4 初めてのエスコート
両家の顔合わせから少し経った後、俺とオリーヴ嬢は夜会に出席することになった。
初めてオリーヴ嬢をエスコートするのだ。正直、気が重い。主に罪悪感で。
人違いで婚約をして、おそらくこのまま結婚することになるのである。よくよく考えてみれば、オリーヴ嬢に対して、非常に失礼な話ではないか――
しかし俺は、謝罪して婚約を撤回する機をみすみす逃した。もう、後戻りは出来ない。俺は小さく溜め息を吐くと、我が家の馬車に乗り込み、オリーヴ嬢を迎えにベルモン伯爵家へと向かった。
ベルモン家に着くと、少し緊張した様子のオリーヴ嬢が俺を迎えてくれた。
「ルイゾン様、素敵なドレスをありがとうございました」
オリーヴ嬢は、つい先日俺が贈ったドレスを身に纏っていた。
「いや。時間が無くて既製品になってしまって、すまなかった。次回のドレスはちゃんと仕立てるから、許してほしい」
「そんな……私、このドレスをルイゾン様から頂いて、とても嬉しゅうございました」
「そうか。喜んでもらえたなら良かった」
今日のオリーヴ嬢は、もの凄く頑張ってお洒落をしている。女性のその辺りのことに疎い俺でも、さすがに気が付いた。真っ黒で量が多く重苦しい印象だった彼女の髪は、実に丁寧に凝った編み込みが為され、非常に艶やかに見える。アイメイクの所為だろうか? 以前会った時は”陰陰滅滅”といった雰囲気を醸し出していた黒い瞳は、やけに神秘的だ。
もしかして、俺の為に頑張ってくれたのだろうか?
初めて、婚約者として、俺がエスコートするから?
もし、そうだったら、嬉しい……かも知れない。
「今夜は一段と美しいね。他の男に見せたくなくなるな」
俺ってば、なんちゅうキザな事を!
「そんな……私なんて」
「『私なんて』は禁句だよ。そんな貴女に私が一目惚れしたという事を忘れないで欲しいな。貴女は私の愛しい婚約者だ。自信を持って。私のオリーヴ」
うわっ、呼び捨てにしちゃったよ――いっか、婚約者なんだし。うん、これからは「オリーヴ」と呼ぶぞ!
「はい。ルイゾン様」
「いい子だ、オリーヴ。さぁ、行こうか。私のお姫様」
だ・か・ら! キザ過ぎるだろ! 俺よ!
夜会の会場に向かう馬車の中で、俺とオリーヴは初めて二人きりで話をした。考えてみれば、最初に俺がベルモン家を訪ねた時も、両家の顔合わせをした時も、婚約した当の俺たちより周囲が盛り上がってしまい、俺とオリーヴはほんの少ししか会話していないのだ。
「――そう言えば、私の弟ロイクの婚約者のクラリス嬢と親しい間柄だそうだね」
「はい。母親どうしが学生時代からの親友でして、その縁で、クラリスと私と妹コラリーは小さい頃からずっと仲良くしております」
「そうなのか。貴女とクラリス嬢はこれから先、義理の姉妹になるのだし、気心が知れているのは良い事だな」
「はい。クラリスはいつもロイク様のことを惚気るのですよ。私も妹も当てられっ放しですわ」
「ロイクはクラリス嬢にメロメロだからな。アイツは本当に呆れるくらいクラリス嬢に惚れてるんだよ」
「まぁ、羨ましい」
オリーヴは何気ない調子でそう言った。
だが、オリーヴのその言葉を聞いて、俺の胸はズキリと痛んだ。
ロイクは心から婚約者を愛している。其れに引き替え俺は――
俺は最低だな。




