路地裏での出会い
ストーリーは大まかに出来上がっていたのだがキャラクターの名前が定まらなかった。
そこで登場キャラクターの名前を知り合いに付けて貰ったのだが、その結果がこの有り様である。
奇しくもその日は金曜ロードショーの日だったのだ……。
それはコンビニで晩飯を買って帰路についていた時の話だ。
大通りから逸れて自宅までショートカット出来る路地裏を歩いていた俺は、目の前に飛び込んできた光景を見て少しだけ驚いた。
いつもは気にも留めない住宅街にあるそこそこ大きい空きスペースに、それを丸々覆い隠すような巨体のドラゴンが厳かに鎮座していたのだ。
作り物にしては少々出来が良過ぎるな……などと考えながら立ち止まって観察を続けていた時、ドラゴンと目が合った。
……こいつ、動くぞ。いや、それどころか語り掛けてきた。
「青年よ、そなたの力が必要なのだ」
「……俺の……力が必要?」
作り物ではない本物の声。
幸い日本語で語り掛けてくるので言葉は理解出来る。しかし、内容を把握するには時間が足りない。
語り掛けられた言葉をオウム返しで声に出すと、ドラゴンは更に言葉を発した。
「そなたこそ我が世界の救世主。予言の書に記された救世主なのだ」
東京の路地裏で、ドラゴンに「我が世界を救ってくれ」と言われる系青年。それが俺のようだ。
そもそもどうして大都会の路地裏にドラゴンが居るのか。気になったが深く考えないことにした。事実は小説より奇なりと言うしな。
「青年よ、そなたの名を教えてくれないか」
見知らぬドラゴンに名を訊ねられる。名前くらい教えてもいいのだが、とある理由から名前にコンプレックスを持っているのでなるべくなら教えたくない。
そう思っていたが、静かに俺の返答を待っているドラゴンに悪い気がしたので素直に教えることにした。
「俺の名か……俺は足田力だ。大体俺の名前を知ってる奴からはアシタカって呼ばれてるから好きに呼んでくれ」
わざわざコンプレックスの元凶のあだ名まで教えなくても良かったと気付くが、もう遅い。
「ではアシタカと呼ばせて貰おう」
ドラゴンは俺の本名ではなくあだ名の方を採用してしまった。まあ、あだ名の意味を知らなさそうだからそのことはいいとしよう。
それよりも気になることがあるのでそちらを優先する。
「でもよ、救世主って言われても俺はミュージシャン志望だったただの若造だぜ? そんな奴に救世主なんて大役が務まるのか?」
そう、俺はミュージシャンを目指して故郷である島根からギター片手に飛び出したごく普通の何処にでも居そうなただの人間だ。
音楽以外に何の才能もない……というか、そもそも音楽にさえ才能がないんじゃないかと思い始めた、全てにおいて絶賛スランプ中の22歳である。
「みゅーじしゃんとは? 言葉の流れから察するに何らかの職業だと思うのだが」
「ああ、そうだな……」
ドラゴンにそう訊ねられどう説明したらいいか考える。
単純に音楽家と答えてもいいのだが、それではクラシカルな方に捉えられてしまう気がする。
俺が目指していたのはそんな穏やかなものではなく、もっとハートフルにヒートな音楽だからな。
「人々を熱狂させる音楽家……と言えば伝わるかな」
「ふむ、みゅーじしゃんとはそのような職業か」
伝わったと思う、多分。
「で、そんな俺が救世主なんて務まるのか?」
「救世主というものはいつの時代も素朴な生まれの者が多い」
意外と毒舌だぞ、このドラゴン……。
「……まあ、確かに某RPGとかじゃ勇者は農家出身だったりするけどな」
「あーるぴーじーというものが何かは判らぬが、そなたが救世主であることは歴とした事実。どうか力を貸して貰いたい」
「そうだな……」
上京したものの大した職にありつけず、路上で演奏しても誰も見向きしない。実家からは勘当されているので帰る場所もない。
支払いの滞った家賃を払う為に相棒のギターを質に入れてしまったのもあり、今ではもう何も残っていない残骸のような生活に疲れ果てていたところだ。
もう、このままドラゴンの話に乗ってみるのも一つの転機かもしれない。そう思い、俺はドラゴンの語る救世主とやらの話を詳しく聞くことにした。……しかし、事態は予想していたより深刻だった。
「ククク、こんな所で何をしているのかね? 神竜シシよ」
「シシ神とも称される神竜様がこんな薄汚い路地裏で何をしてるのさ。大通りに居たら野次馬ごと皆殺しにしてやれるのに」
「ほぅ……もののけの双璧がお出ましとはな」
俺達の前に不意に現れた二人の男。長身で長髪を靡かせた如何にも「俺様に歯向かう奴はぶっ殺してやる」的雰囲気を纏った男と、小柄だが身の丈以上ある大鉈を担いだ不気味な男。見るからにこの街の人間じゃない風貌だ。
とまあ、神竜シシってのがこのドラゴンの名前で、もののけの双璧ってのはこの男達の通り名的なものだろうと推測する。しかしながらここまで名前が統一されていると、俺が救世主なのも分かるような気がしてきた。
と、他人事のように眺めていたが、長身の男の方が俺を見るなり何かを悟ったかのように唸った。
「へぇ……もしかしてこいつがお前らが探していた救世主という奴かね」
値踏みするように俺を見ている長身の男。傍に居る小柄な男は「もうこのままこいつら殺っちゃわない?」などと物騒なことを口走っている。
何か判らんが危機的状況なのは確かだろう。
「だが、我らの任務はシシ神、貴様を狩ることだ。任務はただそれだけだ。だから救世主さんよ、このまま何処かに失せるなら見逃してやってもいいぜ」
そう言ってニヤリと口元を歪める長身の男。
そこで俺は……
《選択肢》
・男の言葉は信用出来ないのでこの場に残る
・ここで逃げては男が廃る
……おいおい、選択権はあるのに選んだ結果が同じじゃねーかよ。
「ここで逃げ出さないとは流石は救世主ってところかね」
「馬鹿だねー、兄貴が折角見逃すって言ってるのに」
男達はそう軽口を叩いているが、どちらからも一触即発な雰囲気が伝わってくる。
修羅場に慣れていない俺でも判る。このままでは無事では済まないだろう。
「ククク、もう話すこともないだろう。お前らにはここで死んで貰おう」
「やっと暴れられるよ。兄貴は前置きが長いからねー」
そして、俺の最初の戦いは始まった。まあ、最初から終わりまで見てるだけしか出来なかったが。