41.解体完了、そして報告へ
狼の解体方法をキッドさんから教えてもらい、手分けして解体を進めることにした。
一度コツを掴んでしまえば解体作業はなかなか楽しいものだ。
何よりも剥ぎ取りの出来次第で価値が変わるのが面白い。
キッドさんが倒した狼の毛皮はすべてが高品質で、反対に俺の倒した狼の毛皮は低品質だった。
(それにしてもキッドさんの倒した森林狼は、全て原型をとどめていて綺麗だな。今度獲物を倒す機会があれば、なるべく綺麗に倒そう)
獲物の倒し方を感心しながら作業をしているとキッドさんが不意に話しかけてきた。
「なあユウヤ、森林狼の毛皮や肉の報酬割合を決めていなかったよな。七対三でいいか?」
「ありがとうございます。三割ももらえるなんて嬉しいです」
荷物持ちの俺には高待遇すぎる。
俺は快くキッドさんの提案を受け入れた。
「いいや違うぞ、ユウヤの取り分が七で俺が三だ」
キッドさんは首を振って言った。
「え!? キッドさんが倒した狼の毛皮のほうが品質がいいんですからそれじゃ悪いですよ!」
慌ててキッドさんの提案を断る。
俺の毛皮はキッドさんの半額以下にしかならないのだ、計算が合わなすぎる!
「よく考えてみろ。ユウヤが狼たちを『無限収納』に入れて運んでこなかったらこの場に狼の死体なんて無いんだ。そうしたら毛皮の剥ぎ取りだって出来なかったんだ。ユウヤはそれだけ貰う権利があるんだぞ」
確かに理屈はそうだが先輩を差し置いてそんなに多くはもらえない。
俺は必死になってキッドさんの取り分を多くするために交渉した。
「キッドさんお願いですから半分もらってくださいよ。色々教えてもらえたんですから授業料としてでもいいのでお願いします!」
「半分はもらい過ぎだぞ、まあそう言うなら四割もらおうか。解体の仕方を教えたということで一割が授業料だな」
「わかりました、それでいいです……」
俺は渋々キッドさんの提案を受け入れた。
大先輩の取り分よりだいぶ多くもらってしまい恐縮してしまう。
「しかしユウヤは欲がないな、もっと自分に有利になるように振る舞わなければ冒険者などやっていけないぞ。世の中は厳しいんだ、特に冒険者は詐欺まがいの事を平気でやる奴らばかりだから気をつけろよ」
キッドさんが呆れ気味に説教してくる。
「でも騙すより騙される方が気が楽ですよ。騙して儲けても気分悪いですからね」
この世界が厳しいことは俺でもわかる。
しかし日本で住んでいた頃の価値観は早々変わるものではないのだ。
「まあユウヤのそういうところは好きだがな。先輩冒険者のアドバイスだと思って心の隅にでも覚えといてくれ」
「ありがとうございます」
心配してくれるキッドさんにお礼を言って解体作業を進めていった。
辺りが夕焼けに染まる頃、解体作業は無事に終了した。
今は林の中に穴を掘っていらない内臓や骨などを埋める作業をしている最中だ。
俺とキッドさんで代わる代わる穴を掘るが、大量の廃棄物を埋める穴はなかなか掘り終わらない。
雑談などしつつ時々休憩を挟みながらゆっくりと穴掘りをしていた。
近場の石に腰を下ろしてオレンジジュースを飲んでいると、伐採所に通ずる細道を勢いよく降りてくる人影があった。
「お父さ~ん!」
凄い勢いで駆け下りてくる人影はキッドさんの娘のジェシカちゃんだった。
少し後ろにはヘザーさんの姿も見える。
こちらは特段急いではいなくて、ゆっくりとした足取りで歩いてきていた。
「お父さんおかえりなさい!」
キッドさんに飛びついたジェシカちゃんはとても嬉しそうだ。
「ただいまジェシカ、ちゃんと仕事こなしていたか?」
「うん! もちろん問題ないわ!」
親子の再会を微笑ましく見守る。
解体作業で時間を忘れていたが、もう木こりたちが戻ってくる時間なのだな。
なにか一つのことに打ち込んでいると時間が経つのが早いものだ。
「おかえりキッド、だいぶ成果があったようじゃないか。クリスティーナから少しは聞いてきたが詳しく教えておくれよ」
ヘザーさんも遅れて到着すると嬉しそうに話しかけてきた。
「留守中変わりはなかったか? 俺とユウヤはかなりの成果を上げてきたからな。夕食時に説明するぞ」
キッドさんも嬉しそうにしている。
「そうかい、ユウヤもご苦労だったね。危険な目には会わなかったかい? なんだか雰囲気が出発前と違うようだね」
ヘザーさんが俺のことを舐め回すように見る。
「ただ今戻りました。キッドさんには色々教えてもらえてとても有意義な遠征でしたよ」
「それは良かったね、だいぶ顔つきが精悍になっているので見違えたよ」
ベテラン冒険者であるヘザーさんには俺のことがどの様に見えているのだろうか。
「ユウヤはかなり成長したからな。驚くかもしれないが実力はベテランの域に達しているぞ」
「ははは、それは凄いね。キッドが冗談を言うなんてだいぶユウヤを気に入ったようだね」
キッドさんの言葉を本気で信じていないヘザーさんが豪快に笑う。
俺はキッドさんが秘密を話してしまうのではないかとハラハラしてしまった。
「そう思うか? まあいいだろう。ところで今夜は森林狼の新鮮な肉が手に入ったからごちそうだぞ」
「お父さん凄いね! 何頭倒したの?」
キッドさんに抱きついているジェシカちゃんが嬉しそうに質問をする。
「それも夕食時に説明するよ。そろそろ穴掘りを再開しようか」
キッドさんはそれ以上詳しい話はしなかった。
辺りもだんだん暗くなってきたので、俺も急いで立ち上がると穴掘りを再開した。
「随分と深く掘るんだね、まさかあの臓物は全部森林狼の物かい!?」
「ああ、俺とユウヤで倒した狼の物だ。今回は大量だった、運が良かったな」
「運が良かったって……、いくらキッドがいたからって見習いと二人で倒せる数じゃないだろう……」
林の中にうず高く積まれた骨や内臓の山を目ざとく見つけたヘザーさんが絶句している。
草むらにはシンリンオオカミたちの生首が数えられないくらい転がっていた。
ジェシカちゃんも言葉が出ないほど驚いているようだ。
俺は小声でキッドさんに言った。
「キッドさん、約束守ってくださいよ。あまり秘密を言わないでください」
「わかってる、肝心なところはぼかして話すから心配するな。全く報告しないわけにはいかないからな、俺を信じてくれ」
穴の中でキッドさんが小声で説明してくる。
俺はキッドさんを信用してそれ以上は言わないことにした。
夕闇があたりを包み始めた頃、やっと内臓や骨を埋め終わった。
毛皮や肉は『無限収納』に入れてあるので後は伐採所に戻るだけだ。
辺りにはキッドさんと俺しか居ない。
ジェシカちゃんたちは先に伐採所に戻って行った。
「クリーン!」
最後の仕上げに俺とキッドさんを中心にして『クリーン』を掛けた。
またたく間に狼の血や臓物の匂いが体から消え去っていく。
「ありがとよ、じゃあ戻るとしようか」
キッドさんは俺の肩を二度ほど軽く叩くと伐採所への小道を登っていった。
(キッドさんはどこまで話すのだろう、ちょっとだけ不安だな)
ここまで来たらキッドさんを信用するしか無い。
俺もキッドさんを追って夕闇が迫る中、足早に小道を駆け上っていった。




