53.移動初日
ついに討伐隊が出発した。
ユウヤは幌馬車を護衛しながら一路西の地へ向かうのだった。
王都のメインストリートを討伐隊が行進して行く。
沿道には討伐隊が出陣する姿を見物するために、王都民たちの人だかりが出来ていた。
俺は兵站部隊の荷馬車を護衛する形で移動している。
しかし騎士フィリップからは『収納』スキル持ちである、俺とセシルさんは危険な戦闘などには参加するなと事前に言われていた。
俺とセシルさんの任務は、安全な予備物資の輸送だそうだ。
幌馬車には総勢三十四名の食料や衣類、野営に使うテントなどが満載されている。
その満載された荷物が何らかの理由で消失した場合、大事な予備物資を預かる俺とセシルさんの安全は最優先事項になる。
いかにこの世界で『収納』が優遇されているのかがよくわかった。
広場を横切り、『カラム&ブライアン武装店』を通過すると、遠くに冒険者ギルドが見えてきた。
暇な冒険者達も沿道に出て討伐隊の行進を見物している。
受付嬢のトリシアさんとダイアナさんも冒険者達と一緒になって見送りに出てきていた。
「トリシアさん、ダイアナさん! 行ってきます!」
思わず大きな声を出して話しかけてしまった。
「ユウヤさん! 気を付けてくださいね!」
「無事を祈っていますよ!」
二人とも心配そうな表情をして俺に手を振ってくれた。
相変わらず美人な姿を少しだけ見られたので気持ちが明るくなった。
昨日、助平心を出さずにギルドに行かなければこんなことにはならなかったはずなので、俺は相当に運が悪いと思う。
己の運の無さに落ち込みながら、小さくなっていくギルドの建物を何度も振り返って目に焼き付けた。
ギルドを少し越えた通りで進路が西に変わった。
東西に伸びている大通りを西門に向けて移動していく。
今回向かうのは王都から西に伸びる街道だ。
討伐隊の遅い脚で二日ほどの距離にある山林が目的地だった。
王都の西門をくぐり街道を西進する。
周りには王都の胃袋を支える小麦畑がどこまでも広がっていた。
野良仕事をしている農夫たちも討伐隊を物珍しそうに見ていた。
「どのくらいの期間で帰って来られると思いますか?」
隣りに歩いているセシルさんに話しかける。
「そうですね……、行きと帰りで最低でも四日、討伐に五日ほどかかるとしても十日あれば戻れると思いますよ。あくまでもすべてが上手くいった場合ですけどね」
出発のドタバタであまり顔を見ていなかったが、セシルさんはとても美人だ。
赤毛の髪を後ろ手に三編みして動きやすい髪型にしている。
鼻筋が通っていて色白、化粧っ気がないのでそばかすが目立つが、きちんと化粧すればかなりの美人になるだろう。
革鎧を着けているのでスタイルはよくわからないが、スラリと伸びた足が健康的で美しい。
これから始まる長旅に気が滅入っていたが、セシルさんのような美女との会話が唯一の救いになりそうだった。
「十日ですか、結構長旅ですね。俺、賊の人数とかアジトの様子とか『ケルベロス』の情報を全く教えてもらっていないんですけど、セシルさんなにか知っていませんか?」
「私もあまり詳しくは教えてもらってないですよ。ただ衛兵の方々は精鋭揃いなので十分に戦えるそうですよ」
騎士たちは冒険者の俺たちには情報を多くは教えてくれなかった。
戦闘をするのは騎士や衛兵たちなので、俺たちは余計なことは考えなくてもいいとでも思っているのだろうか。
戦闘に駆り出されないことは良いことだが、いざというときのために情報を知っておきたかった。
詰め所で働いているセシルさんならば、なにか知っていることもあるかと思ったがあてが外れてしまった形だ。
街道は整備されていて思ったよりも快適な旅になりそうだった。
魔物などが出没するほど治安が悪くはなく、ましてや追い剥ぎなどの無頼漢などは、大勢の騎士や衛兵たちを見て逃げ出してしまうはずだ。
俺は『ケルベロス』のアジトがある山林の麓までは、何も起こらないと予想していた。
ー・ー・ー・ー・ー
俺の予想は当たり、一日目は安全な移動ができた。
今夜は王都の西側にある比較的大きな街で宿泊予定だ。
討伐隊が街に宿泊することを先触れの衛兵が街に知らせていたので、大した混乱もなく宿を取ることが出来た。
しかし騎士団の冒険者への扱いはあまり良いとは言えず、大部屋に男の冒険者八名が押し込まれ雑魚寝状態で一夜を過ごした。
女性冒険者であるセシルさんは、騎士ジル・コールウェルの侍女として宿で一番高級な部屋へ消えていった。
別に羨ましくはないが、大部屋でむさ苦しい男たちに挟まれて眠ることは拷問のように苦しく寝苦しい夜になった。
一夜明け、ろくに風呂に入っていないであろう冒険者たちの体臭が充満している大部屋から逃げるように外に出る。
食堂へ移動しながら小声で『クリーン』を発動して、体から臭い匂いを一掃した。
食堂へ到着すると衛兵たちがすでに食事をしていた。
宿の給仕に案内されて隅のテーブルに近寄る。
そこにはセシルさんが先に着席していて、ニッコリと微笑んで挨拶してきた。
「おはようございますユウヤさん、昨日は良く眠れましたか?」
晴れ晴れとした表情で挨拶してくるセシルさん。
昨日はふかふかのベッドで寝たのだろう、全く疲れていない健康そのものの顔色だった。
「おはようございます。まあ、そこそこ眠れましたよ。冒険者をやっていれば屋根のある場所で寝られるだけ幸せですからね」
俺は見栄を張ってセシルさんに強がって見せた。
本当はろくに眠れず睡眠不足なのだ。
「さすがですね、こちらの席に座りませんか? ユウヤさんのために席をとっておきましたよ」
セシルさんは隣の席を指差して微笑む。
美人さんに微笑まれて嬉しくない男は居ないだろう。
俺も例外なく嬉しくなって少しだけニヤケてしまった。
セシルさんの隣に座り朝食をいただく。
黒パンに野菜スープとハムが二切れ、あまり豪華な食事ではないようだ。
しかし味はとても美味しくて食がどんどん進んでしまった。
喉が渇いたのでテーブルを見渡してみるとポットと水差しが見て取れた。
セシルさんの手元にはメンドル茶が入った茶碗があり湯気を立てていた。
ポットに入っている液体はメンドル茶で間違いなさそうだ。
「ユウヤさん、メンドル茶いかがですか?」
気を利かせたセシルさんが、ポッドを手にとって茶碗にメンドル茶を注ごうとしてきた。
「いえ! 俺は冷たい水でいいです、お水をお願いします!」
慌てて断り、水を茶碗に注いでもらう。
朝からメンドル茶を飲むなんて具合が悪くなりそうで嫌だからな。
暫くセシルさんと楽しく会話をしながら食べていると、食堂に騎士たちがやってきた。
騎士ジルを筆頭に合計五名、きらびやかな甲冑に身を包んでいて、ジルに至っては紺色のマントまで羽織っている。
ガチャガチャと騒がしい音を立て、中央のテーブルに進む騎士たち。
周りでは慌てて衛兵たちが立ち上がり騎士たちに朝の挨拶をしている。
その様子を横目で見ていると、セシルさんがおもむろに立ち上がって騎士ジルのもとへ移動していった。
ジルの傍らに立ち、朝の挨拶を済ませたセシルさんは騎士たちの給仕をし始める。
その頃になってようやく冒険者達が食堂へ入ってきた。
皆まだ半分眠っているようなだらしない格好をしている。
あくびを連発して頭を掻いているのは、昨日話しかけてきた無精髭の男だ。
そのとなりではボサボサ頭の男が背中を丸めて歩いてきていた。
更に後ろには指が欠損した陰気な男が煙草をくわえて入ってくる。
流石に行儀が悪すぎるので衛兵が素早く近寄って注意していた。
「おお! ずいぶん早起きじゃねえか! 俺はてっきり便所にでもいっているんだと思ってたぜ!」
男は朝にふさわしくないテンションで大声を出した。
食堂中に男の声が響き渡り何人かの衛兵がこちらを睨みつける。
「おはようございます、とりあえず私たちも食事にしましょう」
ボサボサ頭の男が俺の向かいの席に座る。
それを合図にしたかのように他の冒険者達が思い思いの席に座って朝食を食べ始めた。
男たちは茶碗にメンドル茶を次々に注いでいく。
たちまちのうちにテーブル周辺は青臭い匂いに包まれていった。
「自己紹介がまだだったな、俺はライアス・マクガイアっていうんだ。ライアスって呼んでくれ」
無精髭の男は勝手に自己紹介を始めてしまった。
まあ、これから長い旅を一緒にすることになる奴らだ、名前ぐらいは聞いてやってもいいだろうな。




