27.探索二日目
時刻は午前零時を回った。
俺はキッドさんを起こすため、ゆっくりとテントへ近づいて行った。
「キッドさん……、交代の時間ですよ……」
遠慮がちに声をかける。
「……わかった、今起きる」
しっかりとした声でキッドさんが返事をしてきた。
この様子だと少し前から起きていたようだな。
熟練の冒険者は気合が違うようだ。
少しも眠そうな顔をせずキッドさんがテントから顔を出した。
「異常なしです。お茶を淹れておいたのでどうぞ」
俺は気を利かせてメンドル茶を淹れておいた。
キッドさんはメンドル茶が好きなようなので少しだけ気を使ってみたのだ。
「そうか、ありがとうな」
嬉しそうに礼を言ってキッドさんは背伸びをした。
「さあ、今度はユウヤが眠る番だ。安心して寝てくれ。朝になったら起こすから心配ないぞ」
「ありがとうございます、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
キッドさんに挨拶をしてテントの中に入っていく。
入り口の布を閉めると中は真っ暗で何も見えなくなってしまった。
カンテラはかまどのそばに置いてきたままだ。
今更取りに行くこともないだろうと思い、手探りで進んでいく。
すぐにテント内の中央に立てた棒に行き当たった。
腰から短剣を取り外し棒に立てかけ、革のブーツを脱ぎ、革の小手をゆっくりと外していく。
革鎧以外の武具をすべて取り外すと『無限収納』内に入れてしまった。
敵襲があった場合、テント内に置いておくより収納して置いたほうがいいと思ったのだ。
最後に『無限収納』から寝袋を出すと静かに中に入って横たわった。
「クリーン」
小さな声で『クリーン』の呪文を唱える。
たちまちの内に全身が寝袋ごときれいになってしまった。
昼間の探索汚れがどうしても気持ち悪かったのだ。
スッキリした俺は疲れていたのも手伝ってすぐに夢の中に落ちていった。
ー・ー・ー・ー・ー
「ユウヤ、時間だぞ起きろ」
キッドさんの声で目を覚ました。
ぐっすりと眠っていた俺は、辺りがすっかり明るくなった事を気が付かなかったようだ。
「おはようございますキッドさん」
「おはよう、今日もいい天気だぞ早く起きろ」
「はいわかりました」
まだぼ~っとしている頭を一生懸命に働かせてテントの外へ這い出る。
『無限収納』から水の入った瓶を出し、洗面器を取り出して水を張る。
顔を豪快に洗った跡で歯ブラシを出して素早く歯を磨いた。
現代日本人にとっては朝に歯を磨くのは当たり前の行為だ。
異世界に来てもこれをやらないことには一日が始まった気がしなかった。
続いて防具をつけて身支度を整えていく。
一番時間がかかる革鎧は付けているのでそれほど時間はかからない。
ブーツを履き小手を付けて兜をかぶる。
短剣を腰に差せば、完全装備の出来上がりだ。
「おまたせしました。いま弁当とスープを出します」
『無限収納』からクリスティーナさんお手製の弁当を出す。
そして昨日作った熱々のスープも一緒に取り出した。
深皿にスープを注ぎ、弁当をキッドさんに渡す。
「しかし本当に温かいのだな……、ユウヤの『収納』には驚かされるばかりだよ」
弁当を受け取ったキッドさんは呆れ顔で固まっていた。
丸一日時間が経っている弁当は、痛みもせず出来たてのように温かいままだ。
『無限収納』の特性、収納内の時間が止まるというチートな作用のおかげだった。
「冷めない内に食べましょう、いただきます」
手短に食前の祈りをイシリス様に捧げ、俺は弁当の蓋を開けた。
弁当の中には卵焼きや煮物が入っている。
鶏肉の照り焼きまで入っていた。
(昨日食べた弁当と中身が違うな)
クリスティーナさんの気遣いに感謝しつつ食べ進めていく。
野営の朝にしては大満足の食事を摂り終えて、撤収を開始した。
キッドさんがかまどのレンガを手早く『収納』に入れていく。
俺はその間にテントへ近づき、キッドさんが組み立てた逆の手順でテントを解体していった。
なんとか一人でテントの布を折りたたんで袋の中に収納できた。
テントを支えていた棒や地面に固定していた杭もきちんと回収し、キッドさんに手渡した後は魔物よけの結界を解除する所を見学した。
キッドさんが広場の中央に刺さっている棒状の杭に近づいていく。
魔除けの杭は昨日と変わらず先端の宝珠が朝日を浴びて淡く輝いていた。
「リリース」
短い呪文を唱えると宝珠から光が消失した。
地面から杭を抜き取り、キッドさんは広場の四隅に移動していく。
「その結界すごいですね。魔物が一切姿を見せませんでしたよ」
俺は正直、魔除けの性能を疑っていたのだ。
しかし夜中じゅう魔物の気配は一切なかった。
もっとも、俺が眠りにつくまでの間だが……。
キッドさんは俺が寝ている間に魔物と戦闘をしたようには見えない。
そのことから魔除けの結界が、正常に作動したことは明白だった。
「そうだろう、これは街の錬金術師に特注をした結界なんだ。なかなか値が張る代物だぞ」
キッドさんは丁寧に魔物よけの結界を『収納』に収めていく。
(この魔除け、いくらぐらいの価値があるのだろう)
キッドさんが回収している杭を凝視する。
[魔法の結界…… 魔物を寄せ付けない結界を張る杭。強い魔物には効果が薄い。価値、金貨三枚]
『真理の魔眼』で発覚した結界の価値に思わず目を見開いてしまう。
結界は、ほぼ俺の全財産と同じ価値だった。
さすがゴールドランクの冒険者は金持ちだな。
野営地の荷物は全て収納した。
時刻は午前七時近くになっている。
すっかり明るくなった森の中に向かって、キッドさんを先頭に探索を開始するのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
今日の移動経路は少し複雑だ。
今の位置は伐採所から南東のかなり離れた場所だ。
ここから西に向かって真っ直ぐに移動していく。
途中で崖に空いている洞穴や、湖の畔などゴブリンが住み着きそうな場所を調べる予定だ。
そして夕方までに南西の森まで移動してそこで野営。
一夜明けてそこから伐採所に帰還すれば任務完了となる。
昨日移動した距離の倍以上は進まなくてはならない、少しだけ足早に移動するのだった。
移動するに当たり、キッドさんから注意事項が語られた。
伐採所より南の森、それもかなり奥深いこの場所は、魔物の出現率がかなり高いらしい。
いつ戦闘になってもおかしくないので、あまり離れないで付いてくるようにとのことだ。
もちろん抜剣して念の為に盾も構えた。
かなり動きづらくなってしまうが、命には変えられないので仕方がないだろう。
どこまでも広がる深い森、方向感覚は既に無く、腕時計に備え付けてある方位磁針が頼りだった。
キッドさんもたまに懐から携帯型の方位磁針を取り出して方角を確認している。
さらに太陽の位置や植生の分布なども入念に調べていた。
森の中で遭難した場合、その瞬間から生死をかけたサバイバルが始まってしまう。
水の確保や食糧問題。
魔物や危険動物のいつ来るかわからない襲撃。
命の軽い異世界では、捜索隊など簡単には来ないのだ。
自力で脱出するしか生還するすべはなく、己の生存技術しか頼れるものはないのだった。
ウォォォォン!
西に向かって順調に前進していたら突然動物の鳴き声が聞こえてきた。
声はかなり大きく近い。
「ユウヤ! 戦闘の準備をしろ、敵は森林狼だ。奴らは群れで行動する。気合を入れて戦え!」
とうとう敵の襲撃を受けてしまった。
またしても新しい敵との戦闘。
今回は群れとの戦いになりそうだった。
俺は手の平の汗をズボンで拭いながら、来る戦闘に体をこわばらせるのだった。




