初めての冗談
「大丈夫か?」
闇の中、俺はシシの背中に乗りながら訊ねる。
俺達はもののけの双璧をどうにか退け、シシの居た異世界に向かって次元の狭間を渡っていた。
「アシタカ、そなたの方こそ怪我はしていないか」
「ああ、俺はあんたが守ってくれたお陰で無傷だぜ」
「それならば良かった。救世主を死なせてしまっては我らに未来はないのだからな」
……そうだったな。俺は救世主とやらで、この神竜シシの世界を救う使命がある。
なし崩し的に救世主役をかって出てしまったが、別に後悔はしていない。
元より行き当たりばったりの人生だったから、明確な目的を与えられた方がしっくりくる。
「しかし、もののけの双璧ってのは一体何者なんだ?」
俺はさっきから気になっていた疑問をぶつけてみた。
「もののけの双璧とはあの兄弟の通り名。我らと敵対する帝国で名を馳せている高位の騎士だ」
「騎士ねぇ……どう見てもただのごろつきにしか見えないんだけどな」
「性格面に問題はあるが、実力は確かなものだ」
「でもよ、そんな相手二人を跳ね除けるあんたも相当なもんだろ」
「老いぼれても神竜の名を冠している以上、あの程度の輩に負ける訳にはいかないのでな」
シシはそういうが、彼らに負わされた傷は素人目に見ても深手だ。
だが、シシは治療よりも己の使命を優先したのだろう。
暫くして漸く俺達はひらけた場所に出た。
「此処が我らの世界だ」
上空から見渡す世界はいまだかつて見たことのない、地平の彼方まで草原と森に囲まれた、まるで剣と魔法のファンタジー世界のような……。
俺はその壮観な光景に暫くの間、見惚れていた。
「綺麗な世界だな……」
「……そう思うか」
シシは俺の言葉に何かを言おうとして、しかしその言葉を飲み込んだように感じた。
俺達は暫く空の旅を続けた。
「何処に向かっているんだ?」
「あそこだ」
シシの視線の先に目を向けると、途轍もなく巨大な樹が視界に映った。
シシの話によると、その巨大な樹は世界樹と呼ばれているらしい。その辺はありがちなRPGのまんまなのですぐに納得した。
「あの世界樹を囲んでいる城に、そなたを会わせたい者が居る。彼に聞けば救世主の予言について詳しく聞けるだろう」
「そういや予言の話について詳しく聞いてなかったな。まあ、あそこで待っている人物に聞けば済む話なら今はいいか」
「……」
「どうかしたか?」
「救世主の役目を快く引き受けてくれたことには感謝している。しかし、そなたは向こうの世界から離れ、見ず知らずのこの世界に来ることに躊躇いはないのか?」
「今更な話だな。嫌なら断っているよ」
「……そうか」
俺の言葉にシシはそうとだけ答えた。
その後は大した会話もなく暫く空を飛び続ける俺達だったが、その時、予想外の事態が起きた。
不意に呻き声を上げたシシ。何事かと声を掛けるが返事は無い。高度が徐々に落ちていく。その時になって俺は気付いた。シシが血を吐いていることに……。
「おい、どうしたんだ!」
「我としたことが油断した……済まないがこれ以上飛ぶのは無理だ」
「それは構わないから早く下りろ! 手当てをしないと……」
「……すまぬ」
俺達は地上に降りた。しかし、状況は絶望的だった。
「心臓を撃ち抜かれたようだ……」
「心臓を!?」
「ただの銃弾なら心臓を撃ち抜かれても問題はなかっただろうがこれは死の呪いを込めた魔弾……まさか奴がこの国に来ていたとは不覚……」
「奴ってのは誰だ、誰があんたの心臓を撃ち抜いたんだ」
「悪魔アラストールを使役する一撃必殺の魔弾の射手……死弾のワロスと呼ばれているが本当の名は分からぬ」
「何という憎たらしい名前……いや、それよりもどうにかならないのか!?」
「我はもう助からぬ。しかし、落ちたのがこの場所で良かった。ここは世界樹に居城を構える妖精王の領地……じきに迎えの者が現れるだろう。そなたはその者達と共に妖精王の元へ行け」
「……」
言葉が出ない。何を言えばいいのか判らない。シシはもうじき死ぬのだろう。
この世界の救世主の俺を連れて来る道中で……。
だが、そんな俺の心を見透かしたかのように、「自分を責めるでないぞ」とシシは囁いた。
「これも運命……我の天命はここで尽きるが、そなたはそなたの道を進め。そして、願わくばこの世界に平穏をもたらしてくれ……」
「……ああ、約束する、必ずこの世界を救って見せるさ!」
「ありがとう……アシタカよ」
俺の言葉を聞いてシシは穏やかな表情を浮かべた。
「……そうだな、死にゆく前に一つ伝えておこう。これは我が竜族にのみ伝わる伝承だが……」
「伝承?」
「異世界よりこの世界を訪れた者は、この世界の祝福を受けることが出来るのだ。この世界に全部で八箇所、祝福を受ける為の場所があるとされているのだ。そして……」
シシの身体が淡い光に包まれ、光が消えた時には俺の足元に一握りの石が転がっていた。
「これは?」
「祝福を受けた者は、同時に世界の奏でる音を聞くことが出来る。その石は音を記憶することが出来る。みゅーじしゃんとやらを志すのであれば、世界の奏でる音を聞くのもいい機会だろう」
胸が少し痛んだ。
もうミュージシャンの夢は諦めていたのだが、今はシシの厚意を無駄にはしたくなかった。
「……ああ、ありがたく貰うぜ」
「……ふむ、そろそろ限界のようだ」
そう言ってシシは瞼を閉じた。
「……」
俺は黙祷を捧げた。
この世界を必ず救って見せよう。そう固く決意したのだが、そんな雰囲気をぶち壊すかのようにシシは再び瞼を開き、呟いた。
「我はもう死にそうだが、あえてもう一度聞きたいか?」
「……え?」
死んだんじゃなかったのか。
というか、ここで「はい」と答えたら最初から語りだすんだろうか? そして、「はい」を選び続ける限りイベントが進まない無限ループが続くのか?
急にRPG的思考に嵌ってしんみりした空気が何処かに吹き飛んでしまった。
「ははは……冗談だ。我は頭が固いゆえに冗談というものを言ったことがなくてな。死ぬ前に一度は、と思い今初めて冗談を言った」
「……お、おう」
「しかし、冗談とはいいものだな。先程までの沈痛な雰囲気が言葉一つで消し飛んだ。では、今度こそ本当にお別れだ……」
そう言ってシシは静かに息を引き取った。
今のはシシなりの気遣いなのだったのだろう。……効果は抜群過ぎだが。
しかし、最期の最期まで俺のことを考えてくれたことに胸が締め付けられる。
この世界を救おう。シシと約束したからな。
このネタが分かる人は多分地球上に三人しか居ないであろう第二話ダイジェスト
ワロス「しんで」
ワロス「ばん」
シシ神「いたい」
足田力「大丈夫か!?」
シシ神「うん」
ワロス「ほんとは?」
シシ神「しぬ」
足田力「シシぃぃぃぃぃ!!」
完