52.討伐隊出陣
兵站部隊に配属されたユウヤは、騎士の呼び出しで倉庫内に移動した。
「よし来たな、私は騎士フィリップ・モラン、兵站部隊の隊長だ。二人とも自己紹介しろ」
若い騎士は名乗りを上げて、こちらの名前を聞いてきた。
「私はセシル・バトンです、詰め所で雑用係をやっています。今回『収納』持ちということで討伐隊に徴兵されました」
いち早くセシルさんが自己紹介を終えた。
冒険者だと思っていたが騎士団の関係者だったようだ。
騎士フィリップもセシルさんのことは知っているらしく軽くうなずくだけだった。
続いて騎士は俺を見て自己紹介を促してきた。
「ユウヤ・サトウです、冒険者をやっています。ギルドで騎士団の方にスカウトされました」
本当は騎士ジルに拉致同然に連れてこられたのだが、そこはオブラートに包んで自己紹介を終える。
「そうか、ではお前たちには貴重な武具や予備食料を運んでもらうことにする。二人とも自分の『収納』の容量はわかっていると思うので、無理な収納はしなくていいぞ、全部を収納できるとはこちらも思っていないからな。それからユウヤは賃金の査定を兼ねていると思ってくれ、優秀な場合は報酬を上乗せするからな」
騎士フィリップの後ろにはうず高く木箱が積まれていた。
木箱には予備の剣や防具などが入っているのだろう。
盗賊団との戦闘は長期戦になるのかもしれないな。
その他に木箱の横には水の入った木の樽や、干し肉の束などが置いてあった。
総勢三十名を超える兵士たちの食料なので大量にある。
道すがら村々で補給もあると思うのだが、大量の物資を小さな村では買うことは出来ないのだろう。
これが全部予備物資というのだから驚かされるな。
セシルさんが木箱を次々に収納していく。
両手に抱えられるくらいの大きさの木箱を八箱ほど収納し、予備食料を多少収納したところで容量が一杯になり後ろに下がった。
「騎士様、これ以上は収納できません」
「よし、それではユウヤ今度はお前の番だ」
騎士フィリップに促される形で、セシルさんと入れ替わり前に出た。
ゆっくりと木箱を『無限収納』に収めていく。
俺は収めながらどこまで収納するかを考えていた。
あまり収納しすぎると騒ぎになってしまう。
しかしうまくすれば賃金が大幅に上がるかもしれないのだ、少し多めに収納してみようかな。
五個、十個と木箱を収納していく。
セシルさんよりだいぶ多い木箱を入れ終えたところで倉庫内の木箱はなくなった。
大きな木箱が手のひらに吸い込まれていくのが面白かったので、ついつい全部収納してしまったのだ。
「ユウヤ……、お前はまだ『収納』の空きはあるのか?」
恐る恐るという感じで騎士フィリップが聞いてくる。
セシルさんも驚きの表情で俺を見ていた。
(う~ん、どうしようか……。予備食料は大切なものだから馬車で運ぶのは避けたいな。もう少しだけ収納してみようかな)
「まだ入りますよ、引き続き予備食料を収納します」
あまり多く入れても騒ぎになってしまうので、適当なところでやめることにしよう。
俺は予備食料に近づくと少しずつ手のひらに物資を吸い込んでいった。
それにしても『収納』スキルは面白い。
どんな物でも手のひらの中に渦を巻いて消えていくのだ。
瞬間的に消えるのではなく、物資は歪んで吸い込まれていく。
夢中になってしまい途中からは無心で作業を進めていった。
「ユウヤさん凄いですね! こんなに多くの物を収納できる冒険者なんて見たことありませんよ!」
セシルさんの声にはっとして俺は顔を上げた。
無心で作業していたので周りがまったく見えていなかったのだ。
「私の知る限りこれだけの物資を収納できる方は王国の宮廷収納師様ぐらいしか居ません! もしかしたら貴族様にお仕え出来るかもしれませんよ、早速上に報告しましょう!」
セシルさんは興奮気味に語りだした。
物資がなくなり、がらんとした倉庫内にセシルさんの声が響き渡る。
騎士フィリップは腰を抜かしそうになっていて、無言で俺のことを凝視していた。
(あまり騒ぎになるのが嫌だからセーブして収納していたのに、ついついやりすぎてしまった)
夢中になって食料を収納していたら倉庫内が空になってしまった。
「貴族様に仕える生活は嫌なのであまり大げさに騒がないでもらえませんか?」
動揺を隠しながら冷静を装ってセシルさんにお願いする。
「なんてもったいない! 賃金が破格なうえ、安全で贅沢な生活が出来るのにおかしいですよ!」
セシルさんは興奮冷めやらぬ感じで顔を赤くしてまくし立てた。
「セシル、そのくらいにしておけ。本人がそう言っているんだ、それに討伐任務が最優先なのだから今は見なかったことにするぞ」
騎士フィリップは空気が読める男のようだ。
俺の破格な収納力は騒ぎになることを察知して、無かった事にしようと提案してくれた。
「ありがとうございます。セシルさんも騎士様の言うことを聞いてくださいね」
「わかりました、でも出世のチャンスなのにもったいないですね」
少し不満げなセシルさんだが、それでもなんとか黙ってくれた。
俺の『無限収納』の能力はこんなものじゃないのだ。
容量は無限の上に時間まで止められるので、貴族たちに見つかったら大変な騒ぎになってしまう。
毎回気をつけようと思うのだが、いざその場になると忘れてしまう自分が嫌になってくる。
「ユウヤの収納力はかなり優秀だということがわかった。賃金の査定アップを上に進言しておくので期待してくれていいぞ」
反省していると騎士フィリップが話しかけてきた。
何となく俺に気を使っているような感じがする。
「ありがとうございます。お金がもらえるのは嬉しいですよ」
俺はにっこり笑って頭を下げた。
「よし、外に出て馬車を動かすぞ、ついて来い」
騎士フィリップは俺たちに命令すると移動を開始した。
その後ろから俺はセシルさんと共に付き従って行くのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
練兵場には騎士ジル・コールウェルを筆頭に、五名の騎士たちが並んでいた。
騎士ジルが総司令官で副官が一名、衛兵を指揮する隊長格が二名、そして兵站部隊を率いる騎士フィリップ。
その後ろには二列縦隊で衛兵が二十名、完全武装で並んでいる。
更にその後ろには兵站部隊の馬車が続いていた。
御者として冒険者が一名。
俺は他の冒険者達と一緒に馬車を護衛することになった。
しかし騎士フィリップからは事前に言いつけられていることがあった。
それは万が一馬車が襲われたときには、無理をせずに身の安全を確保せよという命令だ。
『収納』持ちである俺は、大事な物資と食料を運搬しているので、死なれては困るということらしい。
さしずめ人間物資袋と言ったところだろうか。
馬車が襲撃されて灰になっても、俺とセシルさんのどちらかが生き残れば最悪の場合でも全部の食料や物資が無くなることはないのだ。
総勢三十四名の、盗賊団『ケルベロス』討伐部隊が今、出立しようとしていた。
「討伐隊、只今より盗賊共を倒しに参ります」
騎士ジルが騎士団のお偉方に挨拶している。
「騎士ジル・コールウェル、必ず盗賊団を壊滅するのだ。成功なくしてこの地に戻って来ることは許されないぞ、よいな」
恰幅が良い偉そうな騎士がジルに檄を飛ばした。
「はっ! 心得ております。では!」
さっそうと騎士ジルが騎乗する。
「討伐隊進め!」
隊列の先頭に移動したジルが右手を上げて高らかに号令を下した。
騎士たちが動き出し、その後から衛兵たちが足並みをそろえて行進を開始した。
「兵站部隊前進!」
騎士フィリップも掛け声を上げる。
ゆっくりと馬車が動き出し冒険者たちも歩き出した。
俺も幌馬車の速度に合わせながら歩き出す。
詰め所の外には大勢の王都民たちが見送りに出ている。
人々の間をゆっくりと隊列は続いていくのだった。
果たして無事に賊を討伐して戻ってくることが出来るだろうか。
人数の少ない討伐隊に一抹の不安を抱かざるを得ない。
熱狂的な声援が聞こえ、俺は改めて討伐という名の未知の戦闘へ借り出されたことを強く感じるのだった。




