壺の中からころころと
※都合により、後半部分を削除しました。
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「クチャクチャ……ハフハフ……」
飢えた用務員さんみたいにアンパンにがっつくそいつを見ながら俺はその当人と念話で会話していた。
(いやぁ、助かりましたよー。危うく餓死するところでしたからね。それにしてもこのあんぱん? って食べ物美味しいですね。特にこの中に入ってる黒いのが甘々です)
(その黒いのがアンで、それ以外がパンだ)
(ああ、だからアンパンですか、納得です)
時は少し遡る。
「小人?」
俺が座っていたソファーの後ろに飾られていた壺の中に身長10センチくらいの何かが居た。
(今……貴方の……目の前に……居ます……)
(この声の主は君か)
勝手に壺の中から出して良いのか判断がつかなかったが、自分と会話が可能であることが決め手となり壺から出すことにした。
壺をゆっくりとひっくり返すと、転がりながらそいつが出て来た。
(感謝……します……)
(とりあえず水とアンパン食べるかい)
(是非……)
俺はそいつを自分の掌に載せてソファーに戻り、テーブルの上に降ろした。
見るからにやつれているそいつを見ながらコンビニ袋を漁って目的のものを取り出した。
そして、現在に至る。
(アンパン美味しかったです。感謝します)
自身の二倍くらいの大きさのアンパンを丸々一つ平らげてペットボトルのキャップに入れた水を飲んでいるそいつの胃袋はどうなってるのか興味がわいたが、まあそれは後回しにしよう。それよりも幾つか聞きたいことがあった。
俺の思いを察したのか、そいつは空になったキャップをテーブルに置くと語り始めた。
(まずは自己紹介ですね。私は高位の精霊です。名前は適当に精霊さんとでも呼んで下さい)
(小人かと思っていたが精霊だったのか。ああ、俺の名前はアシタカだ。よく分からないんだがこの世界の救世主らしい)
(救世主さんでしたか。と言うことは異世界からこの世界に来た訳ですね。それで言葉が通じなかったのですか)
精霊さん曰く、自分はこの世界の全ての言語を理解出来るのに何故か俺の言葉は理解出来なかったとのこと。
ゆえに言葉ではなく思念を直接俺に送り、更に俺の思念を読み取ることで強引に会話を成立させたようだ。
俺がテレパシー能力に目覚めたとかではなく、全ては精霊さんの力によるものだった訳だ。
しかしそうなると俺と普通に会話していたシシやクサ・ハ・エルさんはどうしてそれが可能だったのだろうか。更に言えばもののけの双璧の奴らも普通に日本語を喋っていた。
(それは簡単な話です。神竜も妖精王も異世界人と会話出来る術を持っているのです)
(でも、他の側近たちはその術を使えなかったみたいだけどそれは何故だろうか)
(それもまた簡単な話です。その術は習得するのにはおよそ400年くらい要しますからね。一生の内に出会えるかどうかも分からない相手の為にそんな長大な時間を費やすのは長命の竜族か妖精王くらいのものでしょう。前者は趣味として、後者は責務として。また、例外としてこちらの世界から異世界への門を潜った者も一次的に異世界の言葉を理解出来るようになります。ですが、逆に異世界からこちらの世界に来た者はこちらの言葉を理解出来ません。それが何故なのかは未だに不明のままです)
成る程、それならば納得がいく。
しかし、そうなるとこうして念話で意思の疎通をしている精霊さんは相当凄いことをしているのではないだろうか。
そんな素朴な疑問が頭に浮かぶ。
そして、それは精霊さんにも伝わったようで、
(私は少しズルをしましたからね。英知の泉の守り人と交渉して、飛行能力と不死であることを失う代わりに色々な能力を手に入れました。その内の一つがこうして思念のやり取りが出来る能力です)
英知の泉とやらが何かは分からないが名前の響きからして、どうやら精霊さんは隻眼の某北欧の大神みたいに自身の大事なものを失う代わりに力を得たらしい。
(成る程ね。小人みたいな姿なのも手に入れた能力の一つだろうか)
(いえ、これは元々の姿です)
(そうなのか)
(ああ、話す順序が逆になりましたが普通の精霊は私みたいに形を持ちません。それ以前に意思すらありません。空間をただ漂うだけの存在です。ごく稀に私みたいに意思を持つ精霊は生まれますが、それでも形を持つに至る精霊は殆ど居ないに等しいです)
(と言うことは、精霊さんと会話している俺は物凄く貴重な経験をしているってことか)
(そうなりますね。精霊術師と出会う機会があれば自慢出来ますよ。まあ、信じてくれればの話ですけど)
(それは難しそうだな)
暫しの間、そんな話をしながら過ごした。
話相手が居るのはとてもありがたい。
クサ・ハ・エルさんからの呼び出しはまだ無いので、随分前から気になっていることを聞いてみた。
(ところで、何で壺の中に居たんだ)
(ちょっと追われていまして。逃げ込んでやり過ごしたまではよかったのですが、壺の中はツルツル滑る上にネズミ返しみたいな構造になっていたので出られなくなりまして。私は飛べないので助けを求めるしか選択肢が無かった訳ですが、誰が追っ手と通じているのかが分からず困っていたところにアシタカさんが現れて今に至ります)
追われていたとは何やら穏やかじゃないな。
あと、この話を聞いて気になった点が二つ。
一つ目。ここは貴賓室だ。当然、主人の部屋の次くらいに、場合によっては主人の部屋以上に綺麗にしないといけない場所だ。
余程の怠け者が掃除でもしない限り、壺の中に居ることに気付かれない筈が無い。
二つ目。精霊さんは相手の思念を読み取ることが出来る。つまり、追っ手かどうかは簡単に見抜けるだろう。
この二つが引っ掛かった。
それに対する精霊さんの回答は、
一つ目の疑問に対する回答。精霊さんは自身の姿を他人から見えなくすることが出来る。それによってやり過ごした。
二つ目の疑問に対する回答。この世界の一般人相手なら思念を読み取ることは可能だが、一定水準の教育を受けている相手には使えない。王城に仕えることが許された者たちがそんな初歩的な教育をこなせない訳が無いので、事実上不可能であるとのこと。
(成る程、よく分かった。ただ、追われていた理由と追っ手は誰なんだ)
(私を追っていたのは"蔓の蛇"と呼ばれる、植物に下級悪魔を乗り移らせた使い魔です。主に重要な拠点への侵入者を捕まえる目的で使われることの多いです)
悪魔に使い魔か。改めて耳にしても現実味がわかないのだが、それよりも、
(……それって単純に入っちゃいけない部屋にうっかり入ってその蔓の蛇とやらに追い掛けられてただけじゃないのか? ここ王城だし、何か機密を取り扱う場所があっても不思議じゃないんだけどさ)
もしそうだとしたら悪いのは精霊さんだ。
まあ、こうして出会ったよしみだし謝って済む話なら一緒に謝ってもいいのだが。
しかし、精霊さんは言葉を続ける。
(アシタカさんはご存じないかも知れませんが、この国で悪魔降霊は禁忌なのですよ。試みた者はたとえ王族であっても処断される程の大罪です)
(それ程のことなのか)
黙って頷く精霊さん。
成る程。俺は悪魔降霊とは無縁だと思うが、頭には入れておこう。
精霊さんは精霊さんです。
精霊"サン"ではありません。