが瞬時にわかってしまったのだ。
もしあの時戦闘が始まっても『予測回避』で十分に対応できたはずだ。
森林狼やゴブリンの大群との修羅場をくぐった俺は、思いの外強くなっているようだった。
「俺はあなた達と争う気はないんですよ、そして盗賊だろうがなんだろうが殺人をするつもりもありません。ただ襲いかかってくるのならどんな人間だろうとも容赦するつもりはありませんよ、そのことを肝に銘じておいてください」
「わかった、高圧的な態度は今後一切控えることにする。その上でもう一度依頼をしようではないか、どうか荷役として作戦に参加してくれ、報酬は弾むので頼む!」
騎士ジルは更に低姿勢になって俺に頼み込んできた。
流石に取り巻きの騎士たちが眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をしている。
しかし俺が一睨みすると全員が視線を外してしまった。
「……わかりました。今回は依頼を受けることにします」
少し考えてからジルの依頼を受けることにした。
ここで断れば戦闘が再開してしまうかもしれない。
その場合、最悪この本陣に居る兵士全員が敵に回ってしまうかもしれないのだ。
流石にそれでは分が悪いのでこの辺で手打ちにすることにした。
「そうか、感謝するぞユウヤ。明日から山狩りが始まるので今日のところはゆっくりしてくれ」
ジルは安堵した顔でどっかりと椅子に身を沈めた。
周りの騎士たちもどことなくホッとした表情になっている。
「話はそれだけですか? では、これで失礼します」
俺はジルに一礼すると踵を返して天幕から退出した。
天幕から出ると入り口を見張っていた衛兵たちが俺の事を凄い形相で睨んでいた。
いつでも抜刀できるように腰も落としている。
そんな彼らを無視して冒険者達が野営をしている区画に戻っていきながら これからのことを考える。
(まずったかな、これではおちおち眠ることも出来ないじゃないか。騎士たちに寝込みを襲われたら流石に殺されてしまうな……)
この世界で騎士に反抗するということはそれだけで死罪に値するのだ。
ついカッとなってしまったが、冷静になって考えると人数的に不利なのは俺の方だと気づいた。
(今夜は眠るわけにもいかないな、反抗しなければよかったかな……)
ライアスたちのところへ戻っていきながら、異世界の絶対的な権力である騎士に反抗したことを少しだけ後悔するのだった。
ー備考ー
『王国槍術』…… 王国騎士が身につける正当な型の槍術スキル。非常に洗練された槍技。




