4.尋問
「お前だな怪しい行動をしていたという男は」
俺を見下ろす形で女騎士が仁王立ちしている。
見た感じは俺よりもずっと若い。
下手をすると十代後半の可能性すらありえる。
金髪を編み込み、後ろで束ねている。
瞳は青くて色白。
すらりとしたスタイルで銀色に輝く甲冑がよく似合っていた。
言い忘れていたがとても美人である。
「騎士ジル・コールウェルだ。お前を活かすも殺すも私の判断次第だということをよく肝に銘じておけ」
騎士ジルは端的に言い放つと俺の向かいの椅子にどっかりと腰を下ろした。
「まずこの上に手をかざせ」
騎士ジルはテーブルの上に石版を置く。
わけがわからないままに俺は石版に手をのせた。
淡い光が石版から発せられて驚いてしまう。
「ふむ、犯罪歴はないな。まあいいだろう」
なにか魔法的な物なのだろうか、俺の経歴が石版に書いてあるのかな。
石版の説明はしてもらえなかったが、悪い印象は持たれなかったようだ。
「名前はなんと言うんだ」
早速の尋問が始まった。
「佐藤祐也です」
逆らっても仕方がないので素直に質問に答える。
「ん? 何だって? もう一度言ってみろ」
騎士ジルは俺の名前を聞き取れなかったようだ。
俺はもう一度ゆっくりと発音していった。
「ユウヤと言います。ユウヤ・サトウです」
ゆっくりと名前を先に言ってみる。
こちらのほうが異世界ではわかりやすいかな。
「変わった名前だな……。ユウヤとやら、どこから来たのだ」
騎士ジルは、藁半紙のような粗悪な紙に羽根ペンを使って調書を書いている。
「日本です」
「ニホン? 聞いたことがないな。どの辺にあるのだ」
「なんといいますか……、とても遠いところなので言い表すことが出来ないです」
異世界から転移して来たなんて口が裂けても言えない。
違和感がない程度にぼかして説明をしていく。
「大陸の者ではないのか……、たしかに珍しい髪の色をしているな」
俺の黒髪を見ながら騎士ジルはつぶやく。
「広場で不審な行動をしていたと報告が来ている。何をしていたか包み隠さず言うのだ」
「街が珍しかったので見ていただけです。昨日ついたばかりなので浮かれてしまいました」
嘘は言っていない、俺は異世界から転移してきたばかりだからな。
「なるほどな。それで、なぜ身分証明書を持っていないのだ。持ち物も何も持っていなかったそうではないか、宿かどこかに置いてきたのか?」
騎士ジルは痛い所を突いてきた。
確かに長旅をしてきたのに荷物がないのは不自然だろう。
「すみません、記憶が曖昧でよくわからないんです。ここが何処なのかさえわからないんですよ」
「軽い記憶障害があると……」
紙に書き込みながら騎士ジルは考え込んでいる。
情報を書き終えると顔を上げて真っ直ぐに俺の顔を見てきた。
「よし、ここがどこだかわからないと言ったな、教えてやろう。ここはエイシス王国の首都、ミュンヘルだ。聞き覚えはないか?」
「ミュンヘルですか……、全く聞き覚えがありません。困ったな……」
昨日異世界に転移してきたのだ。
地名など知る由もなく、正直に答えるしか無かった。
騎士ジルは全く進まない尋問に頭を抱えているようだ。
「そうだ、『収納』のスキルを持っている様な気がします。でも開け方を忘れてしまいました……」
俺は一か八か賭けに出た。
『収納』のスキルがありふれたものなら、騎士ジルが『収納』の使い方を教えてくれるかも知れない。
『収納』の中になにか入っていればごまかせるかも知れないのだ。
「仕方がない奴だな……。よし、頭の中で「オープン」と唱えてみろ。お前が嘘を言っていないのなら、脳裏に『収納』の中身が浮かび上がってくるはずだ」
狙い通りに騎士ジルが『収納』スキルの使い方を教えてくれた。
更に『収納』がそれほど珍しいスキルではないことがわかった。
「わかりました、ではやってみます」
俺は言われた通りに頭の中で「オープン」と考えてみた。
すると頭の中に『収納』に入っている物が浮かんでくる。
・ビジネススーツ上下
・革靴
・腕時計
・スマートフォン
・財布
・便箋に書かれた手紙
なくなったと思われた俺の所持品がご丁寧にも『収納』に収められていた。
一部見慣れない物も収められているようだが……。
「あ! 頭の中に色々浮かんできました!」
「そうか、それでは中の物を取り出してみろ。取り出したいものを考えれば出てくるはずだ」
騎士ジルは丁寧に取り出し方を教えてくれた。
早速財布を何もない空間から取り出して中身を確認する。
クレジットカードや紙幣、硬貨などが無くなっていて、代わりに見慣れないコインが数枚入っていた。
「嘘はいっていなかったみたいだな。ん? 意外と金持ちなのだな。金貨が三枚に銀貨が五枚か……、ちょっとその財布をよこしてみろ」
騎士ジルは問答無用で財布を俺から取り上げた。
カード入れの所に四角い札が収まっている。
「何だ身分証明書を持っているではないか。確かに発行国がニホンになっているな。年齢は二十五か、意外と歳をとっているのだな……」
入れた覚えがない身分証明書が財布に入っていたようだ。
騎士ジルは身分証明書と俺を交互に見ながら確認していった。
「おかしなところはないようだな。ユウヤ、今回は大目に見て釈放してやる。今後は目立つ行動は避けるように」
騎士ジルは財布に身分証明書をねじ込むと、乱暴にこちらに投げ返してきた。
慌ててテーブルの上に散らばっているコインをかき集める。
「すみません、『収納』に物を入れるのと閉じるのはどうやればいいのですか?」
「手に持って「収納」と考えれば物は中に入る。普通に時間が経てば勝手に『収納』は閉じるものだ。こういう大事なことは忘れないように、次は無いぞわかったな」
面倒くさそうに騎士ジルは説明をしてくれた。
「ありがとうございます」
俺は騎士ジルにお礼を言って財布を収納した。
「よし、さっさと立ち去れ。私は忙しいのだ」
騎士ジルは乱暴に立ち上がると扉から出ていってしまう。
残された俺は衛兵に連れられて詰め所の入り口に移動させられた。
「紛らわしいことは控えるんだぞ、ではどこへでも立ち去れ」
衛兵は面倒くさそうに言い放ってさっさと詰め所の中へ消えていった。
俺は約半日ぶりに自由の身となって再び噴水のある広場に解き放たれた。
大変な目にあったけどスキルの使い方もわかったし、お金も持っていることが判明した。
結果的には事態が好転したので気分良く広場に向かっていく。
丁度串焼き肉の屋台が出ていたので腹ごしらえをすることにした。
右手を前に出して構える。
(オープン)
財布を取り出すと銀貨を一枚握りしめて屋台に近寄っていった。
「いらっしゃい! 何本買いますか?」
すぐに屋台の主人が声を掛けてくる。
「これでどのくらい買えるかな?」
銀貨を見せて店主に聞く。
「お客さん! 銀貨なんてうちでは扱ってないよ。店中の食いもん全部買うつもりかい? どこかで崩すか両替してくるんだね」
冷やかされたと思ったのか、屋台の主人は態度を豹変させて俺を追い払いにかかった。
すごい剣幕の主人に追い立てられて広場から逃げる。
大通りの一角で立ち止まった俺は、財布の中身を慎重に確認していった。
今あるお金は金貨が三枚に銀貨が五枚だ。
銀貨一枚で屋台の串焼き肉を全部買えると店主は言っていた。
山盛りの串焼き肉が屋台にはあったので、銀貨の価値はかなりのものだろう。
それが五枚もある。
更に金貨が三枚、銀貨より価値はありそうなので当分食うには困らなそうだった。
しかしお金を崩さなければ使いづらそうだ。
まず落ち着いて今後のことを考えるのが先のようだな。
俺は道端にたたずみ『収納』の中身を調べることにした。