56.傲慢な女騎士
「討伐隊進め!」
三度の号令が騎士ジル・コールウェルから発せられた。
さびれた村で一晩の野営を経て、とうとう盗賊たちのアジトがある山林に分け入る。
ここまでまる二日の日程が消化されていて、多少だが疲労の色が隊全体に広がっていた。
屈強な軍隊がたかだか二日ほどで疲れてしまうなんて情けないと思うかもしれない。
しかし異世界の道は、人々の往来が激しい街道と言えど、現代日本のようにアスファルト舗装はされておらず、よくてでこぼこな石畳の悪路なのだ。
ましてや王都から離れるほどに道の具合は悪くなっていく一方で、歩き慣れているはずの異世界人でも、二日に渡る強行軍は身体に疲労を蓄積させていった。
中でも脚への負担は想像を絶するほど高く、重い装備を着込んだ人間が歩くには異世界の悪路は過酷だった。
朝早く出発して休憩は昼食時だけ、強行軍で進んできたので皆ヘトヘトなのだ。
「ユウヤさんは疲れていないのですか?」
俺の横にピッタリと寄り添っているセシルさんが聞いてくる。
この二日でセシルさんはだいぶ俺に懐いていて、片時も離れようとはしなかった。
彼女は女騎士であるジルの侍女として参戦したのだが、移動の際はジルのそばを離れなければならなかった。
ジルは騎馬にまたがっての移動なので、冒険者扱いのセシルさんは自動的に兵站部隊とともに移動しなければならない。
粗暴な冒険者だらけの馬車周りで唯一安心していられる場所は、俺のそば以外無いのだ。
「『身体能力向上』スキルを持っているんですよ。このくらいなら問題ありませんよ」
セシルさんに小声で教えてしまった。
美人さんに聞かれるとついつい口が軽くなってしまう。
「『収納』だけでも凄いのに『身体能力向上』まで持っているなんてユウヤさんさすがです!」
セシルさんは背が俺より頭一つ分小さい、その彼女がキラキラした目で見上げてくるのでとても可愛い。
鼻の下が伸びるのが自分でもわかり、これでは駄目だと気合を入れ直すが、セシルさんを見ていると笑顔になってしまうのを止められなかった。
「なんだユウヤも『身体能力向上』持ってるのか。実は俺も持ってるんだぜ!」
いつの間にかそばに寄ってきたライアスが嬉しそうに話しかけてきた。
どうやらライアスは耳が良いみたいで、俺とセシルさんの話が聞こえてしまったらしい。
「ライアスも持っているのか」
俺は初めて知った風を装って聞き返した。
事前にステータスを覗き見たことは内緒だ。
「ああ持ってるぜ、ベテラン戦士の半分ほどは『身体能力向上』を持っているもんだぜ。このスキルが無きゃ上のランクは狙えねえんだぜ」
周りには俺がまだ話したこともない冒険者たちも多数聞き耳を立てているが、彼らはライアスの言葉を聞いても普通にしている。
『身体能力向上』はかなりポピュラーなスキルみたいだな。
「そうなのか、たしかに直接戦闘をする戦士なら必須のスキルかもしれないな」
「おうよ!」
ライアスは上機嫌に相槌を打って力こぶを作った。
細身の女性のウエストぐらいありそうな二の腕が力強く盛り上がる。
ふと気になってあたりを見渡すと、大部分の冒険者達は戦士職が多かった。
皆、あまり良い装備はしていないが、どいつもこいつも巨漢の戦士で、俺ぐらいなら素手で絞め殺せるくらいの腕力がありそうだ。
「こう言っちゃ何だがユウヤは肉が足りねえんじゃねえか? もっと重くならねえと魔物の攻撃を受け止められねえぜ。戦士ってのは力で大剣を振り回して敵をなぎ倒すもんだぜ!」
調子に乗ったライアスは身振り手振りを交えながら独自の持論を展開する。
周りの冒険者達も嬉しそうに相槌を打って笑っていた。
「まあ俺はスピード重視の戦闘スタイルだからな。余計な肉はいらないのさ」
「ユウヤ殿の身のこなしからそうじゃないかと思っていたんですよ」
ライアスの横を歩いているべソンが納得いったという感じでうなずいた。
たわいない話をしながらゆっくりと道を登っていく。
いつの間にか街道は細くなっていき、つづら折りの急な山道になっていった。
ー・ー・・ー・ー
「全体止まれ!」
先頭の騎士ジルが号令をかけた。
まだお昼には早い時間なので、周りの冒険者達も訝しげに顔を見合わせている。
隊が止まった場所は道の脇に多少の広場があるところだった。
細い山道で馬車がすれ違うために作られた空間のようだ。
「ここに本陣を構える。各々隊長に従って野営の準備をせよ!」
ジルの号令が隊全体に行き渡ると、先程までののどかな雰囲気は一変して慌ただしく兵士たちが動き出した。
「よし、馬車から基地建設のための道具を出せ! 兵士たちを待たせるな!」
騎士フィリップが冒険者達に指示を出した。
俺たちは慌てて馬車に駆け寄り、積んである木箱を地面に下ろした。
木箱の中には大きな斧やスコップがぎっしりと詰まっていて、下ろした先から兵士たちが我先に取り上げて行く。
そして近くの樹木を切り倒し、本陣を築く空間を確保する作業に取り掛かった。
今まで静かだった山林に木を切り倒す甲高い音が鳴り響く。
その音はやまびこになって辺りに拡散していった。
夕方近くまでかかって本陣が完成した。
道を遮る形で広がった陣地は、切り倒した丸太を使って簡易の塀でぐるりと囲まれ、粗づくりながらも物見の櫓まで作られていた。
申し訳程度だった広場は、約半日で三十名以上が野営を出来るほど拡張され、テントが張られて煮炊きの煙がそこかしこで昇っていた。
「今日からここで寝起きをするわけだが、おまえたちには夜警を順番にこなしてもらうことになる。もちろん衛兵も夜警に立つから、彼らに従って行動してくれ」
騎士フィリップが野営に関する指示を出してきた。
今日から盗賊討伐までの間、衛兵たちにこき使われる日々が始まると思うと気が滅入ってくる。
「ユウヤ、お前は今からジル様のところへ行ってくれ。くれぐれも失礼がないようにしてくれよ」
近づいてきたフィリップが別命を俺に与えてきた。
周りの冒険者達も何事かと顔を見合わせている。
嫌な予感しかしないが、騎士様の命令ならしかたがないだろう。
俺は煮炊きの準備をライアスたちに任せて、一人本陣中央の騎士ジル専用のテントに向かうのだった。
騎士ジル専用のテントは、野営地の中央に建っていた。
他のテントとは明らかに大きさが異なり、通常のテントの五倍はありそうだ。
しっかりとした骨組みに厚手のテント生地が被せてある。
テントと言うよりも天幕と言ったほうがいいだろうか、相当高価な建物であることは間違いなかった。
天幕の入り口には衛兵が二人立っていて周囲を警戒していた。
完全武装の衛兵たちは、いつでも剣を抜けるように緊張した面持ちで俺が近づいてくる様子を睨んでいた。
「冒険者ユウヤです。命令に従い出頭しました」
俺は衛兵たちに向かって声を掛けた。
「冒険者ユウヤ、話は聞いている。中でジル様が待っているから入ってよし! くれぐれも粗相の無いようにするのだぞ」
厳しい顔を崩さず、衛兵が入室を許可した。
入室の際に武器を取り上げられるかと思ったが、別に何も言われなかった。
それだけ騎士たちの実力が高いということなのだろうか。
俺は緊張して天幕の中へ入っていった。
「冒険者ユウヤ命令に従い出頭しました」
中へ入ると外と同じことをもう一度言った。
室内はかなり広く、一番奥の執務机に騎士ジルが座っている。
周りを護衛の衛兵や騎士たちに囲まれていて一部のスキもない。
みんな一斉にこちらを見てきたので、少し気後れをしてしまった。
「来たなユウヤ・サトウ、こちらにもう少し近づくことを許可する」
騎士ジルが偉そうに命令してくる。
美人なのでまだ我慢できるが、これが禿げ上がったギトギトの中年オヤジだったらストレスが半端ないことになっているだろう。
俺は黙って十歩ほど机に近づいてジルの前に立った。
「貴様を呼んだのは明日からの作戦に関する命令を与えるためだ。明日から山狩りをして盗賊共のアジトを特定する。貴様は荷物運びとして隊に参加するのだ」
騎士ジルが単刀直入に命令をしてくる。
その内容に俺は驚いて声も出なかった。
「あの……、冒険者は雑用だけで直接作戦に加わらないと聞いていましたが、これは作戦行動ですよね?」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
騎士ジルが不敵な笑みを浮かべながら俺の質問に質問で答えてきた。
(ああ、やっぱりこの人のこと好きになれそうにないな。俺のことを物か何かと勘違いしているんじゃないのか?)
高圧的な態度の騎士ジルに怒りがこみ上げてきて、今にも爆発してしまいそうだった。




