42.犯罪者なのは分かっているが……
解体作業が終わり、夕食を食べながらの報告会が始まる。
洗い場から坂を登って戻ってくると、伐採所の広場には木こりたちが疲れ果てた様子で腰を下ろしていた。
みな人殺しや強盗などを犯した大罪人で、犯罪奴隷として終身刑に服しているのだ。
粗末な衣服に身を包み、裸足の者まで居る。
凶悪な人相をしているが、長年の労役ですっかりくたびれ果てて生気が全く無い。
ボサボサに伸び切った髪の毛を後ろでに縛り上げられていて、首元の奴隷首輪がよく見えた。
キッドさんに聞いた話では奴隷の首輪で感情を殺されていて、暴れることはないらしい。
考えることは出来るそうなので、作業などは細かく指示をしなくても一人でもできるそうだ。
奴隷という人権無視の制度に、初めて見たときは正直憤りを感じた。
しかし一人の奴隷のステータスを見てからは少し考え方が変わってきた。
[名前……ダミアン・ザッパー 種族……ヒューマン 職業……犯罪奴隷]
奴隷の中に見知った顔を見つけた。
『真理の魔眼』で名前を確認した奴隷だ。
確か盗賊か何かの首領をしていたはずだ。
罪状は大量殺人や強姦といった極悪非道なもので、終身刑にされても文句を言えるようなものではなかった。
日本だったら間違いなく死刑になる大悪人だ。
ザッパーは数日前に見たときよりも顔色がかなり悪かった。
頭や左の二の腕には汚らしい包帯が巻かれていて、どす黒い血が滲んでいた。
粗末な衣服も泥だらけで、ところどころ穴が空いている。
「遅かったじゃないか、ユウヤ食事ができているから食堂へ早く行きなよ。キッドはもう食堂へ行っちまったよ」
ヘザーさんが俺を見て声を掛けてくる。
ちょうど木こりたちの数を数えていたようだ。
「あの奴隷は怪我をしたんですか?」
俺はヘザーさんに近寄ってザッパーのことを聞いてみた。
「ああ、奴はフレデリコの担当だね。昨日崖から転がり落ちて腕を怪我したのさ」
「そうなんですか、だいぶ具合が悪いようですが」
「左腕がぱっくりと割れているのさ。ここではあのくらいの怪我なら雑用程度の作業をやらせるんだよ。犯罪奴隷は従業員じゃないからね、死ぬまでこき使えと国からお達しが来ているのさ」
当然のようにヘザーさんが言う。
奴隷たちの過酷な現状に今更ながら絶句してしまった。
「さあ、みんな待っているんだ早く行きな」
木こりの人数を数え終えたヘザーさんは、奴隷たちを食堂へ誘導し始めた。
これから木こりたちも粗末な夕食にありつくのだろう。
俺も事務所の扉をくぐって中へ入っていった。
奥からは楽しそうな笑い声が聞こえている。
おおかたキッドさんの帰還をみんなで喜んでいるのだろう。
「遅えぞ新入り! いつまで待たせるつもりなんだ!」
上機嫌なフレデリコがこちらに向かって怒鳴りつけてきた。
「すいません」
軽く誤って食堂の奥にあるテーブルに近づいていく。
周りの粗末なテーブルには木こりたちが背中を丸めて座っていた。
表情は無く、ただ座れと命令されたからそこに居るという感じだった。
「ユウヤさん、狼の肉を出してくださいな。今からステーキを焼きますよ」
クリスティーナさんが笑顔で話しかけてくる。
「わかりました、厨房で出しますよ」
俺は快く返事をした。
「はぁ!? 新入りお前『収納』持ちなのか! なんてこったい!」
フレデリコは俺が『収納』持ちだということに驚いて大声を上げた。
「ユウヤさん凄いね! お父さんと一緒だよ!」
ジェシカちゃんも驚いているようだ。
キッドさんがその様子を見て苦笑いをしていた。
「さあ、厨房へ行きましょう」
クリスティーナさんに催促されてしまう。
俺は背中を押されながら厨房へ向かった。
厨房はなかなか広くて、かまどがいくつもあった。
すべてのかまどには火が付けられていて鍋が置いてある。
「スープや煮込み料理はもう出来ているんですよ。後は森林狼のステーキを焼くだけです。今日は私も一緒に食べますからよろしくおねがいしますね」
クリスティーナさんは厨房の真ん中にある大きな台の上を指差してニコリとした。
台の上に狼の肉を出せと行っているのだろう。
俺は言われるがままに狼の肉を大量に出していった。
三匹目を出したところでクリスティーナさんから悲鳴に似た声が上がった。
「ストップストップ! それ以上は出さなくていいですよ! ユウヤさん何頭倒したんですか? こんなに大量のお肉いりませんよ!」
大量の肉が台の上を占領して今にも零れ落ちそうになってしまった。
「すみません、ちょっと考え事をしていました」
俺はクリスティーナさんに謝って肉を出すのをやめた。
しかし先程から考えていることがあったので思い切って聞いてみた。
「クリスティーナさん、狼の肉を奴隷たちにも分けてあげられないですかね、まだまだいっぱいあるのでどうですか?」
俺の『無限収納』にはまだまだ大量の肉が収められていた。
いくら奴隷と言えどお腹をすかせている彼らに肉を食べさせてあげたかった。
「う~ん、私の一存では決められませんね。奴隷のことはキッドさんに任せているので彼に聞いてみましょうか?」
「お願いします」
ペコリと頭を下げてクリスティーナさんが食堂へ消えていくのを見送る。
食堂の方で何やら騒ぎがあったようだが、すぐに静かになってキッドさんがやってきた。
「話は聞いたが本気なのか?」
少々呆れ気味にキッドさんが聞いてくる。
「森林狼の肉は高級品なんだぞ。ギルドに売ればそれなりの金になる。ましてやこれだけ新鮮な肉なんて街でもめったにお目にかかれないんだ、もったいないと思わないのか?」
キッドさんの横ではクリスティーナさんが無言でうなずいている。
「そうなんですか、でも俺の取り分の肉なら提供してもいいですよね。彼らにもたまには栄養のあるものを食べさせてやりたいんですよ」
犯罪者の彼らを甘やかしてはいけないのはわかっているが、青白い顔で疲れ果てた彼らを見ているとどうにかしてやりたいと思ってしまう。
甘い考えなのはわかっているのだが……。
「よし、ユウヤが本気なのはわかった。クリスティーナ、今日は木こりたちの分もステーキを焼いてくれないか。大変だとは思うがよろしく頼むよ」
「わかりました、任せてください!」
クリスティーナさんは快く引き受けてくれた。
キッドさんは自分の役目が終わったので食堂へ消えていった。
「ユウヤさんも食堂で待っていてください、すぐにステーキを焼きますからね」
クリスティーナさんはそう言ってはいるが、奴隷たちの分を合わせると大変な量になるはずだ。
このまま手伝わずに食堂に行くわけにはいかなかった。
「言い出しっぺなので俺にも手伝わせてください」
「そうですか? それじゃあ人数分を切り分けてくださいな、魔導オーブンで焼きますからあっという間に出来ますよ!」
聞き慣れない言葉がクリスティーナさんの口から飛び出した。
「なんですか魔導オーブンって」
「魔導オーブンは魔道具ですよ。大量の素材を一瞬で料理してくれるんです! 材料を入れてボタン一つで完成するのです。便利でしょ?」
ニッコリと笑って厨房の奥にある縦長の四角い物体を指差した。
そこには巨大な冷蔵庫のような物が置いてあった。
取っ手がついていて開けられるようだ。
「さあ、じゃんじゃん肉を切り分けますよ!」
腕まくりをしたクリスティーナさんが大ぶりの肉切り包丁を手に持って台に近づいていく。
俺も慌ててナイフを取り出すと片っ端から肉を捌いていった。
肉を切り分けると塩コショウをしてどんどん魔導オーブンに投入していく。
三匹分の狼の肉はすべてオーブンの中に消えてしまった。
「料理開始よ!」
大きな掛け声とともに魔導オーブンのボタンをクリスティーナさんが押す。
その途端に低い唸り声を上げながらオーブンが稼働した。
「後はオーブンがやってくれるから私たちも食堂へ行きましょう。私もうお腹ペコペコなのよね」
かまどにかけてあったスープを手に持ったクリスティーナさんが食堂へ消えていく。
俺も台の上に置いてあった白パン入りの籠を持ってクリスティーナさんを追いかけていった。




