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四十六

 翌日の午睡の時間、ロディオンは自室で耳を澄ませていた。じきに商船がこの船につくので、ポウは買い出しリストの最終チェックのために備品や消耗品の在庫数を確認しに行くのだ。ちょうど今、ポウが扉の音をキイと鳴らして歩いていくのを聞き取ったところだ。犬のボーもそれに続いて出ていくのが、爪の音で分かった。ロディオンはその隙に船長室に滑り込んだ。

 船長室は窓がたくさんついているので、いつもぼんやりと明るい。その窓際に、ドクロである歯の箱に入ったヤガーの石が入っているのだった。ロディオンは無駄な動作ひとつなく、そこに忍び寄ると持っていた骨をドクロの鼻の孔に差し込んだ。この骨の先についているのは鬼の第四大臼歯だった。千年生きた鬼にだけ生える歯で、通常の歯の箱には存在しない。この秘密の歯がスペアキーになることについては、実際に箱を購入したときにそこにいた自分しか知らない。いずれこんなこともあろうかと、スペアキー付きのこの歯の箱を選んだ自分は正しかった。ポウに示されていた予算では買えない価格であったため、ロディオンは自分の財布をほとんど空にして箱を購入し、そ知らぬ体で持ち帰っておいたのだった。

 こきりと骨の鳴る音をさせ、ドクロの顎が深いため息をつくようにゆっくりと開いた。

 ふと足首に刺すような痛みを感じたのでズボンをあげると、茶色い粉が足にへばりついていた。

「畜生、さっきから痛かったのはこれか。また甲板掃除をさぼりやがった奴がいる」

 ロディオンは苦々しげに足元を手ではたいた。

 改めてドクロに向き直ると、そこから丁寧な手つきで石を取り出した。

「このまま捨てちまおうか」

 ロディオンは暗い表情で石を見据えた。

「そうなったときのあいつのまぬけ面を見てみたいもんだ」

 しばらくそうして佇んでいたが、やがて頭を思い切り左右に振った。

「いかん、いかん」

 それから石を窓際に敷いてあった小汚いハンカチにのせると、膝を折って土下座の体勢になった。それから目を固く閉じ、「オンワラ、ムネムサムサ」と何度も呟いた。

 ロディオンがヤガーの石から目を放す数秒を狙って、待機していたバダンスキーと、砂糖から小人の姿に戻ったターパチキンがヤガーの石に駆け寄った。ここで電光石火の勢いで、その石と、サリーから戻ってきたフジの出来損ないの水の石をすり替えるのだ。その手際の見事さといったら。あらかじめ定規で作っておいたシーソーの片端に、バダンスキーが乗る。バダンスキーは、サリーから返された出来損ないの石を抱えている。ヤガーの石に見た目はそっくりな石だ。反対側に勢いをつけたターパチキンが飛び乗ると、バダンスキーがぴょいと跳んで窓の台の上まで一気に移動した。勢いを殺さないままバダンスキーがハンカチの上のヤガーの石を押し出し、フジの石を設置した。押し出されたヤガーの石は計画通り、するすると壁際の台や飾りを伝って床に落ち、水に流れるように壁の穴まで転がっていったのだ。

 ヤガーの石が壁の穴にちょうど姿を消したころ、ロディオンは後ろに気配を感じて素早く歯の箱に石を戻し、鍵をかけた。振り返ると入り口にボーがいて、尻尾を振りながらこちらを見つめている。

 ロディオンはポケットから干し肉を取り出してボーに投げ与えると、船長室を後にした。幸い、ボーは訝しんではいるようだったが、ロディオンに対して吠えはせず、与えられた餌に飛びついた。

 ロディオンは甲板で風にあたりながら、改めて自分の頬をさすった。少しでも潤っただろうか。少なくとも実感はまだ湧かない。やはり、フジのがせねただったか!どいつもこいつも、腹立たしい。だが、まだ望みを捨てるには早すぎる。遅れて効果がやってくる可能性も捨てきれない。様子を見てみようじゃないか。

 航海長は覚束ない足取りで、よろよろと船長室から遠ざかっていった。


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