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二十三

 そうやって役場まで連れて行かれた後、マーテルともう一人の役人に、自分たちがその小屋にいつから住んでいるとか、家賃と称するものを一応ニタカに払っていたとか、知っている限りのことを話した。また、ニッキも初めて知ったことだが、敷地の周りには人が簡単には入れぬよう結界が張ってあったらしい。しかし、ウォリウォリ市が置いたバスの停留所がほんの少しだけ敷地に踏み込んでいて、強い霧除けのまじないがかかっているバスが何度も入り込むうちに、結界がすっかり解けてしまった。ニッキたちが住みつけたのは、そのためだった。それにしても、公爵の結界が市営バスのまじないに破かれるなんて、よっぽど予算を惜しんだのに違いなかった。

「ではね、今すぐには無理でしょうが、ニッキも、今月いっぱいを目途にするなどして、新しい家を探してちょうだいね。バス停に関しては、あと数メートル場所を停止させます。そちらはもう手配済みですから、ご心配なく」

 日暮れ近くに解放され、店には戻らずにバスに乗って直接家に向かった。バスはマーテルの言った通り、いつもの楠の根本から数メートル移動していた。ずるずると引きずられて移動させられたようで、土に跡がついている。

 うっそうとした森の中を、さて歩き出してみるが、どうにも奥へ進まない。歩けども歩けども、元のバス停のところまで届くか届かないかで足が自然に回れ右をしてしまう。

「別荘の結界を張りなおしたんだわ!こっちの承諾もないのに!」

 勢いをつけて走りこんでみたり、木に次々としがみつくように歩いてみるも、うまくいかなかった。夢中になって試みているうちに、バスが通り過ぎて行った。しまった!あれがここを通る最終バスだ。ニッキは走って追いかけたが、すでに霧が降り始めているので、運転手にはニッキの姿が見えなかったらしい。バスはぶぅん、と行ってしまった。ニッキは胸元から呼子笛を引き抜き、ピリピリと目いっぱい吹いた。フジと同様、いつも首から下げている笛だ。しかしバスは戻ってくる気配がない。

 途方に暮れている暇はなかった。待っていても助けはやってこない。霧は冷たく、ニッキの服を濡らしてきている。来た道を歩いて戻り、一番最初に目につく家に泊めてもらわなければならない。ニッキは必死で歩いた。次第にどこを歩いているのかわからなくなってきた。雲の中を歩いているようで、地面を柔らかく感じる。先ほどの呼子笛を吹き鳴らしながら、ひたすら歩いた。

 そういえば、フジは耳が良かった。この笛はフジの笛と同じ店の、同じ棚から買ったものだが、若干音色に違いがあるという。ニッキの音は六段目の『嬰ニ』の音で、フジのは『ニ』の音だという。さらにニッキが吹くと、音に丸みが出るらしい。ニッキの笛だけではなく、フジは町から呼子笛の音が聞こえると、これはどこそこの家の誰の笛だ、とか、どこそこの家の笛を誰かが借りて吹いている、ということまでわかって、それをニッキに教えてくれた。百発百中ではなく、たまにはずれることもあったけれど。

 やがて横手の方からピリリ、と呼子笛の音がした。ニッキもそちらを向いて一所懸命に笛を吹く。やがて、霧の向こうで黄色い霧電灯の灯りが揺れているのも見えてきた。

 相手の顔が見られる距離になって、それは門番のトム爺さんだと分かった。二人で歩み寄り、事情を説明しようとするニッキを遮って、

「さ、まずは儂の小屋に来なさい。霧が完全に落ちないうちに」

 と、背中を押されて促された。


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