3 喜ぶ両親
俺の婚約が決まってからというもの、両親は上機嫌だ。
母が言う。
「ルイゾンったら、女性に取り囲まれるのがイヤだからって夜会にも行かなくなってしまうし、私たちが薦める見合い話にも全く乗り気ではないし、本当に心配していたのよ」
「……」
ナンも言えねぇ。まぁ、本当のことだ。
「なのに、久し振りに出席した夜会から帰って来たかと思ったら『一目惚れをした!』なんて言い出すからビックリしたわ」
「ハハハ。本当にな。その日のうちに私に『縁談をまとめてくれ』と頼んできたのには正直驚いたぞ。お前がそこまで女性に惚れ込むとはな」
父が愉快そうに笑う。
「はぁ……」
自分の両親にすら言えない。あれは「人違い」だったなんて……。
弟までが会話に加わって来た。
「あんな綺麗な女性が義姉上になって下さるなんて私も嬉しいです。まぁ、私の婚約者のクラリスの美しさには、さすがのオリーヴ嬢も敵いませんがね」
おいおい。オリーヴ嬢も随分と地味で冴えないが、お前の婚約者のクラリス嬢は”地味”を通り越して”貧相”だぞ――決して口には出来ないが。
「実はね……」
イタズラっぽく母が笑みを浮かべる。我が母ながらいつまでも若々しくて美しい。さすが元王女である。
「あまりにもルイゾンの婚約が決まらないから、この際、もしもルイゾンが望む女性が現れたら、どんなに爵位の低い家のお嬢さんでも、何なら平民の娘だって認める覚悟だったのよ」
「えぇーっ!?」
うちは公爵家! しかも俺は跡取り息子なのに!?
「そうだぞ、ルイゾン。その時は私の友人貴族に頼んでその娘を養女にしてもらった上で、改めて我が家の嫁として迎え入れる心積もりだったのだ」
父までが、大真面目にそう言う。
そんな算段までしてたのかよ?!
「うふふ。ところが蓋を開けてみれば、ルイゾンったらベルモン伯爵家の令嬢に一目惚れするんですもの。余計な心配をする必要なんて無かったのだわ」
ベルモン伯爵家は歴史のある由緒正しい家柄だ。平民の娘でも認めるつもりだったのなら、俺がオリーヴ嬢に惚れたと言い出した事は、両親にとってはそりゃあ嬉しい誤算だったろう。
「ベルモン伯爵家の令嬢なら、我がブロンディ公爵家に嫁入りするのに何の問題も無い。あれこれ先走って考える必要は無かったな。ワハハ」
父の言葉に、俺は、
「そうですね。ハハハ」
と、乾いた笑いを返すしかなかった。
外堀は完全に埋まっているようだ。埋めたのは他ならぬ俺自身だが――
俺がベルモン家を訪れて己の人違いに気付いた2週間後、両家の顔合わせが行われた。
俺の両親は、弟ロイクの婚約者クラリス嬢で免疫が出来ている所為か、オリーヴ嬢の地味でパッとしない容貌を見ても特に何も感じていない様子であった。
そんな事より跡継ぎの俺の婚約が調った喜びが大きいらしく、父も母も満面の笑みでオリーヴ嬢にいろいろと話しかける。オリーヴ嬢は公爵夫妻を相手に最初こそ緊張している様子だったが、俺の両親の非常に好意的な態度に徐々にリラックスしたようで、嬉しそうに応じていた。
顔合わせの席は、終始和やかな雰囲気であった。
両親は上機嫌で俺に言った。
「ルイゾンは見る目があるわね。賢くて落ち着いたお嬢さんじゃない。本当に嬉しいわ」
「うむ。オリーヴ嬢はしっかりしていて芯も強そうだ。彼女なら、将来、立派に公爵夫人の務めを果たせるだろう。安心したぞ」
もう、引き返せないよな……