23.森の探索が始まる
森林警備隊に臨時入隊して三日目、今日からキッドさんと俺で森の南東側を重点的に探索することになった。
当然木こり達の世話はヘザーさんとジェシカちゃんの組と、フレデリコとアザルの組が担当することになる。
ジェシカちゃんは探索に付いていきたいと駄々をこねていたが、キッドさんは頑として連れて行くことを拒んだ。
二人一組で常に行動することを大事にしているキッドさんは、ヘザーさんとジェシカちゃんを切り離して行動させることは絶対にしないらしい。
「それなら私とヘザーさんで探索に行くわ!」
頬を真っ赤にして抗議するジェシカちゃん。
「ジェシカ、あたしはキッドの指示に従うよ。リーダーの指示は絶対だよ」
ベテラン冒険者のヘザーさんは落ち着いてジェシカちゃんを諭す。
キッドさんもこうなることを予想していたらしく、黙って事の成り行きを見守っていた。
最終的にはジェシカちゃんが折れて通常の任務につくことを了承した。
そんなやり取りが交わされている間、フレデリコ達は興味なさそうにそっぽを向いていた。
木こりのおもりは思いの外簡単なので、サボりぐせの付いている彼らは探索などしたくないのだろう。
確かに木こりたちを現場に引率したら、夕方まで昼寝をしていても問題ないのだ。
あくまで警備隊は魔物たちを倒すことが仕事なので、木こり達の安全が確保できていればそれで良かった。
伐採所の広場から木こりたちを引率した冒険者達が、それぞれの持場へ移動をしていく。
二組とも今日の現場は西の方面のようだ。
俺とキッドさんはその様子を見守りつつ、南東の探索の打ち合わせを行っていた。
「ユウヤが来てくれたから、今日から棚上げになっていた南東の森の探索に出られるぞ。あそこら辺一帯はゴブリンのねぐらがあると予想される地域だ。やっと本格的な探索ができるな」
キッドさんはとても嬉しそうだ。
「キッドさんだったら一人でも探索できるのではないのですか?」
ゴールドランクの冒険者であるキッドさんに聞いてみる。
「いや、今回の探索は少々長丁場になる予定なんだ。帰還予定は明後日の午前中。さすがに俺一人で二晩も徹夜で見張りをするわけには行かないからな。ユウヤ、期待しているぞ」
森の奥深くへの探索はヘザーさんとジェシカちゃんでは少々心もとないそうだ。
ジェシカちゃんが確実に足を引っ張ってしまうので、ヘザーさんだけではカバーしきれないらしい。
フレデリコ達は論外で、不真面目二人組みには任せられないそうだ。
通常の業務をこなしつつ、情報が覚束ない南東の森を調べるために臨時で冒険者をやとったというのが今回の募集の真相らしい。
「本来は冒険者になりたての者を連れて行くことはないが、ユウヤはかなり優秀なスキル持ちだ。間違いなく探索は成功する。戦闘は俺に任せとけばいい、周囲を警戒することを手伝ってくれればそれでいいぞ」
キッドさんの説明によれば出現する魔物や危険な動物は、ゴブリンや森林狼くらいだそうだ。
それ以上の強力な敵は出てきても、単体のワイルドベアーが出るか出ないか。
その程度の相手ならキッドさん一人でも十分に対処できる。
睡眠をとっている時間に誰かが周囲を警戒してくれれば、探索はうまくいくそうだ。
「キッドさん、お弁当できたわよ。途中で食べてね」
クリスティーナさんが事務所から大きな荷物を抱えてでてきた。
中身は腕によりをかけて作った美味しい料理だそうだ。
さらに二人で食べるには十分な量の生肉や野菜が入っているとクリスティーナさんは言った。
現地調達で食料を確保する予定だが、もし万が一獲物が取れなかった場合は大いに役に立ってくれるだろう。
キッドさんはチラリと俺を見ると、クリスティーナさんから受け取った荷物を俺に渡してきた。
そして小声で俺にささやく。
「ユウヤ、熱々の弁当が食べたいから『無限収納』にしまっておいてくれ」
嬉しそうにキッドさんが言う。
もとより荷物を運ぶのは見習いの仕事なので快く荷物を受け取り収納した。
「クリスティーナ、できるだけ明後日の午前中には戻る。万が一遅れても四日以上はかからない。他の者達を頼むぞ」
「キッドさん任せてください! 気をつけて探索してきてくださいね。ユウヤさんも採用してすぐの大役だけど頑張ってね!」
クリスティーナさんがにっこりと笑う。
俺とキッドさんは装備の点検を終えると、クリスティーナさんに見送られながら森への道へ進んでいくのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
探索は順調でお昼を少しすぎる頃には目的地近くの場所まで移動することができた。
現在地は東寄りの南の森。
俺はキッドさんに付いてきただけなので、方角はイマイチ把握していなかった。
「ユウヤ、このへんで昼飯を食べよう。すまないが荷物を出してくれないか」
「わかりました」
キッドさんの指示に従い、クリスティーナさんのお弁当の入った大きな荷物を『無限収納』から取り出す。
丁度よい木の切り株があったので、そこに出して風呂敷包みを丁寧に解いていった。
風呂敷包みの中には一抱えもある行李が収まっていた。
竹の皮で編まれたカゴを開けるとお弁当の包がいくつもでてくる。
手にとって見るとまだ作りたてのように暖かく、ぬくもりを感じ取ることができた。
お弁当の他にも生肉の塊や新鮮な野菜なども入っている。
狩りをして食料調達をしなくても二日ぐらいなら余裕で過ごせそうだ。
それに俺の『無限収納』には、大量の串焼き肉や出来合いのお惣菜が入っている。
ぶっちゃけて言うと一週間でも二週間でも食料に困ることはなかった。
もちろん水や燃料も『無限収納』には満載してある。
自分で言うのも何だが、俺は歩く食料倉庫のようなものなのだ。
キッドさんが戦闘さえきっちりこなせば、サバイバル生活など楽勝なのだった。
弁当を二つだけだして素早く荷物を『無限収納』に入れる。
せっかく温かいのに冷めてしまっては意味がないからな。
「キッドさんどうぞ」
弁当箱と白パンをキッドさんに渡す。
周りの警戒を完了したキッドさんが嬉しそうに近寄ってきた。
「おお! 本当に温かいままだな。ユウヤの収納スキルはとんでもない代物だな!」
クリスティーナさんから荷物を受け取ってから既に六時間近く経っている。
その荷物から取り出した弁当が未だに温かいままなことは、驚愕以外の何ものでもなかった。
切り株にキッドさんと背中合わせで座り、周囲を警戒しながら食事を摂る。
いつ敵が襲ってきてもいいように腰に剣を差したままで素早く食べ終えた。
食後のデザートに俺が森の中で採取した『鬼苺』を皿に山盛りにしてキッドさんに差し出した。
二人して『鬼苺』を食べつつ午後の打ち合わせをする。
「今いるところは伐採所から見てほぼほぼ東の森だ。ここから南へ探索を開始する。目的は大規模なゴブリンの巣穴の発見だ。あくまでも発見だけして討伐はしない。どの程度の巣穴を見つけられるかわからないが、二人だけでは勝ち目はないからな」
キッドさんは熱々のメンドル茶をすすりながら作戦を語っていく。
メンドル茶を煮出したお湯は、もちろん俺の『無限収納』に入っていたお湯だ。
水の他に熱湯も『無限収納』に俺は常備していた。
メンドル茶を俺は飲まない。
木の皮の匂いがする液体を美味しそうに飲むキッドさんは味覚がおかしいのではないだろうか。
俺はオレンジによく似た柑橘類を絞ったオレンジジュースを飲んでいる。
異世界では清涼飲料水など売っていないので、全て手作りしなければならない。
昨日の夜にオレンジジュースを壺いっぱいに作っておいたのだ。
甘酸っぱいジュースを飲みながらキッドさんの声に耳を傾けていた。
食事を終えて打ち合わせも終わった。
午後からは本格的な探索が始まる。
ゴブリンの巣穴を発見することはできるだろうか。
少しずつ緊張してきて身体に力が入っていった。




