21.信用するに足る人物なのか
朝食を食べ終わり建物の外へ出ると、犯罪奴隷の木こりたちが出発の準備をしていた。
目には全く生気は宿っていなくて無表情で不気味だ。
一人ずつ斧やのこぎりを担ぎ、木材の運搬用の大きな台車などを引っ張っている奴隷も居る。
みな一様に鉄製の輪っかを首に着けていて、その輪っかが奴隷を制御している魔道具だと推察できた。
「よしお前ら仕事だぞ! さっさと歩け」
フレデリコが号令をかけると、木こり達はゆっくりと歩き出した。
その足取りは限りなく重く、自分たちの意思で動いているのか疑わしいほどだった。
「ユウヤ、奴隷たちが怖いか? 安心しろ首輪をつけている限り暴れだしたりはしないからな。万が一首輪が外れた場合は奴隷の命はなくなる。そういう魔道具なんだよ」
「そうなんですか」
キッドさんの話を聞きつつ、目の前を横切る奴隷を観察する。
[名前……ダミアン・ザッパー 種族……ヒューマン 職業……犯罪奴隷]
『心理の魔眼』が発動してステータスが見える。
職業欄には犯罪奴隷と明記してあった。
ランクやスキルは表示されていない。
見えないだけなのか元々無いのか、はたまた剥奪された可能性もある。
まだまだステータスにはわからないことが多い。
名前はダミアン・ザッパーか……。
どのくらい悪どいことをしてきたのだろうか。
『ダミアン・ザッパーは、犯罪組織『ケルベロス』の首領です。エイシス王国内で殺人、強姦、盗みなどあらゆる凶悪犯罪を犯しました。三年前に捕まり現在は犯罪奴隷として『ファーガソン森林組合』で労役に就いています』
思わぬ所で説明が入る。
『心理の魔眼』はこんなことまでわかってしまうのか……。
他人の人生までわかってしまうスキルに戦慄を覚える。
(流石に擁護できないな、死刑にならないだけいいのかも知れない)
ダミアンは大犯罪者だった。
他の奴隷たちもダミアンと同等の犯罪を犯しているのだろう。
少しでも同情したのが馬鹿らしく思えてきた。
「彼らには刑期などあるのですか? 何年かしたら釈放されるとかありますか?」
「ん? そんなものはないぞ、奴らは死ぬまで奴隷のままだ。事故で怪我をしても治療は一切しない。死ぬ瞬間までこき使われるんだ」
キッドさんの言葉に複雑な気持ちになる。
大犯罪者だから当たり前と思う心と、流石にやりすぎではという心がせめぎ合う。
「さあ、俺たちもそろそろ現場へ向かおう。案内をよろしく頼む」
「はい、わかりました」
考えている暇はないようだ。
俺はキッドさんをゴブリンと戦った現場へ案内するために移動を開始した。
奴隷たちとは反対の道。
ミュンヘルの街へ向かう林道を進んでいく。
昨日通ってきたばかりなので、戦闘をした場所はすぐわかった。
しばらく無言で進んだ後、まだ戦闘の痕跡が残る現場に到着した。
「キッドさん、あそこですよ」
前方に見えてきた現場を指差して報告する。
ちょうど道の真ん中に大きなシミが見えてきた。
「ん!? 何だあの血溜まりは!」
キッドさんは俺の指差した現場を見て大きな声を出した。
現場は大量に流れた俺の血液が黒く固まっている。
そのシミには大量のハエがたかっていて、ここまで羽音が聞こえてきていた。
その血液量は尋常ではなく、一人分の血液にしては多すぎた。
(やばい、そう言えば瀕死の傷を受けたときに大量の血を流したんだった)
うっかり忘れて、どうやって説明するか考えていなかった。
キッドさんは血溜まりに近づき、粘り気のある血液を手ですくいながら入念に調べていった。
「ユウヤ、本当に君一人で戦ったのか? この血液は誰のものなんだ」
現場は既に悪臭が漂っている。
しかしキッドさんは平気な顔をしていた。
「実は言ってなかったのですが、ゴブリンとの戦闘で俺死にそうになったんですよ。その血液はその時受けた傷から流れ出たものです」
「しかし……、これは一人が流すには多すぎるぞ。もし君の言っていることが本当なら、ユウヤ、君はもう死んでいるはずだ」
キッドさんはまっすぐ俺を見て言い放つ。
「その血溜まりの中にはゴブリンの血液も混ざっています。もみ合いになってお互いに血を流したんです」
その場の思いつきで言い訳をする。
「いやゴブリンの血液が混ざっているのは俺にもわかる。俺はそのゴブリンの血液を差し引いて計算した上で大量だと言っているんだ」
ベテラン冒険者の目は誤魔化せないようだ。
(ちょっと言い逃れはできそうにないな、キッドさんにはスキルのことを話してみようか)
俺は意を決してスキルの秘密を打ち明けることにした。
もちろんすべて話すつもりはない、現場の説明がつくだけで後は隠すつもりだ。
しかし迷ってもいた。
キッドさんは本当に信用に足る人なのだろうか。
「キッドさん、スキルに関してはなるべく隠すのが冒険者の常識ですよね」
俺は静かに話し始めた。
「そのとおりだな」
「俺のスキルを教えますが他の人達には内緒にしてくれますか?」
まっすぐ目を見て確認する。
「この血溜まりができた理由は君のスキルで説明できると言うのか?」
「……はい」
しばし二人してにらみ合う。
しばらくしてキッドさんが肩の力を抜いて話しかけてきた。
「わかった、ユウヤの秘密を守ることを約束しよう。俺はゴールドランクの冒険者だ。この仕事に誇りを持っている。もし約束を破った場合、冒険者を引退しよう。それでいいな?」
「わかりました。キッドさんを信用しますよ」
俺は一息つくと一気にスキルのことを話し始めた。
「俺は『全能回復』というスキルを持っています。キッドさんは聞いたことが有りませんか?」
「いや、初めて聞くスキルだな」
やはりレアスキルだったようだ。
「信じてもらうしかないのですが、『全能回復』というのは病気や怪我などから瞬時に回復するスキルなんです。ゴブリンの戦闘で俺は脇腹を短剣で刺されました」
革鎧に残された短剣による穴をキッドさんに見せる。
「本来なら致命傷ですよ。でもスキルのおかげで戦いに勝利しました。その時流した血溜まりがそれですよ」
キッドさんの足元を指差しながら説明した。
「確かに鎧の傷を見る限りは致命傷のようだな……。しかしよくこんな傷を受けて助かったものだ……」
キッドさんは俺の革鎧を見ながら絶句していた。
革鎧は裏表どちらも穴が空いている。
導き出される結論は、腹部貫通による致死性の刺傷。
ベテラン冒険者であるキッドさんは、そのことの重大性に気づいたようだ。
「ユウヤ……、君のスキルは冒険者にとって最高のスキルだ。あまり公にしないほうがいい。君は『スティール』というスキルを知っているか?」
「いえ、知りません」
「『スティール』という相手のスキルを奪うスキルがあるという噂を聞いたことがある。もし本当にそんなスキルがあるのなら、必ず君のスキルは狙われるだろう」
衝撃的な情報をキッドさんは教えてくれた。
確かにスキルは無限にあるとイシリスさんは言っていた。
そんなスキルがあってもおかしくないだろうな。
「気を付けたいと思います。キッドさんも約束を守ってくださいね」
「ああ、もちろんだ。それではゴブリンの死体を検証しよう」
キッドさんが秘密を守ることを快く了解してくれた。
俺の人を見る目に間違いはなかったようだ。
血溜まりの説明が終わったのでガサ藪を捜索する。
俺が投げ捨てた三匹のゴブリンを探すことにした。
ゴブリンの死体はすぐ見つかった。
昨日の今日なのでそれほど腐敗はしていない。
ただ三匹とも俺に頭をかち割られ魔石を抜き取られた後なので、見るに堪えない状態だった。
「なるほど、三匹とも普通のゴブリンだな」
キッドさんはハエが大量にたかっているグロテスクな死体を物ともせず、裏返しにしたり、かち割られた頭の中に指を突っ込んだりしている。
「確か武器は槍に剣に弓だったな? なかなかバランスの良い編成だな」
一通り検死を終えるとキッドさんは立ち上がった。
右手から水筒を出すと汚れた手を綺麗に洗い流した。
(やはりキッドさんは『収納』を持っていたな。別段俺に隠すつもりはないようだ)
キッドさんクラスの冒険者にとっては、『収納』は隠すほどのスキルではないのかも知れない。
俺も気にしないで使っても問題なさそうだ。
「よし、大体の状況はわかった。周囲を捜索してから伐採所に戻ろう」
「わかりました」
俺とキッドさんは夕方まで周辺を調査した後、もと来た道を戻っていった。
伐採所に戻ってくると事務所の前の切り株に腰掛けたヘザーさんが、剣の手入れをしていた。
砥石で丁寧に刃先を研いでいる。
冒険者は普段から装備の確認を入念に行っているのだ。
「戻りました」
近づきながらヘザーさんに声を掛けた。
「おかえり、どうだい、何かわかったかい?」
ゴブリンたちに興味を示していたヘザーさんが聞いてくる。
「なんとも言えないな、ただのはぐれかも知れない。三匹だったのが気になるが、別段何も変わったことはなかったな」
キッドさんが答える。
「そうかい、ひとまず様子見ってことかね、あたしも気を付けてみるよ」
「そうしてくれ」
こうして森林警備隊見習い初日が無難に終わった。
明日からは木こり達の監視をしつつ、周辺の警備を教えてもらえる事になり、早めに就寝をした。




