18.顔合わせ
小道の坂を登って事務所のある広場に戻ってきた。
夕日が建物を照らし空は茜色に染まっている。
広場に通ずる小道から木こりの従業員たちが重い足取りで戻ってきていた。
肩に大きな斧を担いでいる木こりたち。
疲れた表情であまり生気を感じ取れなかった。
「あ! ユウヤさん! こっちに来てください!」
クリスティーナさんが事務所の前で手を振っている。
彼女の横には大男が立っていて、こちらを値踏みするように凝視していた。
「わかりました、今行きます!」
俺も手を振って答える。
足早に近づくとクリスティーナさんが大男を紹介してきた。
「ユウヤさん、この人が冒険者達をまとめているキッドさんよ。あなたのボスになる人だからよろしくね。後は二人で話し合ってね、私お料理を作っていて忙しいのよ」
クリスティーナさんは冒険者風の男を指し示しながら説明する。
言いたいことを言い終えたクリスティーナさんは、事務所の中へ消えていった。
「はじめましてユウヤ・サトウと言います。冒険者になりたてですがよろしくお願いします」
頭を下げて自己紹介をする。
一人前の冒険者ではない俺は、目の前の冒険者に気に入られなければいけないだろう。
実力が物を言う冒険者社会、早く一人前になりたいものだ。
「なかなか礼儀正しいな、俺はキッド・マッコーウェルだ。伐採所警備隊の隊長をしている。とは言っても五人だけの小さな隊だがな。今はユウヤを入れて全部で六名、ちょうど人手が足りなかったんだ。歓迎するよ、よろしくな」
キッドさんが右手を差し出してきた。
「分からない事だらけですけど、がんばります」
俺も右手を出してしっかりと握手をする。
キッドさんの手は分厚く大きくて豆だらけだった。
歴戦の冒険者という風格に気後れをしてしまう。
キッドさんの装備は大したもので、革鎧を着込み、金属製の胸当てで強化していた。
腰には高価そうな幅広の長剣が挿してある。
全体的に動きやすい格好をしていて機動力重視の装備だろう。
顔には大きく斜めに切られた古傷があり、凄みのある風貌だった。
「そう固くなるな、誰でも始めはうまくいかないんだ。しっかり鍛えてやるから覚悟しろよ」
白い歯を出してキッドさんは笑う。
俺も釣られて笑ったが、圧倒されてしまい引きつった笑いになった。
(この人強いな、握手しただけでわかったよ……)
素人の俺でもキッドさんの強さがわかった。
なぜわかったかと言われても説明しづらいが、あえて言うならオーラが出ているのだ。
思わすキッドさんを凝視してしまう。
[名前……キッド・マッコーウェル 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ゴールド タイプ……剣士 スキル……『剣人』『剣圧』『収納』『身体能力向上』]
思いがけずステータスを覗き見てしまった。
ギルドランクがゴールド、やはり只者ではなかった。
(俺の知らないスキルがあるな)
『収納』はいいとして『剣人』や『剣圧』、そして『身体能力向上』というスキルは何なのだろう。
『剣人は、剣の道を極め始めた人物に発現するスキルです』
『剣圧は、瞬間的に攻撃力をアップするスキルです』
『身体能力向上は、基礎体力を大幅に強化するスキルです』
イシリスさんの声で説明が入る。
キッドさんは剣に特化して鍛え上げた戦士のようだな、タイプが剣士になっているのも納得だ。
一つのことを磨き上げるタイプの人は真面目な人が多い気がする。
いい人そうだからなんとかやっていけそうだ。
「ん? どうしたユウヤ。俺の顔に何か付いているか?」
あまりに長くキッドさんを見ていたので不審に思われたようだ。
「いえ、なんでもありません。よろしくお願いします」
慌ててごまかす。
あまり露骨にステータスを見るのはやめたほうがいいな。
「そろそろ冒険者たちが戻ってくる頃だな。根はいい奴らだが、癖のある奴もいる。なめられないように気をつけろよ」
キッドさんが注意してくる。
俺はキッドさんの不穏な言動に一抹の不安を覚えてしまった。
少し待っていると木こりの集団がまた森から現れた。
こちらもみな疲れ切っていて足取りは重い。
先頭には冒険者風の男二人が歩いている。
どこかで見たことのある風貌で嫌な予感がした。
「おい! フレデリコ、アザル! 新人が入隊したぞ、こっちに来い!」
キッドさんが大声を上げる。
名前を呼ばれた二人は重い足取りで近づいてきた。
二人の容姿を見て俺は驚いていた。
冒険者たちは今朝ギルド前で絡んできた、ごろつき冒険者だったのだ。
「ありゃ! おめえは今朝ギルドに居たひよっこ冒険者じゃねえか? なんでここにいるんだ?」
スキンヘッドで顔中入れ墨を入れた男が、俺を指差して叫ぶ。
紫色の顔をしたデモン族の冒険者もあからさまに嫌そうな顔をした。
「何だお前たち知り合いなのか?」
キッドさんが俺とごろつきたちの顔を交互に見ながら質問してくる。
「知り合いじゃないっすよ。非番明けでギルドに寄った時、ちょっとからかってやったんです」
悪びれもせずフレデリコが説明する。
「非番だったからって羽目を外すなよ。ギルド組合員と揉め事を起こしたらクビだからな」
キッドさんが怖い顔をする。
「わかってますよ、ちょっとしたスキンシップですよ。おい新人! 足手まといだけにはなるなよ! 巻き込まれて死にたくねえからな!」
俺を睨みつけながらフレデリコが言い放つ。
「ユウヤといいます。お世話になります」
一応お辞儀をする。
半人前は辛いな。
「キッドさん、俺ら腹減ってんだ、もういいだろ?」
今まで黙っていたアザルがキッドさんに確認する。
「まあいいだろう、行っていいぞ」
「やったぜ! 今日は何が出るかな!」
フレデリコが言い放ち事務所に入っていく。
その後をアザルがゆっくりと追っていった。
隊員は俺を入れて六人とキッドさんは言っていた。
後二人隊員が戻ってきていないな。
キッドさんと雑談をしつつ残りの隊員を待つ。
程なくして森の中から木こりたちを先導した隊員たちが戻ってきた。
「ヘザー、ジェシカ、ちょっとこっちに来てくれ!」
ようやく姿を表した隊員をキッドさんが呼ぶ。
二人組の隊員は軽い足取りで近づいてきた。
「誰だい? 見た所冒険者みたいだけど」
「お父さん! もしかして新人の隊員じゃないの!?」
「ああ、今日から臨時で入隊するユウヤだ、初心者冒険者らしいから色々教えてやってくれ」
キッドさんが俺を紹介する。
「ユウヤです。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする。
「随分お行儀のいい冒険者だね、ヘザーだよ、よろしく頼むよ」
「私ジェシカよ! よろしくね!」
少し驚いたが、二人とも女性の冒険者だった。
[名前……ヘザー・オリーブリー 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……シルバー タイプ……戦士 スキル……『剣技』『俊足』]
[名前……ジェシカ・マッコーウェル 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ブロンズ タイプ……戦士 スキル……『剣技』]
『心理の魔眼』で素早く確認する。
だんだんコツを覚えてきて、一瞬でステータスを確認できるようになってきた。
ヘザーさんは背が高くガッチリとした戦士風の女性。
髪が長くてゆるくウエーブしていて赤毛だった。
顔つきは美人だが、化粧っ気のない容姿は女性としてだいぶ損をしていた。
もっとも、冒険者には女性らしさはいらないのだろう。
身のこなしは卒がなく、彼女もベテラン冒険者だと推測できた。
ジェシカさんはかなり若い女の子だ。
キッドさんをお父さんと言っていたが、名前がマッコーウェルとなっているので実の親子なのだろう。
十代半ばの元気な女の子、金髪を後ろでひとまとめにしている。
キッドさんは強面なのに、とても可愛らしい顔をしていて、将来美人になること間違い無しの容姿だ。
二人とも装備は革鎧、ところどころ金属のプレートで補強していた。
俺の装備よりも数段防御力が高くてうらやましい。
「よし、ユウヤ、夕飯にするぞ。クリスティーナの飯はうまいから期待していいぞ」
顔合わせが終わったのでみんなで事務所に入る。
事務所の奥に進むと大きな食堂があった。
なんとか一日が終わりそうだ。
無事だったとはいい難いが、仕事にもありつけたことだし良しとしようか。