16.予想以上だった
ゴブリンとの戦闘に辛くも勝利した俺は、周囲を警戒しつつ伐採所へと向かうのだった。
森の中は相変わらず薄暗くて気味が悪かった。
まだゴブリンの残党が残っていて襲ってくるのではないかと思い、油断せずに周囲を警戒する。
先程の戦闘は不覚にも先手を取られてしまった。
やはり盾を構えて防御を固めながら進まなければ無謀だったということだ。
わずか一戦の戦闘からいろいろなことがわかったが、下手をしたら死んでいただろう。
ギルドの教官が言っていた「半年以内に新人冒険者の半数が死ぬ」という言葉が身にしみて理解できた。
神経をすり減らしながら森を歩いていくと、遠くから木を切る斧の音が聞こえて来た。
音から察するに『ファーガソン森林組合』の直ぐ側まで近づいてきたらしい。
まだ木々に阻まれて建物などは見えないが、じきに伐採所が見えてくるはずだ。
それから五分後、道の先に開けた空間が見えてきた。
切り株が点在する広い空間。
そのど真ん中には、丸太で作られた背の高い大きな建物があった。
頑丈な建物はかなり大きく、相当数の人数が収容できそうだ。
『ファーガソン森林組合』
広場の入口にボロボロの看板が見えてきた。
白いペンキで塗られていたようだが、あまり手入れをされていないようで、ところどころ文字もかすれて朽ちかけている。
伐採所にはまだ人影が見えない。
先程聞こえていた木を切る斧の音は、さらに奥の森から聞こえていた。
(しかし、人工物が目の前に現れるとホッとするものだな)
慎重だった足取りもこころなしか軽くなり、足早に建物に近づいていって、窓から中を覗いた。
中は薄暗くてよくわからないが、人が動いている気配がする。
嬉しくなって扉に近づき、大きくノックをしながら話しかけた。
「すみません! 森林警備の助手の仕事に応募するため街から来ました! 誰かいませんか!?」
「はいはい! 今行きますよ!」
奥からバタバタと足音がしてきて明るい声が聞こえてきた。
すぐに扉が開いて声の人物が顔を見せる。
「こんにちは、ギルドから来ました。ユウヤ・サトウといいます。森林警備の助手を募集してると聞いたのでやってきました。雇ってもらえませんか?」
丁寧にお辞儀をして要件を伝える。
「ご丁寧にどうも、私はクリスティーナといいます。丁度人手が足りなかったのよね! さあ中にお入りくださいな!」
応対してくれたのは若い女性だった。
口調からとても活発な印象を受ける。
耳が尖っていて細身の体つき。
背がスラリと高くてかなりの美形だった。
(もしかしたらエルフ族なのかな、だとしたら俺より年上の可能性もあるな)
エルフ族は森を愛する種族だ。
人間族に比べて長命で菜食主義者が多い。
見た目で年齢を判断してはいけない種族の代表格だった。
「ではお邪魔します」
遠慮がちに答えてから建物の中に入っていく。
一階全てがワンフロアで事務所のようだが、奥に通ずる扉もあるので、もしかしたら他に部屋があるかもしれない。
木の机が奥に並んでおり、手前にはソファーが備え付けてあった。
見渡す限り木で出来ていて、とても居心地が良さそうな室内だ。
「どうぞ、ソファーにかけて待っていてください、今お茶を出しますからね」
クリスティーナさんは事務員なのだろうか。
男の人が見当たらない、というよりクリスティーナさんしか広い事務所に居なかった。
「はいどうぞ、メンドル茶ですよ。香りが独特だけれど美味しいわよ」
クリスティーナさんは木のマグカップに変わった香りのお茶を入れて俺に差し出した。
香りは独特で、雑草をすり潰して花の香りを足したような代物だった。
飲んでみた感想は、味は無く嫌な匂いのするただのお湯みたいだ。
正直美味しくないので一口飲んだ後はそのままテーブルに置いてしまった。
「あら? お口に合わなかったかしら?」
クリスティーナさんはまゆを八の字にして落ち込んでしまった。
「い、いえ、俺実は猫舌なんですよ。熱いもの飲めないんです」
とっさに嘘をついてしまう。
美人さんが悲しんでいるのは忍びない。
「そうなの? 良かったわ美味しくないのかと思ったの」
俺の言い訳にぱっと花が咲いたような笑顔になる。
美人さんの機嫌が戻り、胸をなでおろした。
(これはなんとかしてお茶を飲み干さなくてはいけなくなったぞ)
目の前の濁った泥水のようなお茶を睨みながら困ってしまう。
「では少し仕事の説明をしますね。その前に少し確認させて下さい」
メンドル茶とにらめっこしている俺をよそに、クリスティーナさんはいきなり話し始めた。
「初めにギルドカードを拝見させてくださいね」
「わかりました」
右手を差し出し『無限収納』からギルドカードを取り出す。
「まあ! ユウヤさんは『収納』持ちなんですか? とっても優秀なのですね!」
『収納』のスキル持ちは異世界で重宝される。
もちろん女性にも大人気だろう。
優秀な男性がモテるのは異世界でも同じことだった。
日本に居た頃は特にモテた記憶はないが、この異世界ではどうなのだろう。
『無限収納』は相当なレアスキルだろうからモテモテになれるかな?
クリスティーナさんにギルドカードを渡し、確認をとってもらう。
当然だが本物のカードなので俺の身分が証明されてすぐにカードは返ってきた。
「仕事の方ですが、伐採所周辺に出没する危険な動物や魔物を駆除してもらいます。元々三人の冒険者さんが警備の仕事をしているのですが、ゴブリンの増加に合わせて臨時に募集をかけたのですよ。近々大規模な掃討作戦をしてもらおうと思っています」
クリスティーナさんは仕事の説明を始めた。
もしかして採用なのだろうか?
「あの……、俺は採用してもらえたんですか?」
話がどんどん進んでいくので、思い切って聞いてみた。
「え? ああ、ごめんなさい! ユウヤさんは採用ですよ、今日から住み込みで働いてください。夕方に他の冒険者さんが戻ってきますので、その方たちの指示で動いてもらいます。詳しいことは冒険者さんたちと決めて下さいね」
にっこりと笑ってクリスティーナさんの面接は終了した。
あっさりと採用されてしまいあっけにとられる。
面接なんてしていないのと同じだ、ギルドカードを見ただけなのに大丈夫なのだろうか?
仕事が決まったのは喜ばしいことなのだが、他人事ながら心配になってしまう。
俺が悪い人間だったらどうするつもりなのだろう。
俺の心配を他所に、にこにこ顔のクリスティーナさんは、「私は仕事があるので夕方まで自由にしていてください」と言い残して奥へ消えていった。
一人だだっ広い事務所にポツンと取り残される。
冷めたメンドル茶がテーブルにあるので、スキを見計らって『無限収納』の中にしまってしまった。
脳裏に『無限収納』の中のリストが浮かんでくる。
・私物が入った袋
・日用品の入った袋
・財布
・ゴブリンの耳…… 六枚
・ゴブリンの魔石…… 三個
・古びた槍
・なまくらな短剣
・壊れた弓矢
・飲みかけのメンドル茶
スーツや革靴、スマートフォンなどはひとまとめにして入れておいた。
どうせ使うことがないものなので、思い出に取っておくだけなのだ。
日用品も同様に細々したものをまとめて袋に入れた。
リストがごちゃっとしているのは気持ちが悪いからな。
後は先程の戦闘で獲得してた戦利品だ。
正直武器は処分しようと思う。
ゴブリンの使っていた武器の性能なんて、たかが知れているからな。
『無限収納』の確認を終え、ソファーでくつろいでいると、クリスティーナさんが奥から戻ってきた。
「ユウヤさん、私大事なことを忘れていました。あなたを今日から泊まる部屋に案内しなければいけませんね」
クリスティーナさんはドジっ子なのだろうか。
ろくな説明もなく放置されてしまったので不思議に思っていたが、ただ単に忘れていただけのようだ。
彼女に案内されて建物の二階へ上がっていく。
階段も木でできていて硬いブーツがごつごつと音を立てていた。
「この部屋がユウヤさんの部屋です。少々狭いですが我慢してくださいね」
一番奥の角部屋に俺は通された。
部屋の扉は粗末な引き戸だが別段気にするほどでもない。
(角部屋なんて待遇いいじゃないか。都会住みだった俺には狭い部屋なんて問題ないぞ)
狭い部屋には慣れている。
東京近郊の家賃の高さをなめるな!
余裕で扉を開いて中を覗き込んだ。
そして部屋の様子を見て俺は固まってしまった。
広さは畳一畳ちょうど位だろうか、天井こそ普通の高さだが、何もない狭い空間がそこにあった。
角部屋なので二方向の壁には窓が空いている。
しかし窓ガラスなどはまっていなくて、木戸がつっかえ棒で開かれているだけだった。
おまけにその窓は首がかろうじて出せるくらいの小さな物だった。
(少々狭いなんてレベルじゃないぞ……。さすがにこれはひどすぎるのじゃないかな?)
「あ、あの……、ここは物置ではないのですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「まあ、物置と言えば物置ですが、今日からここはユウヤさんのお部屋です。伐採作業員は雑魚寝なのですから、これでも優遇されているのですよ」
クリスティーナさんは困った顔をして苦笑いをしている。
部屋が狭いことはわかっているようだな。
「そうですか……、ありがとうございます」
狭くてもどうにか眠るスペースはあるようだから贅沢を言っては駄目だ。
住めば都、カプセルホテルにでも泊まっていると思えば、少しは気がまぎれるかな。
自分に言い聞かせて無理やり納得した。
街を離れ深い森の中へ来てみれば、待遇はあまりよろしくなかった。
せめて冒険者の先輩たちがいい人であることを祈るばかりだった。