31.危険な森の探索、そして……
森の中はいつにもまして静寂が支配していた。
しかし、よくよく耳を澄ませれば全く音が聞こえないわけではない。
遠くで鳥の鳴き声や小動物の動き回る音が聞こえ、小枝が擦れ合い微かにざわめいている。
さらに樹木の梢付近では時折突風が吹いて木々を揺らしていた。
その音に紛れて時折ドシャッという音が森の中に響き渡る。
音の主はスライムで、今も俺めがけて樹木の上から降って来ていた。
『予測回避』でスライムの攻撃を事前に察知した俺は、緊急回避でスライムを避けながら短剣を一閃した。
半透明のスライムの体内を短剣が切り進み、中心付近にあった核を両断してスライムの息の根を止める。
スライムは地上に落ちると同時に酸性の体液を吹き出しながら絶命した。
「ユウヤ、大丈夫か?」
少しだけ離れて森の中を前進していたキッドさんが、俺のことを気遣って近寄ってくる。
「ええ、なんとなくコツが掴めました。スライムはもう怖くありませんよ」
周りの地面がブスブスと音を立てて溶け、真っ白な核が露出してきた。
キッドさんに答えながら討伐部位に当たる核を回収して『無限収納』に収めた。
「キッドさん、スライムの核を真っ二つにしてしまったんですけど、討伐部位として認めてもらえますかね?」
「大丈夫だぞ、スライムの核は粉にして錬金術の材料にするからな、ギルドできちんと数えてくれるから安心しろ」
近寄ってきたキッドさんが俺の質問に答えてくれた。
「そろそろ滝がある崖下に着く、ここからはあまり音を出さずに行こう」
「はい、了解です」
今一度気を引き締め直してさらに森を探索するのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
俺とキッドさんはじっと前を見据えて動きを止めていた。
前方の崖の上から川が滝となって流れ落ち、滝壺に叩きつけられて辺りに轟音を轟かせている。
異世界の森は起伏が激しく荒々しい地形が多い。
少し進むと崖が行く手を阻み、深い谷底が冒険者を悩ませるのだ。
気を抜いて探索しようものならすぐに怪我をしてしまう。
下手をすれば命さえ取られかねない危険な森なのだ。
ガサ藪の中に二人して膝立ちになり、周囲に溶け込んで辺りを観察する。
キッドさんによると滝の裏側には洞穴が空いており、ゴブリンたちの棲家になっている可能性があるらしい。
現に今、洞窟の前にはゴブリンたちがたむろしていて何やら騒いでいた。
目視できるゴブリンだけで五匹はいる。
みな思い思いに武装をしていて洞窟の見張りをしているようだった。
「キッドさん、ゴブリンたち騒がしいですね。あれで見張りが務まるのでしょうか……」
「ユウヤ、ゴブリンたちはあれが普通なんだぞ、知能が低いから静かにしていられないんだ。そうだな……、人間の幼児に見張りをさせていると思えばいいな、そうすれば奴らがじっとしていられないこともよく分かるだろう」
「なるほど、たしかに小さな子供ならじっとしては居られませんね。納得しました。それよりどうするのですか? ゴブリンの巣を見つけたのだから、このまま伐採所に帰りますか?」
「いや、もう少し様子を見てみよう。これは俺の感だがあの洞窟には大した数のゴブリンはいないと思う。見張りの構成を見ると大規模な棲家だとはいい難いからな」
鋭い視線をゴブリンたちに向けながらキッドさんが言い放つ。
「何故そういい切れるのですか?」
「俺は何度もゴブリンの大規模な巣を潰してきた。だから言えるのだが、大規模な巣の見張りには上位種のゴブリンが必ず一匹はいるものなのだ。そしてゴブリンたちを統率している。そうなった場合のゴブリンたちの危険度はぐっと上がるものなんだ」
「そうなんですか、それじゃ二人であの棲家潰しましょうか?」
軽い冗談で提案する。
「奇遇だな、俺もそのことを考えていたんだよ」
驚くことに俺の提案にキッドさんは乗ってきた。
まさかキッドさんが乗ってくるとは夢にも思わなかったので、目を見開いて驚いてしまう。
「どうしたユウヤ、意外そうな顔をしているな」
いたずらが成功した子供のような顔をしてキッドさんが笑う。
「い、いや、本当にやるつもりですか? 言い出したのは俺ですけど、相手が何匹居るかわからないのに無謀ですよ!」
小声だが少し強い口調で抗議する。
「大丈夫だ、ユウヤの実力ならこの程度のゴブリン共との戦闘は十分にこなせるはずだ。なにせ俺より多い狼どもを倒したんだからな」
「あれはまぐれですよ! 俺を買いかぶりすぎです!」
「ははは、冗談だよ。しかしユウヤの戦闘能力を高く買っているのは事実だ。真面目な話、俺とユウヤの戦闘力なら楽に潰すことが出来るだろう。それに援軍を呼んでくるには小規模すぎるんだよ。やはり二人で潰してしまおう」
キッドさんは腰の長剣を静かに抜刀して、俺の方を見る。
「まずは見張りをやる。洞窟の中の奴らのことは気にするな。何匹出てこようが今の俺達なら余裕で対処できる。万が一上位種が居たとしてもゴブリンファイターぐらいだから安心しろ」
「わかりました。『投擲』スキルを持っているので、とりあえずゴブリンたちにナイフを投げつけます」
鎧に貼り付けてある投擲用のナイフを五本取り出す。
「さすが多数のスキル持ちだな。それでは合図とともにナイフを投げてくれ。俺は一気に近づいて殺しそこねたゴブリンを片付けるからな」
「わかりました」
キッドさんが身構えるのを待って俺もナイフを構える。
狙うはゴブリンの頭部。
動き回るゴブリンたちだが、俺は全て命中する予感がしていた。
「よし、今だ!」
ゴブリンたちの視線が、俺たちの隠れているガサ藪から外れた瞬間、キッドさんは素早く飛び出して突撃した。
その動作に合わせて俺はナイフを連投していった。
空気を切り裂きナイフがキッドさんを追い越していく。
そのスピードは尋常じゃなく、連射されたナイフは線を描いていた。
カッカッカッカッカッ!
音もなくゴブリンの頭にナイフが突き刺さる。
五本投げたナイフは三本がゴブリンの眉間へ、そして残りの二本は見事喉元に吸い込まれた。
スキル『投擲』が見事に発動した結果で、ゴブリン全員が即死した。
更にキッドさんがダメ押しでゴブリンたちの首を刎ねる。
俺も短剣を抜刀してガサ藪から飛び出していく。
「ユウヤ凄いぞ、俺の出る幕はなかったみたいだな」
足元に転がっているゴブリンの首を蹴り飛ばしながらキッドさんが笑っている。
「ありがとうございます。それよりこのゴブリンどうするのですか?」
「そうだな、ゴブリンの巣を潰すまで隠しておくか」
「わかりました」
二人してゴブリンの死体を持ち上げ、ガサ藪に放り込んでいく。
ゴブリンは思いの外軽かったので作業はすぐ終わった。
その作業の間、ゴブリンは洞窟から一匹も這い出てこなかった。
ゴブリンたちの警戒心のなさに呆れ返ってしまう。
まあ、その御蔭で連続戦闘にならずに済んだのだから良かったのだがな。
死体を隠した後、しばらくの間洞窟の入口に張り付き中の様子をうかがっていた。
いくら目を凝らして見ても暗い洞窟の中は一切何も見えずに音すらもなかった。
先程の戦闘を洞窟内のゴブリンたちは気づかなかったようだ。
キッドさんは『収納』から松明を取り出し、火打ち石で火を付け始めた。
その間も俺は入り口から目を離さずに、ゴブリンたちが出てこないか見張っていた。
「よし、俺が先頭で中に入る。ユウヤは後ろに気をつけながら付いてきてくれ」
長剣を腰に挿し戻し、『収納』から短剣と円盾を取り出したキッドさんが指示を出してくる。
俺も盾と短剣を構えて腰にカンテラを付けてうなずいた。
「ユウヤ、洞窟内は狭いぞ。あまり大きな動きはできない。戦闘になったら小刻みに剣を動かすんだ。ゴブリンの防御力は脆い、しかもそれほど早くは動き回れない。落ち着いて戦えば間違いなく勝てるからな」
「は、はい」
緊張してうまく返事ができない。
洞窟など観光で整備された鍾乳洞ぐらいしか入ったことないのだ。
ましてや魔物が巣食っているのが確実な洞窟なんて見たこともなかった。
冒険者とはなんて危険な職業なんだ。
異世界に来て今が一番の危機だと直感していた。




