10.宿屋
カウンターへ戻ってクエストの相談をすることにした。
トリシアさんを探したが、何処かへ行ってしまい姿が見当たらない。
仕方がないので他の受付嬢に声を掛けた。
「すみません、クエストについて聞きたいのですが」
「こんにちは、担当のダイアナです。どのクエストについて知りたいのですか?」
ダイアナさんというのか、こちらの受付嬢も美人さんだ。
丁寧な言葉づかいで好感が持てるな。
「ユウヤと言います。今日から冒険者になりました。勝手がよくわからなくていまいち決めかねているのですが、森林警備の助手のクエストが気になっています」
「森林警備の助手のクエストでしたらおすすめできますよ。場所は街の直ぐ南の森です。依頼主は『ファーガソン森林組合』ですね。森の中に伐採所がありますよ。警備の方はベテラン冒険者が担当します。森林狼や熊などの野生生物を追い払うお仕事です。ユウヤさんはベテラン冒険者達の指示に従ってくれていればいいですよ」
「そうですか、それで報酬の方はどのくらいですか?」
「少々お待ち下さい」
ダイアナさんは帳簿のようなものをめくり、何かを探し始めた。
「ええと……、ありました。依頼書には一日銀貨三枚となっていますね。宿泊施設有り、食事は賄い食が出るとのことです。しかし怪我をしても治療費は出ないようですね。五日を一括として報酬を支払うようです」
(なるほど、五日で銀貨一五枚、一見賃金が高いように見えるが、怪我をしたら赤字になるかも知れないな。しかし俺には回復のスキルがあるから、そこは大丈夫かもしれない)
「このクエスト受けようと思います。くわしい場所を教えてもらえませんか?」
「かしこまりました。ギルドを出て街の南門から外へ出ます。道なりに進んでいくと森がありますのですぐわかりますよ。時間にして片道一時間ほどです。夜になると街の門が閉まりますのでお気をつけください」
丁寧に場所と注意事項を教えてくれる。
「南の森も安全な場所ではないので、出来れば単独で向かわないほうがいいかも知れません。極稀にですがゴブリンなどが出没する可能性もありますからね。街で森林組合員の方を見つけて一緒に行くことをおすすめしますよ。ではこれをお持ちくださいね」
ダイアナさんはギルドの印の入った紙を俺に渡してきた。
「そうなのですか、なるべく組合の人を見つけてみますよ」
軽く返事をしながら紙を受け取る。
この紙にサインを貰えばクエスト達成になるようだ。
「それと薬草採取もしたいのですが、薬草の見本などありますか?」
俺は薬草を見たことがないので、どの草を取ってくればいいかわからないのだ。
「はい、この草ですよ。根ごと掘り起こして十本ずつ束ねてください。しおれてしまっても構わないので、街へ戻ってきたときに持ってきてもらえれば構いませんよ」
見本の薬草を俺に見せ丁寧に説明してくれる。
一本薬草を抜き出してサンプルとして俺にくれた。
「ありがとうございます。では行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、気を付けてくださいね」
ダイアナさんは深々と礼をして俺を送り出してくれた。
ー・ー・ー・ー・ー
ギルドを出て大通りを広場に向かう。
食料調達と雑貨を買いに行くためだ。
広場の屋台で適当に出来合いのものを買った。
もちろん串焼き肉は大量に買った。
馴染みになった屋台の店主に雑貨を買える店を聞く。
広場から更に北に向かうと青空市があると教えてもらった。
青空市へ移動して身の回りの物を買い込んでいく。
タオルや手桶、寝袋やカンテラなど一通り雑貨を買い、すべてを『無限収納』へ入れていく。
本来ならば抱えきれないほどの荷物が、全て『無限収納』に入ってしまった。
これだけでもかなり冒険しやすいのではないだろうか。
本当にスキルを選んでもらったイシリスさんには頭が上がらないな。
当面必要な物の買い物は無事完了した。
時刻は三時過ぎだ。
今から南の森へ向かうと迷わなくても四時過ぎてしまう。
万が一雇ってもらえなかった場合、帰ってくる頃には街の門がしまってしまうだろう。
今日のところはおとなしく宿泊して、あした朝一で南の森へ向かうことにした。
薬草でも採取しながらゆっくりと行けばいいじゃないか。
そうと決まれば宿屋へ向かおうと思う。
この街には宿屋は数軒あるそうだ。
街の主要な施設に関しては、先程屋台の主人にある程度聞いていたのだ。
高級な宿屋や普通の宿屋、さらにスラム街にも一軒あるらしい。
今日のところは高級な宿屋に泊まることにする。
異世界に来て最初の夜は牢屋だったのだ。
今日一晩ぐらい贅沢したっていいじゃないか。
意気揚々と中央広場を横切り大通りへ戻ってくる。
ギルドを過ぎて南へ向かい、丁度南門の直ぐ側まで来る。
そこには立派な建物が建っていた。
今日泊まる予定の高級旅館、『春風の囁き亭』だ。
四階建ての白壁の建築物で、建物の外から見ても高級感が漂っている。
見上げると大きな窓があり、とても居心地が良さそうな宿だった。
店の前には呼び込みの店員がいて、盛んに旅人に声を掛けていた。
そろそろ四時になろうとしているので、これからが書き入れ時なのだろう。
「いらっしゃいませ旦那様! 当店は清潔な室内、各部屋に風呂が完備してある大満足の宿ですよ!」
宿の外観を眺めていたら呼び込みの店員に声を掛けられた。
「良さそうな宿ですね、一泊いくら位ですか?」
「はい、一泊銀貨二枚からになっておりますよ。割高だと思われるかも知れませんが、間違いなく満足してもらえます。どうですか、お泊りになりませんか?」
呼び込みの店員は慣れた様子で俺を勧誘してくる。
「じゃあ、泊まってみようかな」
初めから逗留するつもりだった俺は、呼び込みの店員に返事をする。
「ありがとうございます! お客様一名様ご案内です!」
宿の中まで聞こえるほどの大きな声で呼び込みの店員は叫ぶ。
店内からも活気の良い返事が返ってきた。
呼び込みの店員は丁寧に扉を開け、俺を中へ案内する。
「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」
扉をくぐると威勢のよい掛け声とともに店員が素早く近づいてきた。
「ようこそおいでくださいました。さあこちらへお越しください」
ベテランの店員なのだろう、卒のない動きで俺をカウンターへ案内してくれた。
宿帳に名前を書き、前払いで銀貨二枚を支払う。
ベテラン店員は俺を部屋へ案内するために階段の方へ移動する。
「お客様こちらですよ。足元にお気をつけください」
宿の中は多少明るいが、日本の店のような明るさではない。
『カラム&ブライアン武装店』の室内が特別明るかっただけのようだ。
あの魔導シャンデリアはかなり高価なものなのだろうな。
高級宿屋でこの程度なのだから、庶民の暮らしは質素なのかも知れない。
俺は今日だけの贅沢を満喫するため、余計なことを考えずにベテラン店員の後をついて行くのだった。
俺が通された部屋は二階の一番奥、角部屋で眺めの良い部屋だった。
四階建ての建物なので、上の階の部屋は宿代がもっと高いのだろう。
部屋の広さは八畳ほどで、ベッドにテーブルと椅子、小机やタンスまで付いていた。
なかなか広い部屋に感心してしまう。
異世界の宿屋と言えば狭い室内に粗末なベッドがあるだけと言うような印象があったのだ。
俺の勝手な思い込みだったのだが、そもそも高級宿を歌っているのだから豪華なのも当たり前だな。
「お客様、こちらのドアの向こうにはお風呂が備え付けてありますよ。いつでも温かいお湯が出ますからぜひ使ってください」
ベテラン店員は部屋の設備を説明した後、深々と一礼して部屋を出ていった。
部屋のテーブルの上には燭台が設置してあり、ろうそくの炎が灯っていた。
窓の外はまだ明るく、いびつなガラスがはまっている窓から午後の日差しが入ってきていた。
俺は装備を慣れない手つきで外し、身軽になると風呂場を覗いた。
(おお、結構ちゃんとしているじゃないか)
二畳ほどの空間に湯船がポツンと置いてある。
壁に備え付けてあるボタンを押せば、お湯がパイプから湯船に注がれる仕組みのようだ。
早速裸になると備え付けの布を片手に風呂場に入って行った。
湯船にお湯を張りゆっくりと体を横たえる。
一日の疲れが溶けて無くなっていくのが感じられた。
(異世界でもお風呂があるなんて嬉しいな……、昨日からいろいろなことがありすぎて疲れていたからな)
穏やかな気持になり落ち着いて物事を考えられるようになった。
(そうだ、ステータスを詳しく調べてみよう)
俺は中途半端だったステータスチェックを、湯船に浸かりながらゆっくりと行うことにした。