表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/52

四十七

 ターパチキンとマチャルコフが息せき切ってフジの部屋に飛び込んできたとき、フジはすっかり準備万端だった。

「はやく、フジ、涙、涙」

「わ、わかってるって」

 フジは船長室で飼われているらしい、緑の人魚について考えた。これが一番手っ取り早い涙の出し方だと、フジは先日気づいたのだった。人魚がどんな見た目なのかわからないが、それはかわいい女だろうか。船長はその人魚を撫でたり、おしゃべりをしたりするのだろうか。

 ポツリと小さい涙を一粒こぼすと、それをヤガーの石に擦り付けた。ヤガーの石はうんともすんとも言わなかったので一同は不安になったが、それから一分してもヤガーの石は爆発しなかった。

「歯の箱から出てきてから何分くらいたってるの?」

「えっと、五分くらいかな」

 固唾(かたず)を飲んで待ったが、何も起こらない。劇的な変化はないが、歯の箱から出てずいぶんたつのに、爆発もしなかった。これは、石の魔力が無効化されたと考えて良さそうだ、と結論づけた。半信半疑ではあるが、一応結論が出たところで皆は深いため息をついた。無事、フジの作りそこないの水の石は歯の箱に収まり、ヤガーの石は無力になってフジの手元にある。それからちょっと昔にウォリウォリでフジが作ったであろう本物の水の石はポウの手に。兄から送られてきた、ずっと昔、秋の谷が沈没した際にフジが作ったであろう本物の水の石はこれまたフジの手にあった。やれやれ、一隻の船に石がずいぶんたくさん揃ったな、とフジは感慨を深くした。ともかく、これでもう秋の谷の海に到着しても、歯の箱の中の石では谷は浮かび上がらない。ポウはあきらめて帰るしかないだろう。浮かび上がった土地で調達する予定の水がないのであれば、引き返すしかないのだ。これで一件落着だろうか。しかし、そこにいない姿があることにようやく気が付いた。バダンスキーだ。

 フジがバダンスキーの居場所を尋ねると、二人の小人は慌てた。

「マ、マチャルコフがきちんと犬を引き付けておかないからだ!犬が急に帰ってきたからだ」

「あそこはターパチキンが一刻も早くバダンスキーの手を引っ張らなきゃいけなかったんだろう。のんきに船長室の羽ペンで遊ぼうとしてたから遅れたんじゃないか」

「まあとにかく、俺たちも間一髪だったなぁ。バダンスキーは、あれだね、あんなに歯の箱嫌がってたのに、残念」

「そうだね」

 マチャルコフは汗をかきながら言い、ターパチキンは指先を砂糖に戻してさらさらと風に流されている。フジはひときわ大きな声をあげた。

「まさか、バダンスキーは歯の箱に閉じ込めらちゃったの?」

 石は首尾よく入れ替えられたが、なんの拍子か、バダンスキーがその石にへばりついていた。ロディオンは彼ごと石を歯の箱に納め、鍵を閉めてしまったらしい。

「助けよう」

 フジが立ち上がり、ずり落ち気味なズボンをへそまで引き上げた。ここのところ、一段と痩せたか、ボタンのところが古びてのびのびになっているのか、ズボンがひたすら脱げそうになる。

 小人たちは顔を見合わせた。ターパチキンがおずおずと言った。

「あのさぁ。無理だよ、フジ。今後二度とこういう事態が起こらないよう、気を付けます。でも今回は、バダンスキーはあきらめよう」

「へ?何言ってんの。今回あきらめたら、次回のバダンスキーはないでしょ?」

「うん、まあだからそういうことだよ。バダンスキーは結構長生きしたよ」

 フジはターパチキンとマチャルコフの立っている机の縁をつかみ、今にも揺さぶりそうなしぐさをした。

「ま、待って。揺らさないでよ。仕方ないじゃない。だってさぁ」

 歯の箱の鍵は、メインもスペアも、それぞれポウとロディオンがぶら下げて歩いてるという。

「今頃ポウに見つかってるかもしんない。ポウにみつかってもやばいけど、犬の方でもやばいぜ。あいつ、小さい生き物も食おうとするけど、草とか花とかを見るとすぐに食いつくんだよ。だからバダンスキーが花に姿を変えていようが、変えていまいが、ボーに見つかった時点で食われて終わるね」

すると、マチャルコフが耳に手をあてるしぐさをした。

「あ、ボーの吠える声が聞こえてきた。バダンスキーが見つかったのかな……?ちがうな。なんか船が近づいてるって言ってるみたい」

「よく聞こえるね。それにお前、そういやすっごく犬臭いね」

 ターパチキンがその横で鼻を鳴らした。

「さっきの作戦でボーにたくさん嘗められたから。お風呂に入りたいよ」

「俺も入るわ。ま、とにかく今回はあきらめよう。早くお風呂の用意をしよう」

 フジは額にじんわりと汗をかき始めた。目の前の小人たちは、なぜこんなにあっさりとあきらめようとしているのだろう。

「二人はそれでいいの?」

「でも、どうにもできないじゃないよ。フジはここで待ってただけだけど、こっちは体をはってきたんだぜ。でももうスタミナ切れ」

 でも、フジはまだバダンスキーに、精霊を百年眠らせる魔法のやり方を聞いていない。ターパチキンもマチャルコフも説明は受けたものの、理解できない部分がほとんどだったという。魔法の詳細を把握しているのはバダンスキーだけだ。もういっそ、バダンスキーがいないからその魔法は使えない、ということで収めてしまってはどうだろうか。一瞬そんな考えが頭をよぎった。でも、フジはすぐに拳を握りしめた。

「わかった」

 フジはすっくと立ちあがった。

「あたしがやる」

 その時、こちらに向かってくる物売りの大船に向かって、「旗を揚げろ!」とポウが号令をかける声が納屋にも響いてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ