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アドベンチャラー~超越無双の冒険者~  作者: 青空 弘
第一章~見習い冒険者~
38/90

38.大事なもの

 ゴブリンの棲家である洞窟での一夜が開け、探索が再開された。




 結局あれから魔物の襲撃は無く、深夜にキッドさんと見張りを交代した俺は、無事に見張りを勤め上げ、眠い目をこすりながら鬱蒼とした森の中を西に移動していた。



「ユウヤ、眠いか?」


 キッドさんが少し嬉しそうに聞いてくる。

 そのキッドさんは全く眠さを感じさせず、生命力に満ち溢れた眼差しをしている。


(どんだけタフなんだよ……、あれだけ動き回ったのにこの人は化け物だろ……)


 俺も『身体能力向上』を取得しているので体はそれほど疲れていなかった。

 しかし睡魔だけは別のようで野営二日目の今日は眠さが最高潮に達していた。


「眠いですけどがんばりますよ……」


 適当に答えながら周囲を警戒する。

 時刻は早朝六時半、辺りはもやが立ち込めていて膝上まである草木には朝露が光っていた。




 探索は急ピッチに進み、午後の早い段階で予定の遅れを取り戻すことが出来た。

 ゴブリンの生息していそうな湖のほとりや、倒木が折り重なっている谷間などを入念に調べていったが、大規模なゴブリンの集落は発見できなかった。

 魔物との戦闘もスライムが襲ってくる以外は発生しなくて、森林狼たちも一切姿を表さなかった。

 戦闘力が上がった今となってはスライムの攻撃などかんたんにかわせてしまうので、ただ単に害獣駆除以外の何物でもなかった。

 順調に探索した俺達は、夕方近くになって野営をする場所にたどり着いた。

 手早くテントを張り結界も張り終え、夕食の準備をゆっくりと行いながら今回の探索の成否を語り合った。


「残念だがゴブリンの大規模集落は発見できなかったな。増えつつあるゴブリンどもがどこから来るのかは今回の探索では解明できなかったが、南の森からではないことだけはわかった。それだけでも今回遠征した価値はあったと思う」


 焚き火を囲みながらキッドさんが今回の探索の総括をする。

 俺は鍋のスープをかき混ぜながら話に耳を傾けていた。


「明日戻った後はしばらく様子を見ようと思う、ユウヤも暫くは伐採所に残って体を休めたらどうだ?寝床と食事は保証するぞ」


 探索の区切りはついたので、クエストは終了になる。

 キッドさんはこれから俺がどうするか気にしているようだ。


「いえ、一旦街に戻ってギルドにクエストの報酬をもらいに行こうと思います。それから戦利品の売却や新しい武具も買えれば買いたいですし、あと超越者のことを調べてみたいと思います」


 質問に答えながらフライパンをかまどにかけて狼の肉を焼いていく。

 狼の肉は思ったほど固くはなく脂身もそこそこあってうまそうだ。


「そうか、できれば引き続き伐採所で勤務してくれれば助かるのだが仕方がないな。ユウヤ、いつでも戻ってきていいからな、それから戦利品の売却だが俺も一緒に街に行こうと思う、ゴブリンのことをギルドに報告しなくてはならないからな」


「そうですか、ではもう少し一緒に活動できますね」


 俺は嬉しくなってニッコリとしてしまった。

 キッドさんはどことなくさみしげな表情をしているが気のせいだろうか。


 そうこうしている間に狼のステーキはこんがりと焼き上がった。

 大皿に分厚い肉を取り出し、キッドさんに渡す。

 味付けはシンプルに塩コショウだけだが、とても食欲をそそる香りがしていて美味しそうだ。


「さあ、冷めないうちに食べてしまおう、森林狼の肉はうまいぞ」


「いただきます!」


 俺はステーキ肉にかぶりついた。

 肉汁がジュワリと溢れ出て皿に滴り落ちる。

 狼の肉は歯ごたえがあるが固くはなく、旨味がたっぷり詰まった絶品だった。


「美味しいですね、パンとも相性がいいですよ」


 籠から白パンを取り出し、狼のステーキとともに口に頬張る。

 この世界では狼の肉を食べることは珍しいことではないそうだ。

 日本に暮らしていたときだったら、狼の肉なんて食べる機会はなかったはずだ。


 お腹いっぱい食べた後は、それぞれ武具の手入れをすることになった。

 キッドさんは長剣をかまどの明かりにかざして刃こぼれしていないかを入念に調べていた。

 俺も真似をして短剣を見てみる。

 鞘から刀身を抜き取るときに若干の引っ掛かりを感じたが、少しだけ力を込めて一気に引き抜いた。

 焚き火の光に刀身をかざすと、森林狼と大量のゴブリンとの戦闘をした後なので、案の定短剣にさまざまな傷や刃こぼれがあった。

 ぼろぼろになった短剣を『真理の魔眼』で調べてみた。



[なまくらな鋼鉄製の短剣…… 刃渡り五十センチ、普通の剣。価値、銀貨十枚]


 調べた結果、短剣は使い物にならない粗悪品に成り下がっていた。

 注意深く調べてみると若干だが刀身が曲がっており、柄の根元部分もグラグラしていて壊れる寸前だった。

 先程の引っ掛かりは気のせいではなかったようだ。


 激しい戦闘をしたから剣が壊れたのか、それとも元から粗悪品だったのか。

 別に短剣を売ってくれたカラムさんを責めるつもりはないが、高い買い物をしたことは確かなので少しだけ落ち込んでしまう。

 街に戻ったらもう一度カラムさんの店へ行ってみよう。


「どうしたんだユウヤ、なにか気になることでもあったのか?」


 悲しそうな顔をして短剣の刀身を見つめている俺を気になったのかキッドさんが声を掛けてきた。


「いえ、せっかく買った武器がボロボロになってしまったのでどうしようかと思っていたんですよ。さすがに曲がってしまった短剣ではこれ以上戦えませんよね」


 短剣を鞘に戻しキッドさんに渡す。

 キッドさんは受け取ると鞘から短剣を抜いて真剣に調べていった。


「確かに刀身が微妙に曲がってしまっているな。それにグリップ部分がぐらついているから寿命が来ていることは確かだ」


 短剣を調べ終え、さやに戻して俺に返してくる。


「やっぱりそうですよね、この剣は防具一式で結構な値段だったんです。まだ数日しか経ってないのに使い物にならなくなってしまいましたよ……」


 受け取った俺は短剣を見て悲しくなってしまった。


「見たところ初心者用の短剣の様だし、仕方がないのかもしれないな。初心者冒険者はこんな森の奥までは探索にはこないし、とうぜん森林狼みたいな大物とは戦闘をしないからな。ましてや巣穴を壊滅させるほど大量のゴブリンを殺害することなんて初心者には無理な話だからな」


 俺を探索に連れてきた張本人のキッドさんが、悪びれもせずに説明してくる。

 少しだけムッとしてキッドさんを見て抗議の声をあげようとした。


「そう怖い顔をするな、俺がユウヤを探索に連れてきたんだから、武器が壊れたのは俺の責任でもある。よし、俺のとっておきの一振りをユウヤに譲ってやろう」


 キッドさんはそう言って『収納』を展開して一振りの長剣を取り出した。

 その長剣は薄暗い焚き火の光でも輝いて見えて、素人の俺にでも高級な一品だとわかった。


「これは俺が現役時代に使っていたスペアの長剣だ。なかなかバランスの良い剣なのでユウヤも楽に使えるはずだ。さあユウヤ、遠慮しないでもらってくれ」


 鞘に入った長剣をこちらにずいっと差し出してキッドさんが俺を見る。

 まさか武器をくれるなんて思っても見なかったので呆気に取られてしまった。


「そんな、悪いですよ。なんか高そうな剣だしもらえませんよ」


 銀色に輝く鞘がいかにも高級そうなので、俺はキッドさんの申し出を断った。


「そう言うな、この剣はもう俺には必要のないものなんだ。それにスペアの剣はまだたくさん持っているから遠慮は無用だぞ」


 ニッコリと笑ってさらに剣を突き出して俺に押し付けてくる。


「ではちょっとだけ拝見させてもらいますね……」


 綺麗な長剣に少しだけ興味を覚えた俺は、恐る恐る受け取りゆっくりと眺めた。


 まず受け取って綺麗な剣だなという印象を持った。

 鞘は銀色の金属製で細かい文様が彫られていて傷一つない。

 ガード部分は鞘と同じく凝った意匠が施されていて高級感がでていた。

 そしてずっしりとした重量感が手に伝わってくる。

 俺の短剣よりも三十センチぐらい刀身が長いので、そのぶん重さがあるのだろう。

 グリップ部分にはなめした革が固く巻かれていて、持った感じが心地よかった。

 全体的に新品のように手入れがされていて、そのことからキッドさんがとても大事にしている剣だということがわかる。


 ゆっくりと鞘から剣を抜いて刀身を見ていく。

 キッドさんから受け取った瞬間からバランスが取れた剣だということはわかっていたが、鞘から刀身を抜き去って見ると、グリップが手に吸い付いてきて絶妙のバランスだということが俺にもわかった。

 暗闇で鈍い光を放っている幅広の刀身は鋼特有の冷たい輝きをしていて、少しだけ青みがかっている。

 一切の傷がなく、両刃の長剣は完璧な美しさをたたえていた。


「きれいな剣だな……」


 思わずつぶやいてしまう。

 俺が剣に魅了されて呆けている姿をキッドさんが満足そうに眺めていた。


「いい剣だろ? それは俺がゴールドランクになって初めて買った長剣だ。そいつには命を何度も助けてもらったんだ。ユウヤに使ってもらえれば俺も嬉しいよ」


「え!? そんな大事な武器もらえませんよ。それにこの剣凄く高いんじゃないですか?」


 俺は長剣をさやに戻してキッドさんに返そうとした。


「まあ高いか高くないかと言ったらそりゃ高いぞ。しかし俺はユウヤが俺を信用してくれて秘密を教えてくれたことが嬉しかったんだよ。ユウヤになにかしてやりたい俺の気持ちを受け取ってくれないか」


 キッドさんは長剣を再び俺に押し付けてニッコリと笑った。

 ここまで言ってもらえたならもらわなければ失礼に当たりそうだ。

 俺は意を決して長剣を受け取ると深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます!」


「ああ、そう言ってくれて嬉しいよ。さて、そろそろ見張りの時間だな、悪いが先に寝かせてもらうぞ」





 満足そうにキッドさんはうなずいてからテントへ歩いていく。

 俺は光り輝く長剣を大事に抱えながらテントの奥へ消えていくキッドさんを見送るのだった。





 ー備考ー


[鋼鉄製のブロードソード…… 刃渡り八十センチ、熟練冒険者が好んで使う鋼鉄製の長剣]

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