表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/52

 虹の市は、精巧なガラス細工で知られるハーテムという都市で年に一度開催される。他国からの出店もあるが、国の名産品であるガラス細工の華やかな店が数多く並び、そこかしこの棚先でそのガラスが色とりどりに光っていることから虹の市と呼ばれていた。

 ウォリウォリからは丸一日の距離で、フジとニッキは朝一番のバスで出発した。雄鶏が鳴くころにはまだ気が高ぶっていて元気だった二人も、悪路をバスで揺られているうちに眠気のために蒼白になってきた。やがて荷物でパンパンになった袋を抱えながら、泥のように眠り込んでしまった。昼食も食べずに深く眠り続けたおかげで、夕方にハーテムに到着したころには旅の疲れもあまりなく、すっきりした表情になっていた。午後四時という時間だったが、まだ日差しが痛いほどに強い。家々の壁には色とりどりのガラスが埋め込まれていて、反射した日差しが赤や黄色の模様を道に映し出している。

 フジとニッキは役場に行くと、出店に必要な最終手続きをした。予約をしていた場所は西端の区画で、全市中で一番安い区画だった。二人が虹の市への出店を決めて申し込みをしたころには、残っていたのはその区画と、高くて手が出せない区画だけだったのだ。安い方しか選べなかったわけだが、いくら貧乏に慣れてきた二人でも、最安区画となると手続きの段階ですでに一抹の不安にたじろいでいた。役場で聞くところによると、中心部だったら同じ広さに十五はテントがひしめく広さがあるだろうに、その区画ではフジたちの店の他には一つしか出店がないそうだ。散歩がてら下見に行くと、想像以上にうらぶれた、寂しいところだった。がらんとした埃っぽい場所で、すぐ裏は市の期間中の指定ゴミ捨て場だ。市は明日から一週間にわたり開催するので、まだゴミは捨てられていない。したがって特に臭いもないのだが、ゴミ捨て場の面積から鑑みるに、ゴミ収集は毎日あるわけではなさそうだ。二人は黙り込んだ。まさか虹の市の全開催期間中のごみがここに蓄積されていくのだろうか。その臭いや見た目のむさくるしさはいかばかりになるだろうか。沈んだ気持ちで宿に向かい、言葉少なに食事を終えた。

 後は寝るだけという段になって、フジが窓を開けた。大きな街で、街燈も多い。もしかすると夜景や夜空が見えるかと思ったのだ。暦の上では今宵は満月のはずだ。しかし開けた途端に霧が勢いよく部屋に流れ込んできて、床に落ちてとぐろを巻いた。

「あら、だめですわ。冷えてしまいますよ」

 ニッキは慌てて窓辺に寄り、フジが窓を閉めるのを手伝ってから、霧よけのまじないを口にした。

 フジは冷たい窓ガラスに顔を近づけ、目を凝らして外を見た。霧は深く、月はおろか通りの向かいにある宿屋の明かりも届かなかった。ぼんやりと鼻を窓にくっつけていると、ニッキが優しく背中に手を置いて、寝台に促した。

「あたしたちのテントの、向かいのお店はなんだろうね」

 部屋の明かりが消されてからしばらくしたころ、フジはふと口を開いた。

「北方のお店でないことだけは確かでございますよ。人気のお店がこんな隅っこに出すわけありませんもの」

「もしかすると、小人の店かもしれないね。小人は人の多い所は嫌いなんでしょう。こっそりお店を出したりして。こんなに大きな街だもの、小人もいるよ、きっと。人間の言葉をしゃべる動物も、結構街中を歩いてた。田舎とは違うね」

 半ば独り言のようにつぶやくと、隣からニッキの眠たそうな声が返ってきた。

「人嫌いなら、そもそもこんな市で店を出すわけございません。どうせ、くたびれた爺さんの、しょうもない店ですわ」

 ニッキはすっかり捨て鉢になっている。

「同じような小さいテントだったから、売り物屋さんじゃなくて、ひょっとすると、手や足に模様を描いてくれる店とかかもしれないよ」

「そうでしたら、素敵でございますね。わたくし、左手に染色してもらうのが夢なんですの。梅の花を描いてもらいたいんですの。助産院のナーニャが、足に描いてもらってたのみたいに」

「占いのお客がたくさん来たり、種や指輪が売れたら、体中に描いてもらえるよ。焼き栗もあったら食べよう」

「焼き栗ですか。もうそんな季節になりましたね。お鍋も新しいのが買えるといいですわ」

 フジはそれからも二、三言葉を続けたが、ニッキからは答えの代わりに、規則正しい寝息が返ってきたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ