ハロウィン
皆様、《ハロウィン》はご存知だろうか。
もちろん知っていることだろう。
『トリック・オア・トリート』と唱えれば大人からお菓子がもらえる日。これは子供の捉え方。
『トリック・オア・トリート』と子供から唱えられたらお菓子を与えなければいけない日。これは大人の捉え方。
そんな《ハロウィン》。元々は秋の収穫祭であったことはご存知だろうか。
大多数の方は知っていることだろう。
それなら《ハロウィン》の日は生と死の境目が曖昧になる、なんてことは聞いたことがあるだろうか。
本日は《ハロウィン》。
そんな《ハロウィン》を私が話として縫い合わせてみようと思う。
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10月30日(水)
《ハロウィン》を翌日に控えた日本は《ハロウィン》一色に染まりきっていた。
町を歩けばカボチャの置物が置いてあり、店に入れば《ハロウィン》という見出しで関連商品が入り口付近に固まっている。
僕の回りも例外ではなく明日の《ハロウィン》に仮装して駅前に行こう等と話が上がっていた。
「なあ、明日何着て行く?」
朝の教室。クラスメイトの一人、子屋優が僕を見つけて聞いてきた。
子屋とは中学校の頃からの友達で話しかけやすい雰囲気や彼のリーダー性からクラスの中心人物でもある。
「カボチャ被ればよくね?それっぽくなるでしょ」
すでに家にはカボチャの被り物がある。ネタとして買ってきてしまったものがたまたまその機能を発揮しようとしていた。
「カボチャね。ウィルオウィスプってことか」
そういえばそんなのもいたな。
「ウィルオウィスプの仮装をするつもりなんですか?」
「およ、季宮さん。季宮さんもどう?仮装して集まらない?」
季宮真理。休憩時間などは常に本を読んでいたり話す時は必要最低限しか話さないことからクラスでも孤立気味な少女だ。
そんな彼女から珍しく話しかけられたので驚くのも無理はない。
「いえ。それよりウィルオウィスプの仮装は止めておいた方がいいと思います」
「なんで?《ハロウィン》と言えばウィルオウィスプみたいなところあるでしょ」
「・・・。そうですね。すみません。気にしないでください」
そう言った後、季宮さんは少し頭を下げて自分の席へと帰っていった。
「珍しく話しかけてきたけど何だったんだろうな」
「さぁ。後にでも話を聞いてくるよ。ちょっと気になるし」
「やっほー。明日は待ちに待った《ハロウィン》。何着るか決めたかい諸君。私はもう決めてある。何かって?それは明日になってのお楽しみ。気になって夜も眠れなくなる君たちの姿を想像しながら私は安眠するよ」
季宮さんとは百八十度方向性が違う少女がそんな早口言葉じみたことを僕達に疲労しながら教室へと入ってくる。
彼女の名前は洒巳怜菜。明るい性格で誰とでも分け隔てなく話すことからクラス全体から支持を得ている。
「朝から騒がしいな。別に聞いてねえぞ」
「そんなこと言って。気になってるって顔に書いてあるぞ」
「いや、ないから」
ふと、視線を感じたのでそちらを向くと季宮さんが本を読むふりをしてこちらを見ていた。目が合うとすぐに本の方を見たがちらちらとこちらを見直してきた。
「すまん、ちょっと席外すわ」
「お前ら、席につけ。授業を始める」
タイミング悪く教師が教壇に立ったので仕方なく立ちかけた体を椅子に戻す。
「お前ら。明日が《ハロウィン》だからって浮かれすぎだぞ。この時期の受験生は勉強に集中しているんだ、見習え」
「でも先生。僕達はまだ一年っすよ」
「一年から勉強するんだよ。三年になってから絶対皆言うんだ。過去に戻りたいって。まあなんでもいいけどさ、後悔のないようにな」
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昼食の時間になり僕は季宮さんを探していた。毎日季宮さんはこの時間には教室を出て何処かへと行ってしまう。
季宮さんが席を立ったのを見てから僕もついていった。
「何の用ですか?」
校内でも人気のない校舎裏まで着いたところで季宮さんが僕に話しかける。
「え、あぁ。朝の件。ウィルオウィスプに仮装するのは止めとけって言ってたけどどうしてかなと気になって」
「その事でしたか。本当に何でもないのでお気になさらず」
と言われてもな。普段自分から人と話そうとしない季宮さんからの話だ。気にならない訳がない。
「と言うのも無理な話ですかね。世界的な行事にはそれ相応の過去があります」
《ハロウィン》と言えばアメリカの秋の収穫祭ってイメージだけど。
「《ハロウィン》は古代ケルト人が起源の祭りです。秋の収穫祭という面と悪霊を追い出すという面があります」
ケルト人。地理や世界史の分野の話ならばお手上げだ。僕はその分野は得意ではないんだ。
「それが今ではお菓子を貰うような行事になったり仮装する行事になっています。まあそれもあって季節の魔、季魔が余計に力をつけてしまったのですが」
「季魔?」
「はい。《ハロウィン》で言えばウィルオウィスプがそれに該当します」
魔に仮装とは。でもそれが《ハロウィン》ではないのか、これまでは大丈夫だったのにどうして。
「今年が特別ではありません。季魔が手のつけられなくなる前に私が討伐しているのです」
「それなら今年も」
「早くに討伐するとその行事に対する人間の興味関心が薄くなります。手のつけられなくなる前にというのも大事ですが早すぎると逆にその行事の存在が薄くなるのです」
象徴が消えた行事には魅力がなくなるという感じか。
「そして行事への期待や執心は季魔への信仰へと変換されます。それは季魔の力を増幅させる。つまり私達がその行事を楽しみに待つ、もしくは当日に全力で楽しむのはそのまま季魔への信仰になります」
「季魔は人間に危害を加えるのか?」
「いえ、すべてがそうと言うわけではなく《ハロウィン》の場合は特別です。《ハロウィン》の日は生と死の境目が曖昧になり悪霊が死後の世界から現世へと戻ってきます。季魔はその悪霊達に汚染されて悪魔化してしまい危害を加えるようになってしまいます」
季魔と呼ばれる季節の魔が悪霊によって人間に害をなす存在に変えられる。簡潔に言えばそんな感じ。
「危害って言ってもそんな大袈裟なことでもないんじゃないのか?」
「渋谷などでの若者の暴走はそれです。悪魔化してしまった季魔が力をつけてしまったら行方不明や変死体が発生します。これは絶対に避けなければいけません」
そんな馬鹿なことあるものか、と茶化そうにも季宮さんから真剣な目で言われてしまえば信じるしかない。これが子屋とか酒巳だったらそんな目をされても信じなかったけど。
「でも、結局の話。なんで仮装してはいけないのかがまだだよね」
「仮装すると言うことはその季魔へ身を捧げることに該当します。季魔は自身に仮装した人間を依り代にこの世に存在することができます」
「《ハロウィン》って怖い行事だな」
これまではどうしていたのか疑問が残るがこれ以上の長話は迷惑だろう。ここら辺で切り上げよう。
「あの、よければ手伝っていただけませんか?」
「え。何を」
「季魔討伐です。人員不足で悩んでいましたので。それにここまで話してしまうと少し問題が」
企業秘密を知った者はただでは帰さない的なやつだ。でも、興味がないわけでもない。
実際にこの世に魔なる存在がいるのならこの目で見てみたい。人間の好奇心とは恐ろしいものだ。
「いいよ。興味があるし」
「すみません。ありがとうございます」
予想以上に早く承諾されたことに驚いたのか何度も頭を下げながら季宮さんは感謝の言葉を述べた。
今日、これまでの季宮さんのイメージが少し変わった。彼女はただ大勢と話すのが苦手なだけで本当はよく話す。
結局昼食は購買でパンを買って食べた。その際季宮さんに色々と話を聞いた。
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放課後。僕は季宮さんに明日ある季魔討伐についての話を聞くために季宮さんの家を訪れた。
「どうぞ、お入りください。一人暮らしですのでお構い無く」
彼女の家まで来て僕は思い返す。男が女の家に付き合ってもないのに入るのはいいのだろうか。
「んー。手土産の一つぐらい買ってくればよかったな」
しかしながらここまで来て引くわけにもいかず少しためらいながらも入ることにした。
マンションの個室。一人暮らしにしては大きく中はまだ新居のように家具は必要最低限のみ段ボールから出されていた。
そのまま季宮さんの個室まで招かれる。
「てきとうなところに座っていてください。今お茶を出します」
「あ。ありがとうございます」
ベッドに座るのは気が引けるのでベッドを背もたれに座ることにした。
「何もない部屋でしょう」
「いや、そんなことは」
「お茶、どうぞ」
個室もベッドとテーブルのみで他の家具はおそらく部屋のすみにある段ボールの中。
「では、季魔討伐について。悪魔化した季魔のみ討伐する必要があります。討伐に使うのはこの鎌を使います」
一目見てそれが由緒ある物だとわかる。金属部と棒部の結合部に凝った紋章が彫ってあった。
「あまり触らないでください。これまで斬ってきた魔が封じ込められていますので」
吸い込まれそうな程美しいそれに無意識の内に手を伸ばしていたらしい。恐ろしや。
「今回、雪野さんに担当してもらうのは申し訳ないのですが囮をお願いします」
始めての仕事が囮か。死なないように頑張ろう。
遅ればせながら僕の名前は雪野紬。見た目の特徴はこれといってない。強いて言えば後ろ髪の毛先が何故か白い。新手の呪いみたいだ。ちなみに散髪しても白くなるのでお手上げ状態にある。
「わかった。安全だと信じるよ」
「もちろんです。私が必ずお守りします」
「ちなみにもし依り代にされたらどうすればいいとかある?」
一抹の不安がどうしても払いきれないので質問する。対処法がないのなら諦めるが。
「意識を強く持ってください。何があっても自分は自分であるという自信があれば引き剥がせる可能性があります」
「わかった、覚えておくよ。それじゃあ僕はこれで」
話はこれで終わりだ。家に入る必要があったのかと思いたくなる。
「はい。わざわざ家まで来てもらってすみませんでした」
「いやいや。今度、家に招待するよ。必ず」
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10月31日(木)
問題の日がやって来た。
放課後、今日するはずだった仮装集会も断って僕は季宮さんの家を訪れる。
「今日はよろしくお願いします」
季宮さんは巫女のような服を着て待っていた。ただ片手に持っている鎌とミスマッチだ。
「場所はここでするの?」
「いえ。季節峠と呼ばれる場所で行います。ここから少し歩きますので頑張ってください」
巫女服を着た季宮さんの方こそ、と思ったがそれは杞憂で終わる。
「雪野さん。もう少し早くお願いします」
まだまだ体力を残している季宮さんに対しもう体力が底をつきかけている僕。帰宅部にはつらい徒歩量だ。まさか自分がここまでだとは思わなかった。
「ごめん、今行く」
『わざわざご苦労だ』
「え」
後ろを振り返るが何もいない。もう山の中だしこの季節だと暗くなるのも早いので誰もいないと思っていたのだが確かに聞こえた。
「どうかされましたか?」
「あ、いや。何でもない」
季宮さんに心配をかけるわけにもいかないので聞こえなかったことにしよう。
『自ら死に行くとは』
「ごめん。何か聞こえないか?」
「特には聞こえませんが。動物の鳴き声ではないでしょうか」
今時の動物は日本語しゃべれるのか。今時の人間にはちょっと予想が過ぎたな。
「んー。そういうことにしておこうか」
それから約一時間歩き続けてやっと季節峠と言う場所に着いた。
「では、時間もそろそろなのでその被り物を被ってこの円の中心に座ってください」
これから魔術を行いそうな円形の術式を指差される。
「これ結構息苦しいな」
被り物との密着度が思っていたよりも高く疲れきって乱れた呼吸との相互反応で最悪の状態だ。
「では、いきます」
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私は一つ違和感を感じていた。一般人であるはずの雪野さんが霊の声を聞いていたのだ。
季節峠までの道は現世と死後の世界との境目が曖昧になっている。なのでこの道はホラースポットとしてよくテレビやネットで取り上げられている。
ホラースポットの中にはここのように境目が曖昧になっている場所があるので知らず知らずの内に死後の世界へと迷い込む人がいたりする。
「では、いきます」
被り物をした雪野さんが円の中心に座ったのを確認したので呼び寄せを開始します。
とは言っても特別なことは何もしません。この術式が触媒、今回は被り物をした雪野さん、を感知して自動的にそれに一番近い魔を呼び寄せます。
「何か見えますか?」
「いや、これと言って特別なものはないも」
周囲を見渡しても何も見えません。こればかりは来るのを待つしかありません。
と思っていたらカボチャの顔をした季魔が来ました。
「雪野さん。意識を強く持っていてください。来ました」
報告だけして私は鎌を構えました。この鎌は見た目以上に重く触っていると手が焼けるような痛みを発します。これまでに封印さてきた魔の呪いです。
「はぁ!」
まだ信仰があまり集められていなかったのか季魔は一振りしただけで消滅してしまいました。
「ありがとうございます。終わりました」
「・・・」
返事がありません。何かあったのでしょうか。
「雪野さん?」
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いつの間にか僕は眠りについていたらしい。とは言っても意識はある。
『やあ。君が囮か』
「誰だ」
来る途中に聞いた声、やはり何か霊的な存在だったのか。
『私の名前はウィルオウィスプ。《ハロウィン》を担当している季魔だ』
目の前にカボチャの霊が現れる。これがウィルオウィスプ。
「まさか、依り代になったのか」
目の前にいるそれは季魔で、僕は囮。この状況から察するにそういうことになる。
『いや。これは私の残留思念のようなもの。どうやら君は季魔に憑かれやすい体質、いや。家系のようだ』
「それいったい」
『《ハロウィン》ならあの呪文を唱えればいい。ほしいものがもらえるかもしれないぞ』
ウィルオウィスプがいたずらな笑みを浮かべて僕に提案する。
《ハロウィン》の呪文といえば、
「トリック・オア・トリート」
『面白い。では警告するぞ、雪野紬。お前は季魔に関わるべきではない。自身の存在をよく知ってから今後の身の振り方を考え直すのだな』
「待て、まだ聞きたい事が」
僕の言葉を聞く前に目の前のそれは段々と形を保てずに崩れていった。最後に何かを言う口の動きをしていたがそれを読み取る技術は僕にはなかった。
ーーーーー
なかなか起きません。まさか、討伐が失敗したのでしょうか。
「おい、待て!」
「わぁ」
急に声を出されて驚きました。ですが、戻ってきてくれて安心しました。
「ん、戻ってこれたのか」
「大丈夫でしたか?」
「え、あ。いや、うん。問題はなかったよ」
少し引っ掛かりのある言い方ですがひとまずはよかったです。
「では、帰りましょうか」
「あぁ帰ろう」
雪野さんの体調に変化は見られません。身体的にもこれといった変わりは見られないので成功したはず。
「季宮さん。これからも討伐の手伝いをしてもいい?」
「はい。むしろこちらからお願いしたかったのでこちらこそ、お願いします」