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四十五

 フジは決断をしなければいけないわけだったが、考えても考えても、どうしたらいいのかはわからなかった。水底にいるはずの自分の家族や谷の人たちのこと、魔女の島にいる鬼たちのことを思ったが、混乱するばかりで結論はでなかった。そこで結論を出すことを先延ばしにして、当面はロディオンをして歯の箱からヤガーの石を取り出さしめる計画を粛々(しゅくしゅく)と進めた。小人もフジも、あの手この手で航海長を塩や砂糖に晒し、体液を奪うことに励んだ。

 結果は上々で、ロディオンの乾燥はいよいよ極まり、指先などは乾いた高野豆腐のような質感になっている。彼の粘液を養分にしている部屋の苔たちも繁茂する勢いをなくした。これは苔の水分に癒されようとするロディオンをがっかりさせ、消耗させた。加えて、極度の乾燥に伴って集中力が低下し、ある日うっかり部屋の扉を閉め忘れた。このときに犬のボーが部屋に入り込み、苔を荒らした。苔は食い荒らされ、面白半分に蹴散らされ、航海長のオアシスは見る影もなくなった。航海長の憔悴振りは無残で、哀れを極めた。フジは途中で計画を放棄することも何度か考えた。しかし結局は続行した。

 ロディオンはその頃、乾いた舌を動かすことさえ痛くなっていて、その日の分の水をたたえた水袋から、最後の一滴を飲み下すのも一苦労だった。ナメクジになってからというもの、ポウはロディオンに余計に水を配るように采配していた。しかしそれでも十分ではない。

 つい今しがたまで一緒にいたポウに、ロディオンは追加で水を配給してもらいたいと願いいれ、むなしく却下された。船の水を賄う水吐き亀が最近、一匹死んでしまっているからだ。

「いや、しかし、まだ亀には余裕がある。もっと絞ることもできるはずです」

「まだ帰りの航海がまるまる残っている。貴重な亀を、途中でへばらせるわけにはいかない」

「どうもあんたは慎重になりすぎて困る。亀などは頑丈な生き物だからも少し無理させても大丈夫だ」

「この間一匹死んだじゃないか。お前は少し喉が渇いてもその通り生きているがな」

 心中でロディオンは憤った。しかしポウに楯ついて、いい結果を得るに至ったためしはない。冷静を心がけつつ、どうにか食い下がろうと次の言葉を探しているうち、ポウはもうこの話は終わりだとばかり、自分の夕食の皿から大きな骨付き肉を取ると扉の方へずんずんと進んでいく。ボーを甲板に連れ出して少し運動をさせるようだ。自分の生死に関わる話は、犬の散歩に遮られようとしている。

「おい待て!」

 ロディオンはとっさに声を荒げた。するとポウが踵を返して、ロディオンの方に勢いよく戻ってきた。ロディオンは大いにひるみながらも、生きるか死ぬかの話だ、ここで引くわけにはいかない、と深呼吸をした。下手に言えばへそをまげたポウに水の配分をこれまでより減らされかねない。慎重に、慎重に。この船長は気まぐれに無慈悲なことをする傾向があるのだ。

 しかしポウはロディオンを顧みることなく、皿から大きな殻つきの海老をつまんだ。

「ボーにももっとカルシウムが必要だな」

 そう言うと再び扉に向かい、ばたんと音をさせて出て行ってしまった。

 会議室には顔をどす黒く変化させたロディオンが残った。

「大体、あいつがふざけてかけた魔法で俺はこんな厄介な体になったんじゃないか」

 許せん、許せんとロディオンは唸った。

 それから夢遊病者のような覚束ない足取りで自室に戻ると、クローゼットを覆っている苔を乱暴に引きちぎった。コロンとそこから転がり落ちたのは、歯の箱の鍵となる骨のかけらだった。フジが転んだ際にロディオンの腰から鍵をもぎ取って以来、ここに隠すことにしていたのだった。ロディオンは骨を拾うと、暗い表情でそれをポケットにしまったのだった。


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