55.暗く危険な森
野営の準備のため、暗い森の中にユウヤたちは分け入った。
午後も遅い時間にもなると、森の中は薄暗さを通り越して暗闇が広がってしまう。
くらい森の中を移動することは危険が伴うので、森の入口に静かに佇み目が暗闇に慣れるまで周囲を警戒していた。
俺は『暗視』のおかげで視界が昼間のように明るいのですぐにでも行動できるのだが、あまり親しくない他の冒険者達に手の内を見せるのも馬鹿らしいので『暗視』のことは黙っていた。
そしてもう一人、アサシンであるコネチトも『暗視』持ちなのだが、奴もまた手の内を明かさず佇んでいた。
(やはりスキルはできるだけ隠すのが常識なんだな)
涼しい顔をして立っているコネチトを見て、改めてスキルの重要性を再確認した。
「そろそろ目が慣れてきたな、さっさと薪を集めちまおうぜ!」
ライアスが先頭で歩き出し、森の中へ入っていく。
彼はいつの間にか腰の剣を抜き去って、いつでも戦闘できる態勢を整えていた。
「この森の魔物は手強いのか?」
俺はライアスを見習って腰の剣を抜き去りながら屈強な戦士に問いかけた。
「ここは王都からだいぶ離れているからな、ゴブリンは元より最悪の場合オークが出るかも知れねえぜ」
普段とは別人のような真剣な顔をしてライアスが答える。
オークという魔物についてギルドで予習した知識が頭に浮かんでくる。
確かオークは豚の顔をした獣人だ。
腕力が強くてとてもじゃないが素人冒険者じゃ太刀打ちできない凶悪な魔物だ。
俺は生唾をごくりと飲み込んで暗い森の中を睨みつけた。
「はははは、そんなに固くなるなよ。オークは滅多に人里には姿を現さないんだぜ。あくまでも最悪の場合だから気楽に行こうぜ。しかしゴブリン共はそこら辺をうろついているから注意しろよ」
ライアスはニヤリと笑って森の中へ消えていった。
(今の言動はフラグになるのではなかろうか、オークなんかと戦いたくないぞ!)
ライアスの不吉な言動に一抹の不安を覚える。
ライアスが消えた森の奥へベソンが続いていく。
手には僧侶が好んで使うメイスを握りしめていて足取りは慎重だった。
二人とは間隔を少し開けてアサシンのコネチトが進んでいく。
足取りはすこぶる軽く、全く緊張した様子はなかった。
『暗視』スキルを持っている彼は、日の当たる草原を歩くがごとく森の中へ分け入っていった。
そんな三人をしっかりと見て、俺も森の中へ侵入していくのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
暫く道なりに森の中を進んでいく。
道は土むき出しのぬかるみで、歩きにくい事この上なかった。
前方にはライアスとベソンが歩いているが、いつの間にかコネチトの姿が見当たらなくなっていた。
目を離したすきに、脇道にでもそれてしまったのだろうか?
しかし脇道などなかったような気がするのだが……。
俺は疑問に思って前を行く二人に話しかけた。
「なあ、コネチトはどこに行ったんだ? いつの間にか姿が見えなくなったのだが……」
俺の問いかけに二人は周囲を見渡してからこちらに振り返った。
「さあ、大方一人で行動したいんだろうぜ。奴は俺達の仲間じゃないからな、勝手にさせておくぜ」
「あまり干渉するといざこざが起こるので放っておきましょう。彼も一人前の冒険者なんですから危なくなったら私達と合流しますよ」
二人の回答はそっけないものだった。
明らかにコネチトのことを信用していない口ぶりだ。
「そろそろここら辺で薪を集めようぜ、さてユウヤ様の出番だぜ!」
暫く奥へ行ったところでライアスがニヤニヤしながら振り返った。
「ユウヤ殿、よろしくおねがいします」
ベソンが深々と頭を下げる。
二人が期待しているのは俺の『収納』のスキルだった。
今回薪集めに抜擢された理由は他でもない『収納』スキルのためだ。
本来ならかさばる薪を背負って何度も往復しなくてはいけない薪集めを、一度でなおかつ少人数で済ませてしまおうという冒険者達の魂胆だった。
「わかった、周りの警戒を頼んだぞ」
俺は腰まであるガサ藪に分け入り、手当たりしだいに周りの薪になりそうな枯れ枝を収納していった。
ついでに自生している薬草も一緒に『無限収納』へ取り込んでいく。
メンドル草はもとより珍しいラカン草も、王都の森より多く生えている気がする。
ちょっとした小遣い稼ぎをしつつ、野営に使う薪を大量に収納していくのだった。
「うひゃあ、ユウヤお前すげえな! 辺り一面にあった倒木が綺麗サッパリなくなっちまったぜ!」
俺の収納力の凄まじさに目を丸く大きく見開いてライアスが驚いている。
その横では口を大きく空けて固まっているベソンの顔があった。
ちょっとやりすぎたと思ったが、やってしまった事は取り消せない。
大量の薪を一瞬で収納した俺達は、さっさと森から脱出するため、もと来た道を戻ろうとした。
その時不意に頭上から殺気を感じた。
一歩だけ大幅に後ろに下がりブロードソードを一閃する。
ビシャっという音とともに、核を真っ二つにされたスライムが前方の地面に転がりへばりついた。
キッドさんから譲り受けた長剣は凄まじい切れ味で、硬い核を切ったにもかかわらず感触が一切伝わってこなかった。
「おお! 見事なもんだな、まるで見えてたみてえじゃねえか!」
樹冠から落下攻撃してきたスライムを、一撃のもとに葬り去った俺の剣捌きにライアスが絶賛してきた。
実際にスライムの攻撃軌道が見えていたわけだが、そのことを二人に教えてやる必要はないだろう。
「タイミングも素晴らしかったですね、無駄な動きが一切ありませんでしたよ」
小さく拍手しながらベソンも褒め称える。
南の森でさんざん倒してきたスライムの攻撃など、今の俺には全く通用しない。
更に小遣いが増えたことに少しだけ嬉しくなった。
「ありがとう」
少し照れてしまって小さくお礼を言った。
もと来た道を暫く戻っていくと、木にもたれ掛かって見ているコネチトがいた。
足元には薪の束がこんもりと積み上がっている。
コネチトは俺たちを発見すると小さく手を上げて合図してきた。
「どこに行っていたんだ?」
ライアスが短く問いただす。
「散らばって集めたほうが効率いいと思っただけだ」
コネチトは悪びれた様子もなく、短く言い訳するとすまし顔で黙ってしまう。
俺は無言でコネチトの集めた薪を『無限収納』に収めた。
「旦那すいませんね」
コネチトは愛想笑いをして謝ってくる。
ライアスに対する態度とは明らかに違っていた。
露骨な行動にライアスが地面につばを吐きかける。
しかしコネチトは全く気にしていない様子で完全に無視している。
険悪なムードが場に広がり、この場に留まっていても良いことはないので移動を開始した。
すぐに森の入口が見えてきて無事に任務を遂行できたことを実感した。
異世界では力無い者は薪拾いも命がけなのだ。
「結局オークは出なかったな……」
フラグ回収は幸いにもなかった。
少しだけオークを見てみたいと思ったのは内緒だ。
「なんだよユウヤ、なんかオークが出てほしかった見てえな言い方だな!」
「そんなわけないだろ! 物騒なこと言うな!」
ライアスに心を読まれたような気がして、年甲斐もなく慌てて否定してしまった。
ライアスは豪快に笑い、ベソンも楽しそうだ。
陰気なコネチトでさえ口元に笑みを浮かべていた。
軽口を叩きながら村へ戻っていく。
みんな危険な森の中から生還できて内心ほっとしていた。
ついついはしゃいでしまうのは、しかたがないことだった。
ー備考ー
【メイス】…… 棒の先に重りを付けた棍棒。聖職者たちが好んで使う打撃武器。
刃がある武器は扱いが難しく、力や技量がない者にとっては使い勝手が悪いので、戦士職以外に人気がある。
なお、聖職者たちは戒律などで刃物を使えないわけではない。




