ハロウィン 後日談
11月1日(金)
ウィルオウィスプ討伐から一夜明けた。
僕はまだ昨日の事が胸に残っていた。ウィルオウィスプが言ったこと。僕の家系が季魔と何か関係を持っている。
「よっ。昨日は何してたんだ?」
「言うようなことではないかな」
《ハロウィン》の魔を討伐してましたなんて言ったところで信じてもらえないだろうし季宮さんからも公言しないようにと言われた。
「それよりそっちはどうだった?補導されたりしなかったか?」
若者の暴走はよくあること。東京でなくとも駅前まで行けば何人かは警察のお世話になることだろう。
「そんなわけないだろ。きちんと法に従った行動をとってたさ」
「やっほ。皆大好き酒巳ちゃんの登場だよ」
普段より元気がない酒巳が登場した。何かあったのだろうか。
「昨日、お前含んで四人くらいにドタキャンくらってへこんでんだ。優しく接してやれ」
なるほど。
「昨日は何時まで駅前で遊んでたんだ?」
「警察から隠れながらやってたから深夜の一時半くらいだったかな」
「バリバリ補導対象じゃねえか」
「だってさー。少数でする事ってそれくらいしかなくない?」
いや、他にもたくさんあるだろ。
「それで雪野は昨日何してたの?私の誘いをドタキャンして」
「すみません、昨日は私に付き合ってもらってました」
いつの間にか子屋の背後をとっていた季宮さんが僕に代わって回答する。
「およ、季宮さん。ほほーなるほどな」
何がなるほどなんだ。
「ここは察してやろうぜ酒巳」
少し口の端が曲がった顔で酒巳を説得する子屋。その顔から察せられるのは勘違いしているであろうということ。
「えー。まあいいけどさ。あ、そうだ。次は季宮さんも誘うよ。大人数の方が何をしても楽しいしさ」
子屋の顔で色々察せられたのは僕だけではなかったようで酒巳も同じような顔になり話を続ける。
「はい、ありがとうございます」
「酒巳さーん。昨日はドタキャンしてごめんね。急に《ハロウィン》への熱が覚めたみたいになっちゃってさ」
酒巳を見つけたクラスメイトの女子が友達と会話していたのを中断してこちらに来て謝罪する。昨日ドタキャンした四人のうちの一人か。
季宮さんの方を見ると頷いていた。早くに討伐した影響のようだ。個人差があるのは元々持っていた《ハロウィン》への熱量の違いだろう。
「えー何それ。いいよいいよ。たまには少人数もよかったし。次は絶対に参加してよ」
「するする。それじゃあね」
「はぁ。いちいち謝ってこなくてもいいのに」
女子がもといた場所に戻ったのを確認して酒巳はため息をつく。
「というと?」
「ん、あぁ。別に意味はないよ。それよりもお二人はどういう関係なんですかー」
「聞くのな。まぁ俺も気になってたけどさ」
「さすがに一日でそこまではいかないだろうし、出会いから話してもらおうかな」
何本か針が刺さった気がする。出会ってすぐによくわからないのを協力して討伐したんだけど。
「えっ。えーとー」
季宮さんも目が泳いでる。その目が僕をとらえ、助けを求める。
「実は入学当時から。僕から声をかけたんだよ」
「意外、雪野はもうちょっと奥手だと思ってた」
「ほっとけ」
今でも奥手だよ。初対面に自分から声をかけるとかそれはたぶん人間を超越した何かだ。
「ほら、席につけお前ら」
先生、またタイミング悪いっす。
ーーーーー
昼食の時間になるといつもどこかに行ってしまう季宮さんは今日も例外に外れず教室を出ようとしていた、が酒巳によってそれは防がれた。
「季宮さーん。一緒にごはん食べよ」
「え、あ。はい」
話しかけられる事を予期していなかった季宮さんは酒巳のフレンドリーな圧によってあまり考えることなくこちらにつれてこられた。
「今日は早くに目覚めちゃってごはん、作りすぎちゃったんだー。季宮さんいつもどこか行くからごはん持ってきてないんじゃないかなって」
「いいんですか?」
「もち。むしろ食べてほしいくらいだよ」
なぜかこちらに確認の眼差しを向ける季宮さん。
「酒巳の料理の味は保証するよ」
「えー、何その言い方」
「まあまあ。んで、今日はいつも以上に作りすぎてるな酒巳。何か嫌な事でもあったのか?」
「何も」
即答だ。それに茶化す様子も見られない。本格的に何かあったようだ。深く詮索するのも迷惑だろうし気にしないことにしよう。
「んじゃ、俺ももらおっかな」
子屋が口に含んだのを確認して季宮さんも口にした。
「おいしい、です」
「よかった。もっと食べなよ」
僕は自分の所持物のみを食べることにする。あまり大食いではないのだ。
「ほら、雪野も食えって」
「や、のっけるなよ。しかもタレが米に」
子屋によってデミグラスのかかったハンバーグが僕の弁当にのせられる。ハンバーグから垂れるデミグラスが僕の弁当の米に侵食していく。
「タレがのった白飯もまたおいしいぞ」
「白飯は白くあれ」
そんなこんなで食べ終わり、話題は昨日の《ハロウィン》へと戻っていた。
「そういえば昨日の駅前はそこまで人で賑わってなかったよな。まあその分盛り上がってる奴は分かりやすい程ハイになってたけど」
「そうそう。私が体験してきた中でも一位二位を争うほどいなかったよねー。ドタキャンなんて初体験だよ」
ジロッとこちらを睨み付けられたので少し頭を下げる。
「お祭り族が減少したって訳でもなさそうだしどうしたんだろ。なーんか不完全燃焼って感じ」
「なんだったら俺の家で二次会でも開くか?」
「そういえば子屋は一人暮らしだっけ?」
「あぁ。この高校から家が離れててな。さすがに早起きしていくのも辛いから近場に住んでる。アパートだからあんまり騒がれると迷惑になるけどな」
それを聞いた酒巳は元気を取り戻したように立ち上がり大々的に宣言する。
「よし!今日は子屋の家で二次会、もといお泊まり会だ!明日は土曜だしちょうどいいや。異論は認めないぞー」
「おいおい。はぁ、わかったよ」
こうなった酒巳は止められない。それは入学時からの付き合いであれば自明の理だ。諦める方が早い。
「子屋はいいとして雪野は強制」
え。
「季宮さんはどう?今日は都合いい?」
「えっと。えー?」
また目が泳ぐ。季宮さんは意外にしっかりしていないらしい。
「さすがに急すぎるだろ」
「参加したいです」
「おっどこかの誰かとは違ってノリがいいね。それじゃあ放課後、ここの校門に集合。時間は」
「ノリが悪くてすみませんね」
「俺、部活あるから六時半ぐらいで」
子屋はサッカー部期待の新人(自称)だ。それに関わらずサッカー部は運動部の中でも厳しいと噂されているのでサボるのはもってのほかなのだろう。
「じゃあそれで。ふふ、今夜は寝かせないよー」
酒巳の目が光る。この発言は冗談ではなく本気だと察する。
「季宮さん。覚悟したほうがいいよ」
そんな僕の助言、と言うか警告に季宮さんの顔は不安の一色に染まっていた。
ーーーーー
時刻は午後の六時半。子屋以外のメンバーが校門に集う。
「季宮さんの私服、かっこいいなー。どこで買ったの?」
季宮さんは黒を基調としたシックな服装をしていた。僕はファッションには疎いため詳しくの説明は省略させてもらう。
「これはブランド品ではないです」
「まさか、自作?」
「はい。その方が買うよりも安くあがるので」
「えー。いいな、今度何か作ってよ。生地は買ってくるからさ」
「よろこんでお受けします」
と、ここまでの会話で僕の存在は空気と化していた。早く来てくれ、子屋。
「お待たせ、待った?」
僕の願いが届いたのか部活帰りの子屋が姿を表す。
「いや。それより聞いてよ、季宮さんの服。自作なんだってー」
「え、マジで?すごいじゃん」
「いえ、そんなことは」
「それより早く行こ。そろそろ寒くなってきた」
「あ、ごめん。忘れてた」
「空気化してる間に帰ればよかった」
「まあまあ。お前が帰ったら男一人になるから。ほらこっち、ここから近いから帰るな」
子屋の言う通りアパートは学校から徒歩で十分位の場所にあった。ボロくはなく最近と言うには少し古さを感じられる建物だ。
「んで、晩はどうするんだ?」
一つ気になったので質問してみる。食べてから集合と言うことではなかったので六時半集合と言うのもあり食べずに来た。
「え、子屋が準備してないの?」
「無茶言うなよ。俺は部活帰りだぞ」
「じゃあファミレス?」
「そうなるな」
「じゃあ先に食べに行こっか。暴れるのは栄養補給した後からだね」
「いや、あんまり暴れんなよ。近所迷惑になるから」
ーーーーー
ファミレス、と言えば何か。ドリンクバー、があれば何をするか。
「おーい、雪野。これ飲んでみてよ。ホントに美味しいから」
すごく嫌な笑みで酒巳は謎の液体Xを押し付ける。色がすでにおかしい。なんでドリンクバーにある飲み物だけで形容しがたい色の液体が完成するんだよ。
「ほら、一気一気」
これもドタキャンした罰と言うことで甘んじて僕はそれを受け入れ飲み込んだ。
「ごめん。これ、人間には早すぎる」
味は最悪。一瞬だが天からの使者が見えた気がした。気のせいだ。僕は急いでお手洗いまで駆け込んだ。
「まさかここまでとは。才能がおそろしいね」
「自制しろ、今度から」
「おいおい、ドリンクバーで遊ぶなよ。子供じゃあるまいし」
「まだまだ子供だよー。だってまだ十八歳じゃない」
十八歳未満が子供だとすれば世も末だな。こんな大きいお友達がファミレスではしゃいでるなんて店側からしたらいい迷惑だ。
「お客様。こちら包み焼きハンバーグのAセットになります」
「はーい」
「海鮮丼のお客様」
「僕です」
「竜田御膳のお客様」
「あ、俺です」
「サーロインステーキのAセットのお客様」
「はい、私です」
贅沢だな。いくらあのファミレスであっても千円は越えるステーキ。その名を店員が告げた瞬間、誰だと酒巳と子屋の目が動いた。
「いいなー。季宮さん、少し交換しない?」
「はい、いいですよ」
「やった」
鉄板にギリギリ収まるほどの大きさのステーキ肉にナイフが入る。
「切り分けたのでお皿をください」
「あ、ライスの上でいいよ。存分にお肉を楽しむ。米に染み渡る肉汁と共に」
こいつも白米を。今一度言いたい。白飯は白飯のみで楽しむべき。どんぶりは別物とする。
「雪野、サーモンくれよ。唐揚げ一個やるから」
さすがに酒巳のように声はかけられず仕方なく僕の方に声をかける。かわいそうなのでその提案にのることにしてあげた。
「仕方ないな。ほらよ」
子屋の白米の上には輝くサーモンがのせられたのであった。
この後何をするかという話に花を咲かせた各自デザートを注文し分けながら食した。
ーーーーー
ファミレスからの帰り道。夜食をコンビニにて大量買いしアパートに帰った。
「さーて。何からする?」
「そんなに選択肢あるのか?」
「ない。思い付かないから片っ端からやってこ」
そう言って酒巳が手をつけたのは家庭用ゲーム機。
「さぁ、大乱闘の始まりだ!」
大人気の大乱闘ゲームだった。
この手のゲームで行われる禁忌の行い。はめ技。
「おい、酒巳。それやめろよ」
「早く逃げないとパーセントたまって死ぬよ」
酒巳ははめ技の代名詞みたいな奴で二百パーセントたまった敵を問答無用で即死させるぶっ壊れキャラを使っていた。
「俺の出番無さそうだな」
チーム戦なのだがステージの中央では僕が酒巳にはめ技を受けている間、子屋はステージの隅で暇潰しをしていた。季宮さんは行方不明。
「おい、そんなところでアピール繰り返すなウザいから」
「ほらほら、早くしないと」
「隙あり、です」
行方不明だった季宮さんのキャラが急に酒巳の後ろに現れてつかみ技をする。
「え、どこから」
「わー。見事な即死コンボ」
チームのはずの子屋がそんなコメントを残すほどそれは無駄のない動きによるコンボ技だった。
「季宮さん上手すぎ。初めてじゃないでしょこのゲーム」
「いえ。ですので隅で練習してました」
「そんな馬鹿な。よし、子屋。やっておしまい」
「えー無理でしょ。やるけどさ」
子屋は攻守バランスのとれたキャラを使っている。カウンターを上手く使えば形勢逆転を図れるのだが。
「そのキャラはバランスがとれた故に、弱い」
子屋とはよくこのゲームをしているため子屋の使うキャラの弱点は予習済み。少し重量級で復帰に弱いため今回僕が使っていたのは飛ばしやすいキャラ。
酒巳が即死を受けた後、呆気なく子屋もやられてゲーム画面には大きくゲームセットと英語で表示された。
「うまー。季宮さんが強かったのが予想外だったなー。雪野さえ抑えればと思ってたのに」
と酒巳が新しいゲームソフトに手を出そうとした瞬間画面には乱入者出現の文字。
「あれ、全キャラ解放したと思ったんだけどな。追加されてたっけ。ま、頑張って」
「ウィルオウィスプ?」
敵キャラの名はウィルオウィスプ。数多くの火の玉で体を構成していた。
「雪野さん。まずは様子見から」
すでにこのゲームを熟知したような口振りで季宮さんが提案する。
「そうだね」
見た目からして遠距離タイプだとは思ったのだが見た目に反した戦い方のキャラなんていくらでもいる。
「なあ子屋。私達何してる?」
「次何をするか選んどこうぜ」
呑気なことを。
「っ!雪野さん、避けて」
「え」
一瞬でもよそ見していたがために敵の攻撃を受ける。そして一撃で百パーセントも与えられた。
「バグだろこんなの」
「ですが弾速はそこまでありません。気を付けていきましょう」
「僕が囮になるからその間にまた即死コンの練習をしていてくれ」
「わかりました」
すでに百パーセントもたまってしまった僕よりも季宮さんの方が勝機があるので僕はウィルオウィスプの行動を見て死なない程度に時間稼ぎをする。
「子屋、コップってどこある?」
「えっと。あ、人数分ないから紙コップ使ってくれ。そこの棚の中」
くっそ呑気に話し合ってるよあいつら。早く決着をつけて僕もそっちへ。
「雪野さん、いけます」
「よし、任せた」
季宮さんの方にウィルオウィスプを投げつけるとまた華麗に即死コンボをきめた。
「お、終わったか」
「じゃあ次はUNOね」
ーーーーー
長く続くと思われていたゲーム大会だったが罰ゲームが追加されたあたりから段々と皆の顔に眠気がうかがえるようになり僕と季宮さんを残して酒巳と子屋は夢の世界へと旅立った。
僕と季宮さんはアパートの近所にある公園で季魔についての話をしていた。
「季魔ってゲームとかにも影響与えられるんだね」
「ウィルオウィスプの件ですね。おそらくは」
「じゃあまだウィルオウィスプは」
「それはありません。再構成されつつあるとは思いますが」
一年に一度出てくる季魔。再構成されるとは毎年同じものを倒しているということか。
「雪野さん、昨日は何があったのですか?」
「何って」
「ウィルオウィスプに何かされませんでしたか?」
直接的な被害はなかった。新手の精神攻撃は受けたと思うが。
「特に。僕の家系は季魔と関わるなって説教受けたぐらいかな」
何か知っていないかという期待を込めてなんでもなかったように言ってみる。
「家系」
何か知った風なセリフを言った後やはりないと首を振る。
「何かわかれば後日報告します。ですが、家にある書物は全て読破済みなのでおそらくは」
「わかった。ありがとう。そういえば次に出てくる季魔って何?」
「サンタクロースですね。ですが討伐する必要はないのでスルーします」
サンタを討伐はさすがにしたくないな。
「念のため警戒はしておくよ」
「そう、ですね。ではそろそろ私達も寝ましょうか」
ーーーーー
そのまま何事もなく《クリスマス》まで行きたかったんだけどな。
目の前にいるのはカボチャの霊。
「なんでまだいるんだよ。僕に悪影響とかないよな、これ」
おそらくここは僕の精神的な空間。わかりやすく言えば夢の中だろう。
『聞きたいことがあると言っておったろう?答えを与えに来た』
「帰って、どうぞ」
『一日でずいぶんと態度が変わるものだな。まあただヒントだけ。サンタに会え。奴は人の欲しいものを与える。ただし、いい子にだけだがな。ははは』
本当に何のために来たのかわからないそれはまた昨日のように崩れ去っていった。
『ゲーム、楽しかったぞ』
「二度と出てくんな」