11 「あーん」
俺はその日のうちにオリーヴの見舞いに行った。
俺を迎えてくれたオリーヴの右手は、小指に添え木がされ包帯できっちりと固定されていた。
「オリーヴ。クラリス嬢から事情は聞いた。大丈夫か? 痛むのか?」
「ルイゾン様、ご心配をお掛けして申し訳ございません。昨晩はさすがに痛みが強くて、痛み止めの薬もあまり効きませんでしたが、今日はずいぶんと和らぎましたわ」
「そうか。無理をしてはダメだぞ。当分はゆっくり休むんだ」
「はい」
コラリー嬢も交えて三人で話をした。姉を傷付けられたコラリー嬢は、俺と同じく怒り心頭で、オリーヴとクラリス嬢を取り囲んだ5人の令嬢の名前を書き付けたものを俺に渡してきた。
「姉とクラリスを囲んで言い掛かりを付けたのはこの5人でございます。我が家より格上の侯爵家令嬢アナベル様が主犯ですので、ベルモン家からは強く抗議が出来ません。ルイゾン様、ブロンディ公爵家の権力を思い切り使って、この5人の令嬢を完膚なきまでに叩き潰して下さいませ」
うゎ、美人が怒ると迫力があるな。だが、コラリー嬢に言われるまでもない。
「任せてくれ。私の婚約者に怪我を負わせた連中に、麦粒一つの慈悲さえ掛けるつもりはない。私を怒らせたらどうなるか、目に物見せてくれようぞ!」
「ルイゾン様、素敵です! 台詞が魔王みたいですわ!」
コラリー嬢がパチパチと手を叩き、俺をおだてる。
「魔王みたい? そーか、そーか。ワーッハッハッハ!」
「悪そうなお顔が頼もしいですわ! ぜひ、姉を傷付けた令嬢達を成敗して下さいませ!」
「任せとけ! ズタズタのギッチョギチョにしてやる!」
「さすがですわ! いよっ! 魔王様!」
悪い顔をして盛り上がる俺とコラリー嬢。
オリーヴは、やや呆れた表情で俺たちを見ていた。
その後、メイドがお茶とケーキを運んで来たのだが、利き手である右手を使えないオリーヴは、左手でフォークを持ち四苦八苦している。
「オリーヴ。ここに座って」
俺はポンポンと自分の膝を叩いた。
「は?」
「いいから私の膝に座って」
「え? イヤですわ」
「何で嫌なんだよ? 私がケーキを食べさせてあげるから、早く膝に乗るんだ」
俺はそう言うと、オリーヴを抱え上げて横向きに自分の膝の上に乗せた。
「ちょ、ちょっと、ルイゾン様。恥ずかしいですわ」
「気にするな」
「気にしますー! コラリーの前ですのよ!」
俺の膝から降りようとジタバタするオリーヴ。逃がさないよう、俺はがっちり彼女の腰を抱く。
テーブルを挟んで俺たちの向かい側に座っているコラリー嬢が、ニヤニヤしながら、
「あら、お姉様。私のことはお気になさらず」
と、言った。
「コラリー、助けて!」
「イヤです。ルイゾン様とイチャイチャなさいませ」
「裏切り者ー!」
「ほらほら。オリーヴ、諦めるんだ。はい、あーん」
俺は片手でオリーヴの腰を抱き、もう片方の手でフォークを持ってケーキをオリーヴの口に運ぼうとする。
「『あーん』って何ですか? 『あーん』って? ルイゾン様!?」
「右手が不自由だと食べ辛いだろう? 私が食べさせてあげる。ほら、あーんして」
「もうっ! ルイゾン様ったら!」
「お姉様。素直に食べさせて頂いたらよろしいでしょう?」
コラリー嬢よ。ナイスなアシストだ。
「そうだぞ、オリーヴ。左手でフォークを使うのは大変だろう? こういう時は素直に甘えるものだ。ほら、お口あーん」
「……」
ようやく観念したのか、オリーヴが口を開けてくれた。
「オリーヴ。あーん。うん、上手だ」
「……ルイゾン様のバカ」
俺の胸をポカッと叩くオリーヴ。何だ、この可愛らしさ!?
俺はひたすらケーキをオリーヴの口に運んだ。オリーヴは途中で開き直ったらしく、俺が「あーん」と声を掛けると「あーん」と応え始めた。
「オリーヴ、あーん」
「あーん」
「ほら、あーん」
「あーん」
そうしているうちに、最初はニヤニヤしながら俺とオリーヴを眺めていたコラリー嬢が、ついに限界に達したようだ。
「私、何やら胸やけがして参りましたので、失礼致します。ルイゾン様、どうぞごゆっくり」
コラリー嬢よ。⦅このバカップルめ!⦆と思っているんだろ? 顔に出てるぞ。




