49.不運な男
鎧と武器を新調して上機嫌なユウヤは、細々とした備品を買うために青空市へと向かうのだった。
青空市場は相変わらず人々でごった返していた。
食べ物の屋台や衣料品、手頃な価格の武器防具の店。
ありとあらゆる安価な商品がずらりと並んでいるのだ。
今日、俺のお目当ては消費して少なくなってしまった食料と、魔物に対して有効だと確認できた投擲用の安価なダガーを仕入れることだった。
本当は冒険に役立つ魔道具なども買いたいのだが、いかんせん懐が寂しくなってしまったのでまた今度買うことにする。
キッドさんが持っていた野営用の結界などは早めに買いたいのだが仕方がない。
冒険者はかなりお金がかかる仕事だということだな。
市場の入口付近は食料品を売っているエリアだ。
適当に物色しながら野菜を中心に買い足していく。
肉に関しては一人では食べ切れないほど森林狼の肉が『無限収納』に収まっている。
とても美味しい肉なので飽きることはなさそうだから、今回は肉の購入は見送ることにした。
大量の野菜類を買っても、銀貨二枚ぐらいしか消費しなかった。
少し安すぎる気がするが、貧乏になってしまった俺には助かる。
カラムさんの店で武具を買っていたので感覚が麻痺していたが、あそこは超高級店なので物価の目安にはならないのだ。
異世界も日本と同じでお金持ちは高くて良い製品を購入するが、一般人はそこそこの値段の物を買っているようだった。
俺の他にもベテラン風の冒険者達が市場で買い物しているが、皆中古の武器や防具を真剣な顔で選んでいた。
そんな冒険者たちは高級武具に身を包まれた俺に気づくと、憧れや嫉妬の視線を向けてきた。
たしかに今の俺の装備はかなり高性能な物になっている。
キッドさんにもらった、ベテラン冒険者でもなかなか買えない鋼鉄の剣に、王都でも指折りの名匠であるブライアンさん特製の革鎧。
見る人が見れば武装にかなりお金をかけていることがすぐにわかるはずだ。
俺としてはブランドに身を包んでいるつもりはないのだ。
たまたま異世界に来て最初に寄った店が高級武装店だっただけで、そこの馴染みになってしまっただけなのだ。
……と、心の中で自分に言い訳しながら市場を進んで行った。
本当は少し金遣いを改めたほうがいいと思っているのだ。
思わぬ大金を短期間で手に入れてしまって浮かれていたと思う。
武具はパワーアップしたが、懐はクエストをする前よりも貧乏になってしまった。
本来なら少しの期間ゆっくりとして異世界を楽しもうとしたのだが、早急に新たなクエストを受けなければならなくなってしまった。
ー・ー・ー・ー・ー
時刻は三時になろうとしていた。
満足な買い物が終わり、手持ち無沙汰になってしまう。
今のところ気軽に行けるのはカラムさんの店と青空市場、そして冒険者ギルドぐらいだ。
朝一でギルドへは行ったのだが、もう一度クエストを見に行って見ようか。
(美人な受付嬢さんたちに会いに行くわけでは決してないぞ)
自分に言い聞かせながらふらふらとギルドへ向かう。
相変わらずギルドの入り口には誰も居なかった。
まだ冒険者が帰ってくる時間には早いのだろう。
ギルドの扉を開いて中に入っていく。
エントランスは閑散としていて冒険者たちの姿はない。
一番奥のカウンターにはトリシアさんやダイアナさんの姿が見える。
彼女たちも暇そうにしているので後で声を掛けてみよう。
少しだけ助平心をいだきながらクエスト掲示板へ向かった。
【ブロンズ帯クエスト】
[薬草採取……常時依頼クエスト 依頼主……ミュンヘル商業ギルド]
[荷物運び……倉庫整理の運搬作業の依頼 ※賃金等は要相談]
[ゴブリン駆除……常時依頼クエスト 依頼主……冒険者ギルド]
[下水に巣食う大鼠の駆除……ミュンヘル商業ギルド ・駆除個体数で報酬を出します]
[都市警備隊の下働き……雑用係募集、警備隊への登用有り]
当たり前だが朝と同じクエストが並んでいる。
しかし見慣れないクエストが端の方に張り出されているのを発見した。
[急募! 討伐隊員募集。 依頼主……エイシス王国騎士団 盗賊団の壊滅のため派遣される部隊の隊員を広く募集する。主に荷役要員 ランク不問、『収納』持ちは報酬交渉可]
朝には貼ってなかったような気がするのだが見落としたのだろうか?
やけに物騒なクエストが掲示板にある。
ランク不問というのがどうも引っかかるな。
急いでかき集めようとしていて危険な臭いがプンプンしていた。
(こういうクエストは受けないほうがいいな、まるで戦争へ行くみたいじゃないか。魔物ではなく人間相手なんて俺には絶対できないぞ)
盗賊と言えど相手は人間だ、彼らと戦闘するということは最悪の場合、殺人をすることになってしまうだろう。
いくら異世界に来たと言っても殺人なんて出来る訳がない。
すぐに興味を失って掲示板を離れることにした。
トリシアさんとダイアナさんに装備を自慢してこよう。
すぐに掲示板のことを忘れて、俺はワクワクしながらカウンターに移動しようとした。
視線をカウンターの方に向けると、完全装備の集団がこちらに近づいて来るのが見えた。
ちょうどギルドの入口付近に居た俺は、男たちの進路を妨害する位置にいる。
男たちは朝も見かけた街の衛兵たちではないだろうか。
人数は合計で五人、みな身体が大きく威圧感が半端ではない。
五人だと思っていたのだが、もう一人大男たちに隠れるように小柄な人物が見え隠れしていた。
衛兵に囲まれている人物は、俺より少し背の低い小柄な体型だった。
他の衛兵たちよりも豪華な甲冑に身を包んでいて、兜の上には羽飾りがある。
「おや? お前は先日の浮浪者だな」
俺の目の前まで来た集団は、小柄な人物の声に反応して俺を取り囲むようにして停止した。
巨漢で全身鎧を着た男たちに取り囲まれて身動きが取れなくなってしまう。
嫌な予感がするが逃げ道を塞がれた格好になってしまい、己の運の無さを呪うしかなかった。
「人違いではないですか?」
声を掛けてきた人物を俺は知っている。
あまり会いたくはない人物なのでとぼけてみる。
「いや、だいぶ身なりは良くなったが、その顔と髪の色は忘れないぞ。確かユウヤだったか、貴様ここで何をしているのだ」
兜のバイザーを上げて俺を見つめてくる人物は、騎士ジル・コールウェルだった。
金髪で蒼眼の美女だが、性格が男勝りな王国騎士、俺を取り調べた女騎士様だ。
[名前……ジル・コールウェル 種族……ヒューマン 職業……上級騎士 スキル……『王国剣術』『威圧』『統率』『身体能力向上』]
ちらりと確認してステータスを視る。
「これは騎士様、お久しぶりです」
俺は丁寧に頭を下げて挨拶した。
異世界で権力を持っている人物の機嫌を損ねてしまったら、どうなるかわからないのだ。
最悪また牢屋に逆戻りの可能性もある。
「久しぶりと言うほど日にちは経っていないだろう。貴様だいぶ身なりが良くなったようだが、よもや悪事に手を染めている訳ではないだろうな」
鋭い眼光でにらみながら俺に話しかけてくる。
周りの衛兵たちも緊張感を持って、いつでも剣を抜けるように腰を落とした。
「まさか! ちゃんと冒険者になって稼いだお金で買ったんですよ。勘弁してください!」
無茶苦茶な事を言う人だな、決めつけで逮捕してしまう系の人なのだろうか。
それでも異世界では権力が全てなので下手に出なくてはいけないのが辛いところだ。
「ほう、数日で稼いだ金額の割にはだいぶ高価な武具を身に着けているではないか。貴様の言うことが本当なら、かなり優秀な人物だということになるな。それで貴様は今、何かクエストを受けているのか?」
訝しげな目線を俺に向けつつ尋問するように騎士ジルは問うてきた。
「いえ、昨日クエストを完了したので今は何か良いクエストがないか物色中なんですよ」
早くこの場を立ち去りたいが、騎士様に聞かれた限りは答えなくてはいけない。
ちょっと正直すぎたかもしれないが、咄嗟に良い言い訳が考えつかなかった。
周りに居た少数の冒険者達は潮が引くようにギルドから居なくなってしまった。
とばっちりを受けたくないのは誰も同じなのだろう。
俺を助けてくれる酔狂な冒険者はこの世界には居ないのだ。
「ほう……、貴様確か『収納』のスキルを持っていたな。貴様は運がいいぞ、本日我が騎士団はギルドに荷役のクエストを発注したところだ。貴様も仕事を探しているなら雇ってやろうではないか!」
ニヤリと笑って騎士ジルは高らかに宣言した。
俺は呆気に取られて声も出せなかった。
まさか先ほど掲示板に貼ってあった盗賊討伐クエストではないだろうな。
絶望が重くのしかかる。
間が悪すぎるのではないだろうか。
「何も話さないということは異論はないようだな、ではユウヤ、貴様も私に従ってついて来るのだ!」
絶望の命令が下された。
絶対に避けるべき騎士団クエストの下働きに抜擢されてしまった俺は、衛兵たちに半ば連行されてしまう。
遠くに見えるカウンターではトリシアさんとダイアナさんが心配そうに俺を見ている。
美女たちとの楽しい会話は当分の間お預けのようだな……。
ー備考ー
『王国剣術』…… 王国騎士が身につける正当な型の剣術スキル。非常に洗練された剣技。
『威圧』…… 言葉で相手をひるませることが出来るスキル。
『統率』…… 大勢の部下をまとめることが出来るスキル。




