34.ゴブリン殲滅戦②~冒険者の戦闘力~
とうとう洞窟の最深部でゴブリンとの戦闘が始まった。
俺も遅ればせながら入り口に陣取り、広場内のゴブリンたちに睨みを効かせた。
「思ったより少し数が多いな、しかし戦えない数ではない。ユウヤ、武器を持っているゴブリンたちを優先的に倒すんだぞ。その他の奴はついででいいからな」
「はい、わかりました!」
広場に溢れかえっているゴブリンたちを見ながら、俺は短剣と盾を握り直した。
キッドさんは見えているかわからないが、俺は『暗視』スキルで広場の様子がよく分かっていた。
目の前に広がる光景は驚くべきものだった。
広場の壁には小さな穴が空いていて、そこから今現在もゴブリンたちがぞろぞろと出現していた。
広場の中央には奴らの食べた動物の骨がうず高く積み上げられている。
汚物が地面を埋め尽くしていて、所々にはまだ食べられていない動物の死体が無造作に転がっていた。
むせ返るような死臭と獣臭、さらには排泄物の匂いに、今にも吐きそうになるが心は冷静なままだった。
「キッドさん、ゴブリンたちが武器を手にしています。前方に十匹ほど固まって居ますよ、それから弓を持った個体が三匹奥の岩の上でこちらを狙っています!」
広間のゴブリンたちの構成を詳細に報告する。
ゴブリンたちの主力部隊なのだろうか、武装が明らかに他とは違う集団が密集隊形になってこちらに進んできている。
「ユウヤ! この暗い広場の中が見えるのか!?」
「はい! さっき『暗視』スキルを獲得しました!」
俺は正直にキッドさんに告げる。
戦闘中に隠し事をしてもいいことはないのだ。
「なっ! でたらめな能力だが今は頼もしいな! 俺は広場の様子がわからない、ユウヤが報告してくれると助かる!」
「わかりました! 状況を逐一報告します! そろそろ弓を持ったゴブリンが攻撃してきそうです、気をつけてください!」
岩の上のゴブリンが弓に矢をつがえているのが見える。
準備が整え次第、一斉に攻撃してくるだろう。
「弓は厄介だな、盾である程度は防げるがこう暗くては負傷するのも時間の問題だ」
キッドさんの表情に若干の焦りが見えた。
今も武器を構えたゴブリンたちがこちらに走り寄ってきている。
短剣に槍、棍棒を構え、みな革鎧を着込んでいる。
中には盾まで持っているゴブリンも見える。
とてもではないが弓ゴブリンにまで手が回らないのは俺でもわかった。
弓ゴブリンの攻撃態勢が整ったようだ。
奴らは一斉に弓を放とうとしている。
矢の軌道が俺の『予測回避』で目視できた。
二本の矢は俺の頭と体を狙っている。
そしてもう一本はキッドさんの眉間に狙いを定めていた。
このままではキッドさんは無防備に矢を射掛けられてしまう。
俺は『無限収納』からナイフを取り出すと、ゴブリンたちに狙いを定めた。
広場に突入をせず、なおかつ弓ゴブリンを倒すには遠距離攻撃しか無い。
今俺が出来る遠距離攻撃はナイフを投げることだけだった。
洞窟などの暗い場所では相当な達人ではないと投げナイフなどは役に立たない。
それもある程度近距離でなければ達人と言えども命中は期待できないのだ。
今俺と弓ゴブリンの間は二十メートルほど離れている。
岩の上で動いている標的を一発で倒すことなど達人でも至難の業だった。
しかし俺には『投擲』と『予測回避』のスキルがある。
どこに投げれば当たるのか、薄っすらと矢の軌道が見える俺にはそれほど難しいことではなかった。
俺は街の青空市でナイフを十本以上買っていた。
『カラム&ブライアン武装店』でも投擲用のナイフは売っていたが、値段が高くてとてもじゃないが手が出なかった。
日用雑貨を買うために立ち寄った青空市には、お金がない冒険者用の武器や防具が山積みになって売っていたのだ。
どれもこれも粗悪な中古の武具で、装備しても大して防御できそうもないものばかりだった。
その中で投擲用のナイフだけはなんとか使えるものがあり、値段も手頃だったので買って『無限収納』に入れておいたのだ。
そのナイフを数本取り出した俺は、弓ゴブリンにめがけて素早く投擲した。
真っ直ぐ闇の中を飛んでいくナイフは、音もなく弓ゴブリンたちの眉間に突き刺さった。
即死した弓ゴブリンは岩の上から転がり落ち、そのまま動かなくなる。
当面の驚異がなくなったので少しだけ安堵する。
「弓ゴブリンを排除しました! 後は目の前にいる奴らだけです!」
「本当か!? 凄いぞユウヤ! これで勝機が上がったぞ!」
キッドさんは嬉しそうに言って目の前のゴブリンの首を刎ねた。
この頃にはもうゴブリンたちが近くまで殺到してきていて近接戦闘になっていた。
キッドさんの周りには子供ほどの背丈の武装したゴブリンが群がっていた。
そのゴブリンたちをキッドさんは一人で相手をしている。
突き出された槍を軽くいなして蹴りをお見舞いする。
本気ではなく牽制の蹴りなので、槍ゴブリンは尻餅をついて地面に転がった。
ゴブリンたちもただやられているだけではない。
槍ゴブリンの攻撃を交わしている間に、短剣を持ったゴブリンがキッドさんの後ろに回り込もうとした。
そのゴブリンの背中に俺はナイフを投擲する。
全くこちらに注意を払っていなかったゴブリンは、背中にナイフが深々と突き刺さってばったりと倒れた。
「ナイスだユウヤ!」
キッドさんがこちらをちらりと見て歯を見せて笑った。
「遠距離は任せてください、投擲スキルを持っているんですよ!」
「もうユウヤが何を言っても驚かないぞ! そのスキルを活用してどんどんゴブリンたちを倒してくれ!」
「わかりました!」
俺は答えながら目の前に迫って来ているゴブリンに『連続突き』をお見舞いした。
頭、首、腹と三連続で短剣を突き刺す。
ゴブリンは瞬間的に串刺しにされて絶命し、その場に崩れ落ちた。
肉を突き刺す感覚が短剣を通して伝わってくるが、全く気持ち悪くはならなかった。
『グロテスク耐性』や『勇敢』のスキルが作用しているのだろう。
冷静に状況が見え、洞窟の隅々まで観察することが出来た。
広場は相変わらず右往左往するゴブリンたちでごった返している。
壁に開けられた穴からはもうゴブリンは湧いては来なくて、目視できる個体を排除すればこちらの勝利だ。
そんな中で先程倒した弓ゴブリンから弓を奪って岩の上に登ろうとしているゴブリンが見えた。
再び遠距離攻撃が懸念され、俺は眉間にしわを寄せた。
(弓ゴブリンを倒してもきりがないな、弓自体をどうにかしなければならないな)
相変わらず正面から突っ込んでくるゴブリンを短剣で突き刺し足で蹴り飛ばす。
その間にもゴブリンが弓を構えて矢を射掛けようとしているのが見えていた。
「キッドさん! ゴブリンが再び弓を手にしました。少しの間だけこの場を一人でしのいでくれませんか? 俺は弓ゴブリンを排除します!」
「よし、任せろ! ユウヤには一歩たりとも近づけさせないから安心して奴らをやってくれ!」
キッドさんは快く引き受けてくれて俺の前に立つ。
そして深く腰を落とすと防御態勢に移行して完璧な盾役を買って出てくれた。
心を落ち着かせて弓ゴブリンだけに集中していく。
周りから音が消え、周囲の状況も気にならなくなった。
投擲用のナイフをゆっくりと構え、弓ゴブリンの眉間に狙いを定める。
俺は弓ゴブリンに必殺の一投を投げるために集中をしてナイフを大きく振りかぶるのだった。




