50.食い詰め冒険者たちの食卓
俺は今、騎士団の詰め所に来ている。
美人上級騎士であるジル・コールウェルに、半ば拉致される形で連れて来られたのだ。
連れてこられた理由は、近々出発する盗賊討伐隊の雑用係としての採用。
誰もやりたくない仕事を強引に押し付けられた格好で、権力の犬に成り下がってしまった。
悔しいが騎士様には逆らう訳にはいかない。
ブロンズランクの初心者冒険者など、意見を言った瞬間に独房行きなのはわかりきっている。
仕方がないのでおとなしくジル様の言う通りに働くしかなかった。
今いる場所は騎士団詰め所にある隊員たちの私室だ。
私室とは名ばかりの狭い空間で、伐採所の物置より少しだけ広いだけの場所だった。
畳一畳より少しだけ広い空間にベッドがあるだけの部屋に押し込まれた俺は、明日の説明会までの間、ここで待機しているようにと衛兵に言われた。
ドアに鍵がかかっているわけではないので、トイレなどには自由に行けるが、あまり詰め所内を歩き回らないように厳命されている。
夕食の時間には衛兵が教えに来てくれるそうだが、これでは独房とあまり変わらない気がするな。
夕日が小さな窓から差し込んでくる。
そろそろ日没が近づいているようだ。
窓からは詰め所の真ん中にある練兵場が見える。
詰め所の練兵場では今日の訓練が終了して、指揮官の長い話が続いていた。
指揮官は気合が足りないだの根性を入れろだのと言っているが、言われている衛兵たちはあまり真剣に聞いていなかった。
なんとなくだが衛兵たちはあまり真面目ではない気がする。
俺の偏見なのかもしれないが、異世界の衛兵はみんな賄賂をもらっているような不真面目な奴のような気がするのだ。
不正を働いているような衛兵たちにおとなしく従うのも癪だが、面と向かって楯突くことは出来ない。
衛兵は騎士よりも権限はないかもしれないが、冒険者を一人ぐらい袋たたきにしてもお咎めなどないのは容易に想像できた。
法律なんて有ってないような世界だろうし、おとなしく従うしかないのだ。
暫く窓から練兵場の様子を黙って見ていると、部屋の外が騒がしくなってきた。
「おい、夕食だぞ! 食堂に集合しろ!」
部屋の外から衛兵が大声を上げている。
部屋から出てみると俺の他にも冒険者風の奴らが数人廊下に並んでいた。
その他にも衛兵たちが食堂に移動している。
「おい新入り! 早く並ぶんだ!」
まるで刑務所のような扱いにびっくりしてしまうが、他の冒険者達がおとなしく従っているので俺も並んでみた。
引率の衛兵は言葉こそ厳しいが警棒などは持っていなくて、面倒くさそうに立っているだけだった。
ぞろぞろと食堂へ向かって歩いていくと、扉の先に大きな空間が現れた。
長椅子とテーブルが所狭しと並べられていて、すでに衛兵たちが夕食を食べている。
給仕から空の皿を渡される。
列に並んでいると大きなお玉で煮物のような物を皿に入れられた。
続いて進んでいくと野菜の炒め物もお皿に投げ込まれる。
配給食のようなものなのだろうが、荒々しくて雑な扱いにゲンナリしてしまった。
最終的には皿に分厚いステーキを入れられ、深皿にコーンスープみたいなものを入れて渡された。
豚の餌みたいな料理が入った皿を両手に抱えて、冒険者達が座っているテーブルに腰を落ち着ける。
テーブルには黒パンが籠にどっさりと盛り付けられていて、おかわりは自由にできるようだった。
黙々と夕食を食べる。
味は思っていたよりも美味しくてついつい食が進んでしまう。
異世界での最初の食事が牢屋の中だったが、結構美味しかったことを思い出した。
考えてみればこの詰め所の食事だったのだし、今食べている夕食が美味しいのはあたり前のことだな。
俺の前に座っている冒険者達がチラチラと俺を見てくる。
みんな装備が粗末で、浮浪者と間違われてもおかしくないような奴らだった。
「あんた何をしたんだ? 見たところ食い詰めているようには見えねえが」
無精髭を生やしてボロボロの革鎧を着ている男が話しかけてくる。
「私達はクエストの失敗で破産したんですよ。ランクも下げられてしまったし一発逆転で討伐隊のクエストを受けたんです」
斜め向かいのボサボサ髪の男が、聞いてもいないことをベラベラと喋った。
冒険者たちは俺が話すのを待っているようだ。
仕方がないからギルドでの顛末を手短に語ることにした。
「知り合いの騎士に連れて来られたんだよ。別に俺はここに来たくなかったのに強制的に連行されたんだ」
俺が不満を言うとびっくりした声で無精ひげが目を見開いた。
「あんた騎士様の悪口は言っちゃいけねえぜ、誰が聞いているかわからねえからな。事情は同情するがうまく立ち回るこった」
カゴの中の黒パンを革鎧の間にこっそりと詰め込みながら男が話す。
テーブルに座っている冒険者たちの人数は俺を入れて六人だ。
明日もう少し補充されるらしく、盗賊討伐には十人前後が参加するらしい。
「あんた人殺しをしたことはあるのかい? 腕は立つみたいだが目に鋭さがないな、今回の盗賊討伐はなかなかの大物らしい、せいぜい殺されないように頑張りな」
右手の薬指と小指が無い痩せた男が俺をからかうように言ってきた。
余計なお世話なので男のことを無視する。
男は別段気を悪くした風ではなく、すぐに俺から興味をなくしたようだ。
「邪魔したな」
食事を食べ終えた俺は、男たちに一言言うと席から立ち上がった。
空の食器を戻した後、もと来た通路を戻っていく。
廊下は明かりが一切なく、慣れていない者なら歩くのに苦労しそうだ。
部屋に戻るとベッドの上に寝袋を出し、包まって目をつぶった。
ー・ー・ー・ー・ー
翌日は早朝に起こされ敷地内を十周ばかり全力で走らされた。
朝の運動の一環で衛兵たちも一緒に走っていた。
屈強な体格の男たちの中では俺は小柄な方なので、嫌がらせをしてくる奴がいるかと身構えていたが、別にちょっかいを掛けてくる奴はいなかった。
重い革鎧に身を包み、長剣と短剣を腰に挿して完全武装で涼しい顔をしながら周回する俺に、衛兵たちも恐れをなしたのかもしれない。
『身体能力向上』のスキルはとんでもない体力を俺に与えてくれているので、平坦な敷地などあくびが出るほど簡単に走れるのだ。
昨日一緒に夕食を食べた冒険者たちは身軽な格好をして走っていたが、バテ気味でだらしがなく喘いでいた。
何人かは周回途中でリタイアして、敷地の隅でゲロを吐いていた。
「よし! この後は各自仕事にかかれ。それから盗賊討伐隊の隊員は詳細を話すので会議室に集まれ」
指揮官が大声で指示を出していく。
衛兵たちは街を見回る任務や剣術の鍛錬などに散っていった。
俺は指揮官に引率されて会議室に向かって行くのだった。
会議室は食堂の横にあった。
特に変わったことがない空間で、一人がけの椅子が無数においてあるだけの部屋だ。
部屋に入った順番で椅子に腰掛けていく。
俺は窓際の真ん中辺の席に着き、黙って説明が始まるのを待っていた。
室内に集まった人数は衛兵が二十人、冒険者が俺を入れて九人だ。
騎士の姿が見えないが後から来るのだろうか?
盗賊団相手に三十人前後では分が悪いのではないだろうか。
少々少ない人数に若干の不安が頭をよぎる。
「間もなく上級騎士様がお見えになる。皆立ち上がってかしこまれ!」
指揮官が大きな声を出して檄を飛ばした。
衛兵たちが一斉に立ち上がり直立不動の体勢に入る。
俺も周りに見習って立ち上がってみる。
しばらくすると騎士ジル・コールウェルが部下の騎士たち四名を引き連れて部屋に入ってきた。
「敬礼!」
指揮官の合図でザッと音がして衛兵たちが敬礼する。
俺は衛兵ではないのでただ立っているだけだ。
他の冒険者達もぽかんとした表情でキョロキョロと周りを見ていた。
「休め! 着席せよ!」
ジル様がじろりと俺を一瞥した後、部屋全体に通る声で命令を下す。
衛兵たちは一斉に椅子に着席した。
俺たちも慌てて席につく。
これから盗賊討伐に関する説明が始まろうとしていた。




