プロローグⅢ
「ちわーす。」
「おー、麗央君ひさしぶりだねぇ!元気にしとったかい。今はちゃんと働いているって聞いて安心したよ。」
相変わらず元気なばあさんだ。この家は俺の実家の分家筋にあたる。いつも米とか野菜とかおすそ分けしてもらっている。
「牛見てっていいか?」
「子供の時からすきだったもんねー。」
そういや小学校以来か、牛見にくるのは。
あの時は兄弟揃ってよく見にきてたなぁ…。
「モォ〜」
「おぉひさしぶりだなこの感じ!」
この匂い、この空気は嫌いな人が多いが、俺は嫌いじゃない。
「ん?」
ふと目に止まった牛。
なんていうか、魅力的というか…。
牛に何を感じているのだろうか俺は。
ただの黒毛和牛なんだけどな…。
「モォ〜」
あれだ、所謂アニマルセラピーというやつだ。癒され、愛おしく感じただけだろ。
…撫でたい。
自然と腕は動いていた。
手を伸ばすとその牛も顔を寄せてきた。
「おー、いい子だ!よーしよしよしよし」
無遠慮にその頭をなでまわしていく。
気持ちはさながら、某動物王国の王様だ。
「モォ〜」
「うおっ、コラ!舐めるんじゃない。ハハハ」
顔が唾液まみれになってしまった。
「元気もらったわ、ありがとな。また来るからなー。」
「モォ〜」
そうして俺は牛小屋を後にした。
帰省中の楽しみが出来たな!
「どうしたの?そんな嬉しそうな顔して。」
息子の麗央がご機嫌そうにタバコをふかしている。
「いんや、なんでもねぇよ。それより今日の晩飯何?」
なんだか話をそらされている気が…
というか、匂いでわかると思うんだけれど。もう一度!
「え、麗央の好きなカレーよ。それより、なんで…」
「マジかよ!やったぜ!母ちゃん大好き!」
これだから、この人誑しは…
「はぁ、もう!ちゃんと手を洗いなさいよ。」
なんにせよ、元気になることに損はないわよね!
「よっしゃ!今日も牛見にいくか!」
生きがいってやつだ。でも連休が終わればこの時間も終わってしまう。憂鬱だ。
「黙っていたって時間は過ぎるんだ。今から見に行こう。」
「あれ?ここにいたはずなんだけどな…。」
おかしい。たしかにここにいた。忘れるはずがない。
「おばちゃーん!ここにいた牛は?」
家の中にいたおばちゃんに訪ねることにした。
「あれま!ホント!これは逃げたかもだね〜」
その状況を確認したおばちゃんはゆっくりおじちゃんを呼びに行った。
「んな呑気な…。じゃあ俺も探しに行こうかな。」
牛の気分になって探す。うん山だな。山に行くだろう。山って言ったって知ってるのはあそこだけだ。遭難しかけた山だ。
そのまま山の麓まで向かった。
「え、マジでいるじゃん。」
間違いなくあの牛だ。俺のシックスセンスがそう訴えかけてくる。
たしかに山に行くだろうと思ったが、一発目で見つけるとは。そもそも山に行くというのも適当すぎる。
てかなんかちょっと光ってね?うっすら金色に見える。気のせいか…?日差しがなんか当たってそう見えただけか。
「よーしよしよし、こっちだぞー。」
そこらへんに生えてた草を餌に近づいていく。さっきまで適当に草を貪っていた牛が徐々に近づいてくる。
そのまま俺を舐めてくる。
あれ?なんで草じゃなくて俺を舐めてんの?
あれか!歩き疲れて塩分を欲したのか。普通に草食えよ。ベトベトになるだろ。
やめろよ、マジで可愛く見えるだろ。
「ガァァァァァァァァ!!!!!」
え、熊じゃん。びっくりしすぎて声も出んかったわ。嘘でしょ。
「逃げろ逃げろぉ!!」
牛も慌てて逃げ出した。てか牛足速っ!牛ってあんな速いの?
俺も全力で駆ける。あれ?俺もこんな足速かったか?火事場の馬鹿力ってやつか。
でもやばい。追いつかれる。死ぬ。死ぬ。
死が追いかけてくる。あ、追いつかれた。
俺死んだわ。父さん今から行くよ。母さん、隼人、あと、あと、えーと母さんありがとう。
…
…
…
あれ?俺死んでない。クマは俺を無視して牛を追いかけていく。よかった。
でもいいのか?あのかわいい牛さんが死んでしまう。それはいけない。
「やってやろうじゃねぇか!」
俺ってアホすぎる。いい感じの枝を拾いながら追いかける。あーあ。
追いついた時には牛が襲われる瞬間だった。牛はよよよって感じで座り込んでて可愛い。庇護欲をそそられる。
対するクマは両手を広げ、今にも跳びかかりそうだ。
俺は手頃な石ころを思いっきりぶん投げた。
それは背を向けていたクマの右頬を掠めた。
「おお、当たっちゃったよ。」
クマは怒り狂い俺に向かって突進してくる。
やべーよ、やべーよ。心臓バクバク。速いのもあるけど、デカくて威圧感がある。クマってこんなデカかったっけ?
横っ飛びして躱す。いや正確には躱しきれていない。脇腹かすった。
血がドバドバだけどドーパミンもドバドバだからまだ大丈夫。
クマの手でけー。リーチがダンチだぜ。
脚にも違和感。こりゃ次は躱せねぇな。
迫り来るクマ。あー今度こそ終わった。
「ンモォォォォォ!」
クマの爪に抉られたのは俺じゃなくて牛だった。
「何やってんだよ…。逃げてるんじゃなかったのかよ。何のために俺は…」
ありゃ助からねえ。どう見ても致命傷だ。
おい、何でそんな顔するんだよ…。
はあ、もういいや。どうにでもなれ。
「クソッタレガァァァァァァァ!!!!!」
持っていた枝で思い切りぶん殴った。
あ、折れた。
「グガァァァァァァァァ!!」
クマは俺の左肩に噛み付いてきた。これはヤバイ。意識が一瞬で吹き飛びそうになる。
だが、折れた枝の切れ端を持っていたはずの右手に何か重みを感じる。
あれ、なんで俺刀持ってんの?
まぁいいや、さっきから痛えんだよ。くらえや、熊畜生。
目玉から脳髄を抉ってやった。
「ガァァァァァァァァ!!」
最後に首筋に噛み付いてきやがった。しかも爪で土手っ腹に一発もオマケで。
とんだ最後っ屁だよ。
クマは多分死んだ。
俺も死ぬ。
結局俺は親不孝者なんだな。