51.居ても立っても居られない
会議室に騎士ジル・コールウェルが入ってきた。
これから盗賊討伐の詳しい説明が始まる。
「皆の者、任務への志願ご苦労! これより王都西側周辺の街道を脅かしている盗賊団討伐のくわしい説明をする」
ジルが会議室の壇上に登り、高らかに宣言する。
俺は志願した覚えはないのだが、兵士たちは自ら進んで討伐隊に入ったようだな。
衛兵や騎士たちは緊張した面持ちでしっかりとジルの事を見ている。
(さすが『統率』のスキル持ちだな、衛兵たちの顔つきが引き締まったぞ)
俺はジル・コールウェルという騎士のことを少しだけ見直した。
説明はジル本人がするようだ。
俺は荷物持ちに雇われただけなので、詳しく作戦を聞かなくても良いような気がするが暇なので聞いてやることにしよう。
「我がエイシス王国の王都であるミュンヘル近郊で、近年勢力を拡大させている犯罪組織『ケルベロス』を壊滅するため、騎士団で討伐隊を派遣することが決定した。『ケルベロス』は強盗や殺人、強姦など非道の限りを尽くす外道中の外道たちだ。街道の途中にある山林を根城にして、やりたい放題の悪行を行っている。この所業を見逃すことは出来ない!」
ジルが語気を荒らげて説明を始めたが、『ケルベロス』という犯罪組織の名に俺は聞き覚えがあった。
ダミアン・ザッパーという伐採所の奴隷男が首領をしていた組織が『ケルベロス』ではなかっただろうか。
てっきり組織が壊滅して奴は捕まったのだと思っていたが、まだ『ケルベロス』が健在だとは思ってもみなかったな。
「我々は『ケルベロス』の首領であるザッパーを昨年の秋に捕縛することに成功した。今は『ファーガソン森林組合』で犯罪奴隷になって労役についている。『ケルベロス』がザッパーの身柄を奪還する作戦を計画しているという情報を我々は掴んだ。しかるに奴らよりも先に組織を壊滅することにしたのだ」
ジルが今回の討伐作戦に至る経緯を説明している。
その話を聞いていて俺は居ても立っても居られなくなった。
(伐採所を襲う計画があるなんてキッドさんたちは知っているのか!? 今すぐ教えてあげなければ!)
こんなところで悠長に座っている場合ではない。
いくらキッドさんが凄腕の剣士でも盗賊団に襲われたらみんなを守り切ることは出来ないだろう。
俺はそわそわと辺りを見渡してどうにか会議室を抜け出そうと考えた。
「ん? そこの冒険者、どうかしたのか?」
落ち着きがない俺をジルが目ざとく見つけて問いかけてきた。
一斉に他の奴らが俺の顔を見る。
「いえ、森林組合に知り合いが働いているので、襲撃計画を教えてあげたいのです」
誤魔化しても仕方がないので正直に答える。
もしかしたら討伐隊から抜け出せるかもしれない。
「貴様は何を言っているかわかっているのか? これは極秘情報だぞ、外部に漏らしたら死罪だぞ?」
ジルは呆れた顔で俺を見ている。
周りの騎士たちも俺のことを睨みつけている。
一瞬黙ろうかと思ったが、お世話になったキッドさんたちの生死がかかっているので食い下がることにした。
「しかし襲撃されたら伐採所などひとたまりもないですよ。お願いします、森林組合の隊長を知っているので彼にだけでも伝えさせてください!」
「貴様は何も聞いていなかったみたいだな、だから我が騎士団が盗賊団を壊滅させるために討伐隊を派遣しようというのではないか。伐採所が襲われる前に盗賊団を潰せば何も問題はないのだ」
ジルの言っていることはたしかに正論だ。
しかし入れ違いで先に盗賊団が動いていたら取り返しがつかないことになってしまうではないか。
更に食い下がりたかったが、これ以上言ってしまえば牢屋行きになってしまうのはわかりきったことだった。
言いたいことをぐっと我慢して椅子に座り直す。
ジルは俺が諦めたと思ったようで、それ以上何も言って来なかった。
「お前たちにも言っておくぞ、この場で今見聞きしたことは他言無用だ。わかったな!」
部屋の中の衛兵たちを睨みつけながらジルが念を押す。
衛兵たちは次々に野太い声で了承の返事をした。
俺の焦りをよそに討伐計画の詳細が語られていく。
作戦の実行部隊は衛兵が主に担うようで、ジルを総司令官として騎士たちが直接指揮を取るようだ。
冒険者たちは荷物の運搬や野営の設営など、後方支援が主な任務だった。
俺たち冒険者が戦闘に参加することはなさそうだが、油断は禁物だろう。
相手の人数が多ければ数合わせに戦闘参加を強制される危険性があった。
「よいか、二時間後には街道を西に向かって移動を開始する。時間厳守で練兵場へ集合しろ、兵站を担う冒険者達はこの後倉庫前まで集合せよ。我が騎士団の恐ろしさを盗賊どもに思い知らせてやろうではないか! 以上だ準備に取り掛かれ!」
最後にジルが高らかと宣言する。
衛兵たちが殺気立って会議室から次々に出ていった。
ジルたち騎士も足早に部屋を出ていく。
会議室に残された俺は、数人の冒険者とともに最後まで動くことはなかった。
「あんた昨日の兄さんだよな、良く騎士様にあんなことが言えたな。横で聞いていてびっくりしちまったぜ」
昨日の夕食の席で少しだけ会話した無精髭の冒険者が話しかけてくる。
ボサボサの髪の男も興味深げにこちらを見ていた。
冒険者は他にも数人居たが、俺に近寄ってきたのはこの二人だけだった。
「大事な人達が危険な目に遭うかもしれないんだぞ。お前だったら黙っていられるのか!?」
俺は言葉を荒らげて男に詰め寄ってしまった。
普段はこんな乱暴な言葉づかいなどしないのだがどうにも抑えきれなかったのだ。
遠巻きに見ていた冒険者達が次々に部屋を出ていく。
「気持ちはわかるが相手は騎士様だぞ、下手したら打首になっていてもおかしくねえよ」
無精髭の男は俺のことを心配してくれているようだ。
見た目はだらしないが良い人なのだろう。
「大きな声を出してしまってすまなかった、許してくれ」
大人げない行動をとってしまったことが急に恥ずかしくなって謝罪をした。
「いいんだよ、悪いことは言わねえから、もう騎士様にさからわねえほうがいいぜ」
「討伐を成功させることだけ考えたほうがいいですよ。私達はそれしか生きる道はないのですからね」
ボサボサ髪の男がそう言って部屋を出ていく。
その後を無精ひげの男が続き、誰も部屋に居なくなった。
俺も倉庫まで行かなくてはならない、先程の発言で騎士たちに目をつけられてしまったはずだ。
遅刻をしてしまえばどんな罰を与えられるかわかったものじゃない。
足早に会議室を出ると詰め所の裏手にある倉庫へ移動していった。
ー・ー・ー・ー・ー
「おい! 早く来い、お前が最後だぞ!」
倉庫前には若い騎士が一人居て、その前に冒険者たちが整列していた。
「すみません遅れました」
俺は軽く謝罪して冒険者たちの列に加わった。
倉庫の前には物資が山のように置かれていて、馬車が横付けされていた。
大きめの幌馬車で、沢山の荷物が積み込めそうだ。
「よし、これで全員だな。お前たちは隊の兵站を担ってもらう。これから食料や物資を馬車に積み込むぞ。あまり時間はないから気合を入れて行うのだ」
若い騎士はボードのようなものを持って筆記用具を片手に話し始めた。
推察すると彼が俺たちの直属の隊長なのだろう。
「この中に『収納』持ちの奴は居るか? 居たら手を上げろ」
騎士は隊員たちを見渡して『収納』スキル持ちを呼び出した。
俺が『収納』を持っていることは騎士ジルに知られているので隠すことは得策ではない。
素直に手を上げると俺の他にもう一人の冒険者が手を上げた。
「お前たち二人は俺について来い、後の者は物資を馬車に積み込む作業を開始しろ」
騎士は総命令すると倉庫の中に入っていった。
俺も騎士を追って倉庫の中に侵入していく。
「セシルです、よろしくお願いします」
倉庫の入り口を中に少し入ったところで『収納』持ちの冒険者が話しかけてきた。
革鎧に短剣という比較的軽装備な美女冒険者だ。
身なりはきちんとしていて食い詰めているような感じではない。
なぜ彼女が討伐クエストなんて危険なものに参加したのだろうか。
「ユウヤです、こちらこそよろしく」
差し出された手を握り返す。
倉庫の一番奥に騎士が立っている。
あまり待たせると機嫌を損なわせてしまうだろう。
セシルとはそれ以上話すことはなかった。
二人して足早に騎士のもとへ向かうのだった。




