39.深い森からの生還
最終日の野営を無事終え、ユウヤたちは帰還の徒についた。
伐採所へ向かう林道に出たのは正午を少し回った頃だった。
だいぶ前から遠くの方で木こりたちが木を切り倒している斧の音が聞こえていて、未開の森深くから生還した実感がしていた。
「キッドさん、もうすぐ伐採所へ着きそうですよ」
先頭を歩いている俺は、『ファーガソン森林組合』から伸びている道の一本をゆっくりと歩きながらキッドさんに話しかけた。
「そうかお疲れさん、久しぶりに温かいベッドで眠れるな」
キッドさんも無事に戻って来れたことを喜んでいるようだ。
道の先に見えてきた伐採所の広場は、人影が一切なく静まり返っている。
木こりたちは全員がヘザーさんやフレデリコたちに連れられて仕事に出ているから当然だろう。
今の時間の事務所には、美人エルフのクリスティーナさんだけがいるはずだった。
「ただいま戻りました!」
俺は事務所の扉を元気に開け放ち、中に居るであろうクリスティーナさんに声を掛けた。
バタバタと走ってくる音がして食堂に通ずる扉からクリスティーナさんが現れた。
「キッドさんおかえりなさい! それにユウヤさんも無事で良かったわ!」
今夜の夕食の準備でもしていたのだろうか、エプロン姿で帽子をかぶったクリスティーナさんがとても嬉しそうに近寄ってきた。
「クリスティーナ、今戻ったぞ。概ね予定通りに帰ってこれたよ、みんな変わりなかったか?」
「はい、皆さんきちんと仕事をこなしていましたよ。特に変わったことはありませんでした。ただ、ジェシカちゃんが少し元気がなかったですね。きっとキッドさんを心配していたんだと思いますよ」
「そうか、今回の探索では一応の成果が上がったぞ。話は後でゆっくりと報告するとして、とりあえず腰を落ち着かせたい。昼飯をまだ食っていないからなにか用意してくれないか?」
事務所の奥にある食堂に向かいながらキッドさんが探索の話をしている。
その裏からクリスティーナさんが嬉しそうについていく。
俺も二人の跡をついて食堂へ入っていった。
人気のない食堂の一番奥、警備隊用のテーブルに向かう。
俺とキッドさんは剣を外して椅子に腰をおろした。
森の中で三泊も野営したので食堂の硬い椅子でもとても快適だ。
しばらく黙って休んでいると、クリスティーナさんが台所から湯気を上げる木のコップをお盆に載せて持ってきた。
「はいどうぞ、熱々のメンドル茶ですよ。体が温まって疲れが取れますよ」
ニッコリと微笑んでテーブルにお茶を置いていく。
キッドさんは嬉しそうにコップを持ち上げ「ありがとう」と言って一口のんだ。
「ありがとうございます、いただきます」
俺は目の前に置かれたコップを持ち上げながらクリスティーナさんに作り笑いをした。
青臭い草の匂いが鼻を突く。
独特な花の匂いが微かにする味のないメンドル茶が俺は苦手なのだ。
一口だけ口をつける真似をしてみたが、やはりまずいものはまずいのでそのままテーブルの上に置いた。
「そうだったわ、ユウヤさんは猫舌だったわね。無理しないで冷めてから飲んでね」
もう一度ニッコリと笑ったクリスティーナさんは、「何か食べるものを持ってくるわ」と言って奥に消えていった。
「どうしたユウヤ、顔色が悪いぞ」
微妙な顔をしている俺にキッドさんが聞いてくる。
「はい、実は俺メンドル茶苦手なんですよ。どうしても匂いが駄目なんです」
「そうだったのか、まあ無理して飲まなくてもいいんじゃないか? しかしこの旨さがわからないとはもったいないな」
上機嫌でキッドさんはメンドル茶を一口飲んだ。
「そうだユウヤ、クエスト達成証明書を出してみろ。今のうちにサインをしておいてやるぞ」
「ああそうですね、お願いします」
俺は『無限収納』からギルドの受付でもらった証明書を出した。
慣れた手付きでキッドさんがサインをする。
返してもらった証明書にはキッドさんの名前がなぐり書きで書いてあった。
「それをギルドへ持っていけば報酬がもらえるからな。大丈夫だとは思うがくれぐれも無くすなよ」
「大丈夫ですよ、収納しておきますからなくなったりしないですよ」
俺は素早く証明書を『無限収納』にしまった。
「しかしユウヤは考えれば考えるほど優秀な冒険者だな、無限に収容できる収納スキルがあって、様々なスキルをいち早く取得できる。おまけに戦闘力は昨日今日冒険者を始めた者とは思えないほど高い。正直嫉妬してしまうほど羨ましいよ」
キッドさんは言葉とは裏腹に嬉しそうに俺のことを見ている。
「でも油断は禁物なんですよね? ゴブリンたちが居た洞窟では恐慌状態に陥ってしまいましたし、キッドさんが居なければどうなっていたかわかりませんよ」
謙遜しているつもりはなく、俺は本心でそう思っていた。
単独で洞窟に潜っていたら今頃どうなっていたかわからないのだ。
「まあそうだな、力が強いだけでは冒険者は務まらないからな。思わぬ危険が探索にはつきものだ、慢心しないで慎重に行動しろよ」
ここ数日当たり前になっているキッドさんのありがたい助言を真剣に聞く。
「キッドさん、ソロで冒険者をやっていくのは難しいですか?」
「ん? どうした改まって」
少しだけ心配そうにキッドさんがこちらを見る。
「いや、明日からまた一人で活動するわけなんで少し不安になってきたんです」
「そうだな……、大体の冒険者はパーティーを組んで活動するものだからな。俺も現役のときは気の合う仲間たちとつるんでいたんだ」
キッドさんは昔を思い出すように語りだした。
「仲間がいれば互いにカバーしあって危険を回避することが出来るんだ。回復が得意なメンバーや索敵が上手いメンバー、攻撃力がずば抜けて強いメンバー。力を合わせればより強い敵も討ち滅ぼすことが出来る。一人で冒険者をするということは、助けてくれる者も居ないということだからな。名声や成功報酬は独り占めできるが、一つのミスで死んでしまうこともある。できればパーティーを組むことをおすすめするよ」
「やっぱりソロは難しいんですね」
「まあ、それは俺を含めた一般の冒険者の話だがな。ユウヤのような能力の高い冒険者は時々ソロ冒険者をする場合がある。歴代のトップ冒険者などはソロ冒険者が多いな。最後はユウヤが決めることだ、ゆっくり考えて決めればいいと思うぞ」
「そうですね、ありがとうございます」
キッドさんにアドバイスを貰い、街に戻ってからゆっくり決めることにした。
そうこうしているうちにクリスティーナさんが厨房から姿を現した。
彼女の手には大皿が乗せられており、美味しそうに湯気を上げている。
クリスティーナさんはその皿をテーブルの中央に置いた。
大皿には、肉の照り焼きが盛り付けてあった。
遅い昼食を取りながら今後の予定を話し合う。
「ユウヤ、食事が終わったら狼たちを解体しないか? 毛皮と肉に分けたほうがギルドに引き取ってもらうときに高値がつくんだ。ジェシカたちが帰ってくるまでにまだ時間があるから丁度いいと思うんだが」
時計を見ればまだ三時前だ、もう一仕事する時間がありそうだった。
「いいですね、解体の練習にもなりますし、ぜひやらせてください!」
俺はキッドさんの提案に快くうなずいた。
食事が終われば冒険につきものの獲物の解体が始まる。
一度経験をしておきたかったので、少しだけワクワクしてきた。




