54.移動二日目
討伐隊二日目の朝が始まる。
「自己紹介がまだだったな、俺はライアス・マクガイアっていうんだ。戦士をやっている、ライアスでいいぜ」
ライアスと名乗った無精髭の男は、ゴツゴツした大きな手を前に出してきた。
「ユウヤだ、ユウヤ・サトウ。俺も一応戦士職だ、よろしくな」
自己紹介されれば俺も答えなければならない。
さっと手を出してライアスと握手をする。
この理不尽な旅には不満があるが、彼ら冒険者達には何も思うところはないのだ。
[名前……ライアス・マクガイア 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ブロンズ タイプ……戦士 スキル……『剣技』『兜割り』『身体能力向上』]
一瞥してライアスのステータスを盗み視る。
なかなか出来る戦士のようだな。
「私はベソン・マルホー、僧侶職です。女神教を信奉しています。ベソンと呼んでくれて結構ですよ」
ベソンと名乗った男は薄汚いローブを着ていた。
よく見るとそれは僧侶職が好んで着用するもので、本来なら真っ白な生地でできている代物だった。
長年洗っていないので見た目は灰色をしている。
[名前……ベソン・マルホー 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ブロンズ タイプ……僧侶 スキル……『信仰心』『ヒール』]
こちらも取り立てて騒ぐほどのステータスではなかった。
見慣れないスキルがあるが名前からだいたい想像できるスキルだ。
「よろしく」
ベソンが差し出してきた汚い手をしかたがないから握り返す。
二人とも気はいい奴そうなので邪険には出来なかった。
「俺も挨拶させてもらうぜ、コネチト・キンブリン、アサシンだ。食いっぱぐれ同士仲良くしようぜ」
いつの間にか隣りに座っていた男が左腕を差し出してきた。
くたびれた革鎧を着込んだ細身の男。
その男は昨日の夕食の席で俺をからかってきた右手の指欠損男だった。
差し出された左手にはきちんと五本の指が生えている。
俺は出された左手を右手で不器用に握って挨拶をした。
コネチトはニヤリと笑うとすぐに手を引っ込める。
気味の悪いアサシンは、向かいの戦士たちとはすでに挨拶を済ませているのか、特に言葉をかわすことはなかった。
[名前……コネチト・キンブリン 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ブロンズ タイプ……アサシン スキル……『危険回避』『暗視』『※※』]
べソンは変なスキルを持っているようだ。
スキルの最後の『※※』を注意して視てみるが、何故だか視ることは出来なかった。
「どうしたんだ?」
俺がまじまじとベソンを見てしまったので彼は訝しげな表情で聞いてきた。
「いやなんでもない、よろしく頼む」
俺は冷静に挨拶をして目をそらした。
ベソンもそれ以上は突っ込んで聞いてこなかった。
未だに相手に気取られずにステータスを盗み見ることが出来ずボロを出してしまった。
反省しなければならないな。
「ここいら辺で情報交換しようぜ、ユウヤはなんか新しい情報持ってねえか?」
黒パンをかじりながらライアスが話しかけてくる。
テーブルの上に丸太のような腕を置いて身を少しだけ乗り出していた。
「そうだな……、今回討伐する『ケルベロス』の首領だった男を俺は知っているよ。『ファーガソン森林組合』で見かけたことがあるんだ。奴はなんとか生きている感じだったよ」
別に秘密にしておくことでもないので正直に答えた。
「おお、それはすげえ情報だぜ! 冒険者の中で首領の顔を知っているのはユウヤだけだろうぜ」
ライアスは興奮気味にテーブルを叩いた。
思いの外大きな音が出て周囲の冒険者がこちらを見てくる。
「俺は『ケルベロス』のおおよその人数を知っているぜ。昨日この街のギルドに行って聞いてきたんだ。聞いて驚くなよ、奴らはこれだけいるそうだぜ」
ライアスは右手をこちらに突き出して指を一本立てた。
意味がよくわからず言葉に詰まってしまう。
「百人だよ。『ケルベロス』の兵隊は全部で百人。かなりの大所帯だということさ」
俺の反応の鈍さにライアスがネタばらしする。
ライアスの相棒であるベソンが背中を丸めてブルリと震えた。
「それは本当なのか? 百人と言ったら討伐隊の三倍じゃないか、騎士たちはそのことを知っているのか? そんな奴らに勝てるのか?」
俺は驚きを隠せず大きめな声でライアスに質問した。
「俺が知っているのに騎士様が知らねえはずねえじゃねえか。まあ、勝てるかどうかは知らねえがな」
ライアスはニヤリと笑って野菜スープをがぶ飲みした。
「ユウヤの旦那、もう少し『ケルベロス』の首領のことを聞かせてくれねえか? 奴は今どんな状態なんだ?」
話に割って入る形でコネチトが俺に聞いてくる。
奴の関心は盗賊の人数ではなく、捕まっている盗賊のボスにあるようだった。
「ダミアン・ザッパーは犯罪奴隷として木こりをやっているよ。今は奴隷の首輪をつけられて感情が乏しい状態だな、だから奴と直接話しをしたわけではないぞ」
「そうか、それでその男はどんな状態なんだ?」
俺がザッパーのことを話し出すと、更にコネチトは身を乗り出して食いついてきた。
奴は笑っておらず、ギラギラと生気に満ちた目をしている。
「お前、なんでそんなに知りたがるんだ?」
ライアスがコネチトに話しかける。
「敵の親玉のことを知っておくのは悪いことではねえだろ?」
話の腰を折られてコネチトが少し不機嫌になった。
「それはそうだがよ……」
「奴は先日大怪我をしてしまったよ。体中包帯だらけで顔色が悪かったな」
俺は最後に見たザッパーの姿を思い出しながらコネチトに聞かせた。
「そうかい、それで死にそうなのか?」
「いいや、命に別状は無いだろうな。ただ場所が場所だけに長くは生きられないかもしれないな。ろくな食い物も食べてないから傷の治りは遅いだろうよ」
俺は過酷な伐採所の環境を思い出してザッパーの様子を語った。
伐採所は犯罪奴隷を使い潰す場所なのだ。
ザッパーがいつ死んでもおかしくはなかった。
コネチトは満足そうにうなずくとそれ以上話さなくなった。
冒険者たちも聞き耳を立てているだけで新たな情報を持っているやつは居ないようだ。
「まあ俺たちは荷物番すればいいんだから関係ないけどな。せいぜい騎士様たちには頑張ってもらおうぜ」
少々声を小さくしたライアスがその場を締めた。
その頃にはぽつりぽつりと席を立つ冒険者が居て、出発の時間が迫っていることがわかった。
ー・ー・ー・ー・ー
「討伐隊進め!」
騎士ジルの号令で二日目の進軍が始まった。
先頭は相変わらず騎乗した騎士たちで、その次が衛兵、そして荷物を満載した幌馬車が続いていく。
俺も馬車の傍らをセシルさんとともにゆっくりと歩き出した。
順調に街道を進む討伐隊一行。
総勢三十四名の軍隊は遠くからでも目立っていて、行く手を阻もうとする輩は一切現れなかった。
あっけないほど順調に隊は移動していく。
予定より少し早い時間に今夜の宿泊予定の村に到着した。
「随分小さな村だな。隊員の人数より住んでいる人少なそうだな」
道の先に見えるたさびれた山村を見て素直な感想を言う。
申し訳程度の木の柵に囲まれた村と言えないような集落だ。
中央付近に小さな家があり、その周りにの更に小さな家が数件あった。
「この辺は治安があまり良くありませんから大きな街は無いそうですよ」
セシルさんが説明してくれる。
村の背には山々がそびえ立ち、街道は山林に続いている。
平野はここで終わりのようだ。
そのことを示すように整備されていた街道は土剥き出しの悪路に変わっていた。
ここからは深い森が西に広がっていて、半日ほど先の山中に盗賊団のアジトはあるようだった。
明日からは辛い移動が待っているようだな。
「兵站部隊とまれ!」
騎士フィリップが号令をかけると幌馬車が静かに止まった。
「今夜は野営になる。速やかに準備に取り掛かれ!」
騎乗したフィリップが俺たちに向かって命令する。
事前に野営をすることを知らされていた俺達は、決められた役割を果たすために散開していった。
フィリップとセシルは前方の騎士たちに合流するため行ってしまう。
俺の役割は近場の森の中での薪拾いだ。
飲料水に関しては衛兵たちが村の井戸を使う交渉をする予定だった。
「おいユウヤ、早速仕事に取りかかろうぜ!」
ライアスやベソン、そしてコネチトがこちらを見ている。
他の冒険者達はテントの設営やかまどの設置を担当することになっていた。
俺はゆっくりとライアスたちの元へ歩いて行き、午後の日差しが届かない薄暗い森の中へ進んで行くのだった。
ー備考ー
『兜割り』…… 力任せに上段から剣を振り下ろす技
『信仰心』…… 僧侶職はみな持っているスキル。善良なものにしか発現しない。
『ヒール』…… 初歩的な回復呪文。ある程度の傷を癒やすことが出来る。
『※※』…… 謎のスキル。解読不能。




