2.異世界へ
「祐也さんは天国へも地獄へも行くことができなくなりました」
にっこり笑ってイシリスさんが答える。
地獄へ行かなくて済むのは嬉しいが、天国へも行けないなんて一体どうすればいいんだ……。
「あの、それじゃ俺はどうすればいいのですか? このままずっとここにいるのは嫌なのですが……」
話がよくわからないのでイシリスさんに聞いてみる。
「あの世への道を一度はぐれてしまった魂は、もう一度人生をやり直さなくてはいけません。あなたが生活していた世界とは違う世界でやり直すのです」
「そうなのですか……、ではどんな世界でやり直したら良いのですか?」
元の世界に戻れないならばどこだっていい。
少々投げやりになった俺は、イシリスさんに人生をやり直す世界を選んでもらうことにした。
「そうですね……、今一番人気がある世界は剣と魔法の世界ですね。祐也さんも小説などで読んだことありませんか?」
手元の分厚い本を開きながらイシリスさんは何やら調べ物を始めた。
そして一つのページを俺に見せて説明を始める。
「このページの世界などはいかがですか? 文化レベルもそこそこで、それほど生存難易度も高くありません。祐也さんの暮らしていた日本のように平和ではありませんが、魔物もそれほど強くはありませんよ」
本を見せられても文字が読めないので全くわからない。
「ファンタジーの世界ですか……。でも現実問題としてそんな所に送られたら、数日で死んでしまうような気がするんですけど……」
物語の主人公のようにいくはずはないのであまり乗り気ではなかった。
「大丈夫ですよ、そのために私がいくつかスキルを差し上げますから!」
イシリスさんは目を輝かせて身を乗り出してきた。
(この人、間違いなく何人も異世界に送り出しているな)
手際が良すぎるイシリスさんに、かえって警戒してしまう。
「あの……、こう言うことは慣れているんですか? 俺の他にも異世界に送ったことがあるとか……」
「ええ! 私こう見えてもこの道のプロなんです! 決して後悔はさせませんから異世界へ行ってみましょう!」
イシリスさんは楽しそうに異世界を勧めてくる。
(間違いないな! この人は異世界送りを絶対楽しんでいる!)
俺は確信した。
しかし、イシリスさんに勧められると何故か断ることが出来なかった。
「そうですね、こんな機会は滅多になさそうですから行ってみようかな……」
流されるままに異世界へ行くことになってしまう。
「決断が早くていいですね! それでは有用なスキルを選びましょうね」
満面の笑みを浮かべたイシリスさんは、もう一冊の分厚い本を取り出して最初のページを開いた。
「まず基本中の基本。言語習得の欄を見てくださいね」
またもや訳がわからない文字を俺に見せてくる。
「あの……、文字がわからなくて読めないんですけど」
「ふふっ、そうでしょうね。では、『万能言語』をまず取得しましょうか」
そう言って本に書かれている文字をイシリスさんは人差し指でなぞった。
次の瞬間、文字が光り輝き本の中から飛び出してくる。
更に光の玉に変化してゆっくりとこちらに浮遊しながら近づいてきた。
「はい、それを飲んでくださいね」
どこからかグラスに入った水を取り出して俺に渡してくる。
俺は右手に光の粒、左手に水の入ったグラスを持って暫し考え込んでしまった。
(本当にこれを飲んでも大丈夫なのだろうか……)
イシリスさんはにこにこして俺が飲むのを待っている。
悪い人には見えないが、会ってすぐの人の言うことをほいほい聞いてしまっていいのかわからなくなってしまった。
「どうしたんですか? ぐいっといってくださいな!」
「本当に飲んでも大丈夫なんですよね?」
念を押す俺に向かってにこにこと縦に頭を振るイシリスさん。
男は度胸なので思い切って光の粒を飲んでみた。
ピロリンッ!
『スキル、『万能言語』を取得しました』
甲高い効果音が鳴った後、頭の中に突然イシリスさんの声が響き渡った。
俺が驚いているのを見てイシリスさんがにんまりとした。
「あ、あの! いまイシリスさんの声が聞こえましたよ!」
「どうですか? 不思議な感覚でしょ? 害は一切ないので気にしないでくださいね。そんなことより本をご覧になってください」
先ほど開いたページをこちらに見せてくる。
ちらりと見るとそこには日本語で文字が書かれていた。
「あれ!? 日本語で書いてありますよ!」
「いえいえ本は何も変わっていませんよ、変わったのは祐也さんの方です。スキルを取得するとこの様に劇的に変わるのです。ちなみに『万能言語』は文字を読めるだけではなく、様々な言葉も話し理解することができます」
得意げにイシリスさんは説明してくる。
注意して本を見ていくと、ずらりと単語が並んでいた。
「ええと……、『火魔法』に『水魔法』、『風魔法』……。『毒耐性』、『石化耐性』……。それから……、『剣豪』に『大魔導』? あれ、これは称号か」
飛ばし飛ばしに読んでいくと色々なスキルが書いてあった。
さらに後ろの方のページにはスキルではなくて称号が載っていた。
「すみません、一体いくつぐらいスキルはあるのですか? いっぱいありすぎてわけがわかりませんが……」
あまりにも膨大なスキルの数に思わずイシリスさんに聞いてしまう。
「そうですね、無限、と言ったら大げさですが限りなく無限に近い数のスキルがあります。例えば『火魔法』と『火術』は同じようでも多少違いがありますね」
「『不老不死』とかあるんですけど、これも取得できるのですか?」
何気なくめくったページにとんでもないスキルを見つけてしまった。
「そうでした、言っていなかったのですが、祐也さんは最初の方のページしか取得できませんでした。基本スキルしか初心者の魂は取得できません」
悪びれもせずにイシリスさんは説明をしてくる。
この調子で何人も異世界へ送り出したのだろうか……。
少々不安になってくる。
(おいおい、それを早く言ってくれよ。最後の方まで目を通してしまったじゃないか)
少しだけ非難の目をイシリスさんに向けてしまった。
しかしイシリスさんは気にした様子もなくにこにことしている。
「そうなんですか、なにかおすすめのスキルはありますか?」
心で悪態をついたことはイシリスさんに内緒にしつつ、自称プロの彼女に聞いてみる。
「そうですね……、祐也さんが取得できるものは……」
イシリスさんは手際よく適当なスキルを選んでいく。
しばらくその作業を見ていたが、なるほどプロだという彼女の選択はなかなか理にかなっていた。
まず一つ目は、『収納』だ。
謎の空間に物を入れることが出来るスキルだそうだ。
これは異世界へ行く者にとっては定番ということなので、早速文字をなぞって光の粒にしてもらい、一気に飲み干した。
ピロリンッ!
『スキル、『収納』を取得しました』
再びイシリスさんの声が頭の中に響き渡った。
イシリスさんはにっこりとしながらこちらを見ている。
俺も愛想笑いをしてから残りの光の粒をぐいっと飲み込んでいった。
ピロリンッ!
『スキル、『魔眼』を取得しました』
『スキル、『回復』を取得しました』
『スキル、『熟練』を取得しました』
連続してスキルを獲得する。
『魔眼』とはいろいろな物が見えるスキルらしい。
説明を聞いてもいまいちピンとこないスキルだが、取っておいて損はないと言うのでイシリスさんの指示に従った。
『回復』は傷を治すスキルで、『熟練』はなんでも器用にこなすスキルらしい。
「さて、これ以上のスキルは今の祐也さんには取得できないみたいですね。異世界で頑張って成長すればいずれ取得できるでしょう。ではそろそろ旅立ちの時が迫ってまいりましたよ」
(他人事だと思ってイシリスさんは嬉しそうに言ってくれるな)
カウンターの横に突如として出現した光り輝く渦を見ながら、ごくりとつばを飲み込んだ。
突然、イシリスさんから凄まじいオーラが吹き出す。
神々しいオーラは優しく俺を包み込んで光の球体に形を変えていった。
すっぽりと光りに包まれ、浮かび上がった俺はゆっくりと浮遊しながら渦へと近づいていく。
「佐藤裕也さん、お別れの時が来ました。異世界で幸せな人生を送ってください。いつも見守っていますから安心していてくださいね」
(なんて神々しいオーラなんだ……、イシリスさん、あなたは一体何者なんだ!)
優しい美人さんが急にとっても偉い人に見えてくる。
「イシリスさん、色々ありがとうございました。さよなら」
驚きながらもお別れの挨拶をする。
「はいさようなら、またいつか会いましょう。良い人生を歩んでください」
どんどん光が強くなり目の前が光であふれかえる。
渦の中に吸い込まれた俺は、剣と魔法の異世界へと旅立つのだった。