19.食堂にて
キッドさんを先頭に事務所を横切り扉の奥へ入っていく。
やはり一階部分は事務所だけではなかったようだ。
扉の奥には相当な人数が収容できる食堂が広がっていた。
食堂の中は木こりたちが数名ずつ固まってテーブルに着き、夕食を黙々ととっていた。
みな薄汚い革のチョッキに革のズボン、ろくに水浴びもしていないようで顔は垢だらけだ。
疲れた顔つきで黒パンと塩スープを掻き込むように貪り食べていた。
(みんな会話してないな、なんで元気がないのだろう……)
俺は疑問に思ったが、余計なことは聞かないほうがいいと思い、黙ってキッドさんの後をついて行く。
食堂の一番奥の一角が広く取られていてテーブルが一つ置いてあった。
そこには入れ墨冒険者のフレデリコと紫悪魔のアザルが座っていた。
二人とも既に夕食を食べ終えていて、今は食後の休憩をしているようだ。
足をテーブルの上に投げ出し、フレデリコはくつろいでいる。
しかし剣だけは腰から外しては居なかった。
鋭い視線で俺を睨みつつ、グラスに入った飲み物を飲んでいる。
気にしても仕方がないので極力目を合わせないようにした。
テーブルの上には山盛りの白パンが籠に入って置いてある。
二人の冒険者の前には食べかけの分厚いステーキ肉の皿が、そして具沢山のシチューの深皿が置いてあった。
フレデリコが飲んでいたのはぶどう酒のようだ。
テーブルにはぶどう酒の入った瓶が置いてあり、真っ赤な液体を美味しそうにフレデリコは飲んでいた。
いくら警備隊の冒険者が優遇されているからと言って、木こりたちとあまりにも格差があるのではないだろうか。
「どうした、なにか不満でもあるのか?」
知らず識らずの内に眉間にしわが寄っていたようだ。
俺の表情を敏感に読み取ったキッドさんが聞いてきた。
「あ、いえ、木こりの従業員とあまりに食事の格差があるなと思ったんですよ」
正直に答える。
「はっ! 何だおめえ知らねえのか? そこにいる木こり共は犯罪奴隷なんだぜ。みんな元は盗賊や山賊、人殺し共なんだ。妙な仏心をだすんじゃねえぜ!」
顔を真赤にして酔っ払ったフレデリコが、大きな声で俺の疑問に答えた。
「フレデリコ、あまり騒ぐな。お前は酒を控えたほうがいいな」
キッドさんがしかめっ面をして、ぶどう酒の入った瓶を取り上げようとした。
その動きに素早く反応したフレデリコは、先にぶどう酒の瓶を取り上げキッドさんから隠す。
「ボス! おとなしくするから取り上げねえでくれよ!」
情けない声を出してフレデリコが懇願する。
「今日はもう部屋に戻れ、そのぶどう酒を持っていっていいから部屋で大人しくしていろ」
キッドさんがフレデリコに退出をうながす。
「へいへい、うちのボスは厳しいぜ!」
フレデリコは大事そうにぶどう酒を抱えると、つまみの代わりに食べかけのステーキ皿を抱えて二階の自室へ消えて行った。
アザルも無言で立ち上がるとフレデリコを追って二階へ消えて行く。
フレデリコやアザルはキッドさんに逆らえないらしい。
キッドさんは冒険者達をうまく統率しているみたいだな。
二人が居なくなったテーブルにキッドさんやヘザーさん、ジェシカちゃんが座る。
俺もキッドさんの前の椅子に慌てて座った。
「お父さん! あいつら少し不真面目すぎよ、クビにしたほうがいいんじゃない!?」
ジェシカちゃんが不満げに言い放つ。
「まあそう言うな、フレデリコたちも戦力としては申し分ないんだ。彼らが抜けたら休日が無くなってしまうぞ、それでもいいのか?」
「げっ、それはやだな。前言撤回、我慢するわ」
急に意見を変えておとなしくなるジェシカちゃん。
ヘザーさんは面白そうに笑いながら親子の会話を聞いていた。
「おまちどおさま! 今日もお疲れさまでした。たくさん食べてくださいね」
仲の良い親子の会話を聞いていると、クリスティーナさんが夕食を運んできた。
あっという間にフレデリコたちが残した皿が片付けられ、熱々のステーキ肉が俺の目の前に置かれる。
香草で香りがつけられた表面カリカリの分厚いステーキ。
思わず生唾を飲み込んでしまった。
「ユウヤさんもいっぱい食べてね、明日からバリバリ働いてもらうんだから、遠慮は無用よ」
笑顔でシチューを深皿によそって俺の前に置いてくれる。
「ありがとうございます。いただきます」
クリスティーナさんにお礼を言う。
全員に配膳が終わった所でジェシカちゃんが食前の祈りを始めた。
「イシリス様、今日も一日無事に終わりました。温かい食事をありがとうございます」
周りを見渡すとキッドさんやヘザーさんも目を閉じて祈りを捧げている。
俺も慌ててみんなの真似をして祈りを捧げた。
(この世界では女神教が浸透しているみたいだな。俺もイシリスさんに感謝しよう)
たっぷりと祈りを捧げ、夕食を食べ始める。
ステーキ肉は中が丁度よく火が通っていて、柔らかくとても美味しい。
シチューも野菜から出汁がよく出ていて、香草で香り付けされていて美味だった。
特に白パンがうまい。
焼きたてで表面がパリッとしている。
中はふわふわで何個でも食べられそうだ。
夢中で肉にかぶりつきパンをかじる。
シチューもお代わりしてしまった。
クリスティーナさんの料理は絶品だ。
腹いっぱい食べ終えた後は、食休みをしながら明日からの仕事のことを詳しく聞くことになった。
「仕事のことを話す前に、この伐採所のことを説明しておこう」
食後のお茶を飲みながらキッドさんが話し始めた。
キッドさんは美味しそうにメンドル茶を飲んでいる。
(あんなにまずいお茶をよく普通の顔をして飲めるな。あれ!? ヘザーさんやジェシカちゃんまで美味しそうに飲んでいるぞ! みんな味覚障害なのかな)
ヘザーさんやジェシカちゃんは自室に戻らず、一緒にキッドさんの話を聞くようだ。
今はくつろいでお茶を飲みながらこちらの様子をうかがっていた。
「さっきフレデリコが言ったことは全て本当のことだ。ここは王国の凶悪犯罪者収容所のひとつなんだ。木こり達は奴隷の首輪をはめられて感情を抑制されている。命令には逆らえないようになっているから心配しなくていいぞ」
木こりたちから生気を感じられなかったのは理由があったようだ。
(異世界には奴隷制度があったのか、やはり厳しい世界なのだな)
「さて、明日からの仕事のことを話そう。この伐採所での俺達の仕事は、木こり達の管理と危険動物や魔物の排除だ。元々は俺とジェシカそしてヘザーの三人で警備していた。さらにフレデリコとアザルの二人が一年前に加わり、合計で五人で切り盛りしている。明日からはユウヤを入れて六人体制で活動することになる。みんなよろしく頼むな」
キッドさんは早速仕事の内容を話し始めた。
「この頃のことなんだが、ゴブリンが妙に増加してきているんだ。森の何処かに、ある程度大きなゴブリンの巣がある可能性が高い。そのためにユウヤを臨時で雇い入れた。巣を駆除するまでの期限付きだがよろしく頼む」
キッドさんは今回の募集の理由を丁寧に説明してくれた。
「隊では二人一組で活動する。フレデリコとアザル組、ヘザーとジェシカ組で現在活動している。ユウヤは見習いなので俺と組んで一から仕事を教える予定だ」
(なるほど、戦力を平均化しているのだな、キッドさんは俺の教官というわけか)
「五日働いて一日休日、見習い期間中は五日を一単位にして報酬を払う。直接支払いじゃなくてギルドから報酬を受け取ってくれ」
「わかりました。よろしくおねがいします」
概ねギルドで聞いた待遇と同じようだ。
俺は三人に向かって深く頭を下げた。
「よろしくね」
「よろしく!」
ヘザーさんとジェシカちゃんも笑顔で答えてくれた。
「ユウヤは俺たちになにか聞きたいことはあるか? 疑問に思ったことはなんでも聞いてくれていいぞ」
キッドさんが聞いてくる。
俺は少し考えた後、今日の昼に起こったことを聞いた。
「じゃあ一つだけ、実は今日の昼、ここへ来る途中にゴブリンと戦闘になったんです。森の北側にもゴブリンはよく出没するのですか?」
俺が話し始めると、今まで和気あいあいとしていた雰囲気が、ガラリと変わって空気が張り詰めた。
「北の方面に出没するなんてめずらしいね、何匹出たんだい?」
ヘザーさんが身を乗り出して聞いてくる。
ジェシカちゃんも眉間にしわを寄せてこちらを見る。
「三匹ですよ」
俺の報告に三人がさらに深刻そうな顔をした。
「ユウヤ、その話もう少し詳しく聞かせてくれ」
キッドさんが低い声で俺に聞いてきた。
いつの間にか木こり達は食堂から居なくなっていた。
食堂には俺達四人だけしか居なかった。