20.警備の仕事
伐採所警備隊の臨時職にありつき、食堂で夕食を摂るユウヤ。
ゴブリンに襲われたことを報告すると、穏やかだった場の雰囲気がガラリと変化して緊張が走った。
「ユウヤ、その話もう少し詳しく聞かせてくれ」
キッドさんが少しだけ深刻そうな顔をして俺に聞いてきた。
「ゴブリンが出没するのは当たり前じゃないんですか?」
ゴブリンを駆除するために雇われた俺としては、この辺にゴブリンがいるのは別段驚いたことではない気がした。
「いや、ゴブリンは伐採所の北側には滅多に姿を現さない。奴らが主に出現する場所はここからさらに南へ行った森の中なんだ」
「そうなんですか、それはおかしいですね」
「ユウヤもそう思うだろう? だから俺たちは伐採所周辺の情報には常に目を光らせておくんだよ」
キッドさんに促されて戦闘の様子を詳細に話す。
もちろん脇腹を負傷して瞬時に回復したことは言わなかった。
冒険者は自分の能力をあまり公にしてはならないと、講習会で教官が言っていた。
切り札は最後まで隠し通す。
有用なスキル持ちだとわかれば、最悪拉致されて死ぬまでこき使われてしまうらしい。
この世界では誰も信用してはならないと教えてもらったのだ。
ただ徹底できているか自信はない、現にクリスティーナさんに『収納』持ちだということを教えてしまった。
幸い『収納』のスキルは珍しいが持っている人もいるようだ。
キッドさんも持っているので目立つことはなさそうだ。
「キッド、あたしが調査しようか? どうせ明日は非番だから暇なんだ」
俺の話を聞き終えたヘザーさんがキッドさんに提案をする。
「私も手伝うわ。いいでしょお父さん」
ジェシカちゃんも協力的だ。
なかなか責任感のある優秀な子のようだな。
「いや、俺がユウヤと一緒に現場を見てくる。ヘザーとジェシカはきっちり休暇をとってくれ」
「わかったよ、なんかあったらいつでも言っておくれ」
「ありがとうヘザー」
ヘザーさんとジェシカちゃんは、それほど無理には意見を通す気はないようだ。
キッドさんの指示には素直に従うようだな。
キッドさんはこちらに向き直り話をすすめる。
「ユウヤ、明日朝一に現場に行く。手始めにそのゴブリンとの戦闘現場の検証だ。朝早いから寝坊するなよ」
「わかりました、よろしくお願いします」
明日の予定が決まり食堂から退散する。
二階へ上がり物置部屋……、もとい自室へ戻った。
ー・ー・ー・ー・ー
夕食をとっている内に外はすっかり暗くなって部屋の中は真っ暗だった。
扉の前に立ち目が暗闇に慣れるまで暫し待つ。
窓は開け放たれているので、月明かりがわずかに差し込み、かろうじて室内がわかる。
あまりにも狭い空間に呆れるばかりだが、木こりの奴隷たちのことを思えば我慢できる範囲だった。
畳一畳分の空間、鎧を脱いで片隅に置いたら寝転ぶこともできなくなる。
しかし俺は『無限収納』持ちだ。
脱いだ装備は全てしまい込み、代わりに寝袋を引っ張り出した。
同時にカンテラを出し枕元に置く。
手探りでつまみを回し明かりをつけると室内がだいぶ明るくなった。
このカンテラは青空市で買ったものだが、中古品で掘り出し物だった。
燃料は魔石で、今日戦ったゴブリン程度の魔石でも数ヶ月は使えるらしい。
今セットしてある魔石は使いかけなので、いつ明かりが消えるかわからない。
しかし新品の魔石を三つも手に入れることができたので、明かりには当分の間困ることはなさそうだ。
時刻は午後七時、眠るには早すぎるがやることはなかった。
仕方がないので、ゴブリン戦の戦利品を確認することにした。
『無限収納』から魔石と武器を取り出す。
魔石はカンテラの明かりで鈍く光っていた。
昼間はわからなかったが、光にかざすと全体が薄っすらと透き通っていた。
形は三つともいびつで、同じ形でもなければ大きさもまちまちだった。
戦利品の武器を手に取る。
[錆びきった短剣…… 価値、銅貨十枚]
[なまくらな槍…… 価値、銅貨二十枚]
『心理の魔眼』で鑑定した結果、日本円で千円と二千円にしかならなかった。
完全にスクラップの値段だ。
[壊れた弓…… 価値、零]
弓に関しては無価値、拾ってきたもののゴミだった。
(焚き火の薪にしかならないな)
がっかりして『無限収納』にしまい込んだ。
入り口の引き戸につっかえ棒をする。
キッドさんは問題ないと言っていたが、凶悪犯罪者が同じ屋根の下に寝ていると思うと戸締まりせざるを得なかった。
寝袋に潜り込む、中古の寝袋なので少しカビ臭い。
「クリーン」
小声で寝袋を綺麗にする。
カビ臭さも消えたので目を閉じて寝ることにした。
意外と疲れていたようだ、すぐに意識がなくなり夢のなかの住人になった。
ー・ー・ー・ー・ー
朝、腕時計のアラームで目を覚ました。
今日から仕事が始まる。
初日から寝坊をしてしまうのは洒落にならないので、不本意だが不快な電子音で目覚めた次第だ。
異世界まで来て未だに目覚ましのお世話になるとは何だかモヤモヤするな。
洗面器に水を張り顔を洗う。
歯を磨いてさっぱりしたら、窓から汚れた水を豪快に投げ捨てた。
もちろん外を確認して捨てたから問題ない。
身支度を整え一階の事務所へ降りていく。
「おはようございます」
クリスティーナさんが事務所を掃除していたので声をかける。
「ユウヤさんおはようございます。朝食できてますよ、皆さんもうそろってます」
いま時刻は午前五時だ。
早朝にもかかわらず先輩方は既に起きていると言われた。
慌てて食堂へ入っていくと、奥のテーブルからフレデリコが叫んだ。
「新人! 遅えぞ、何やってんだよ!」
みな既に朝食を食べ始めている。
「すみません! 遅れました」
慌てて俺も席につく。
ヘザーさんとジェシカちゃんの姿は食卓にはなかった。
(確か今日は非番だと言っていたな、カッコ悪いところを見られなくてよかった)
「おはようユウヤ、今日からよろしくな」
キッドさんが声を掛けてくる。
「おはようございますキッドさん、こちらこそよろしくお願いします」
慌ててお辞儀をして、遅れを取り戻すため急ピッチで食べ始めた。
朝食のメニューは、透き通った香りの良いスープに目玉焼きとソーセージのソテー。
籠いっぱいの白パンとボウルに入ったサラダがテーブルの中央に置いてある。
スープには肉団子と野菜が浮いていて美味しそうだ。
ふと気になって木こり達の食卓を覗くと、塩スープと黒パンだけだった。
まさか木こり達は毎食同じものを食べているのだろうか。
奴隷の待遇の悪さに驚いてしまった。
「食べながら聞いてくれ、今日はヘザーたちが休みだ。フレデリコ達は木こりたちの護衛と監視をしてくれ。俺はユウヤとともにゴブリンの調査に行くからな」
「キッドさん、調査ってなんすか? 俺ら聞いてないっすよ」
「昨日ユウヤが伐採所の北で三匹のゴブリンと戦闘をしたそうだ。その調査を俺とユウヤですることになった」
「お前ゴブリン三匹に一人で勝ったのか?」
無口だったアザルが俺を興味深そうに見る。
「ゴブリン共の得物は何を使っていたんだ?」
フレデリコが聞いてくる。
「短剣と短い槍に弓矢です。手入れが悪いから錆びてましたよ」
「お前少しはやるようだな、奴ら連携してきただろ?」
フレデリコは機嫌がいいらしい、昨日よりも俺に対する態度が少し改善されたようだ。
「ええ、まあ弓矢が脅威でしたね、なんとかかわしましたけど……」
「大したもんだ……」
アザルが一言つぶやく。
本当は瀕死の重傷を負って、相打ちのような状況だったんだがそれは秘密だ。
スキルがなければ俺は今ここには居ない。
今頃ゴブリンたちと共に暗い森の中で野生動物たちに食い荒らされていることだろう。
フレデリコとアザルは黙ってしまい、俺にちょっかいを掛ける素振りを見せることはなかった。
それほど一対多の戦闘は難しいのだ。
もう一度戦闘しろと言われても無傷で勝てる気はしなかった。
「よし、食べ終わったら出発するぞ。フレデリコあとはよろしく頼む」
「任せといてくれボス!」
全員で立ち上がって仕事を開始する。
木こり達も無言で食堂から外へ出ていった。




