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二十一

 下の階では、ナマメッキと呼ばれていた、先ほどの鬼がすでに布を裁つ作業をしていた。朝日が出るまでにニ十着分を裁たねばならないらしい。若い鬼も長い爪を器用に使って生地を広げ、手早く裁っていった。

 水はその間も引いていき、およそ一時間おきに塔の下の階が一つずつ出てきた。その時間に合わせて、橙の灯りを宿した小舟がやってきては、姿形の色々な鬼が窓から塔に入ってきているようだった。深夜になるころには、下の方の階でミシンを踏む音や、会話をする声で塔は賑やかになった。

 鬼二匹と大分仕事を進めたころ、階下につながる階段から、女の鬼がひょいと顔を出した。

「ねえ、テンたち、夜食いらないの?いらないんならもらっちまうよ」

 すると女の鬼がおっといけない、と慌てて椅子を立った。

「行こう、夜食が一番下の階に届いてるから。ナマメッキ、あんたまだダイエットしてんの?」

 ナマメッキは腕を少しあげると、再び作業に戻った。夜食はいらないようだ。

 フジとテンと呼ばれた若い鬼は作業を一旦休みにして、先ほど呼んでくれた女の鬼についていくように階段を降りて行く。女の角の間の髪の毛がむずむずと動いたかと思うと、みるみる蛇の形になり、フジに噛みつこうとして来た。フジは慌てて、二、三歩退いた。ヘビ女は顔だけ振り返り、ひひひ、と笑った。

 塔は八階建てで、どの階でも五、六人の鬼が働いていた。フジが通ると、

「新入りかい。人間とは珍しいね」

 などと、声をかけてくることがあった。

 どの階でも、色とりどりの端切れや布、服がいたるところに広げられている。特に一階には、目も綾な完成品が所狭しと吊るされ、絢爛豪華だった。薄い紗でできたものからどっしりした天鵞絨のものまで、たくさんのドレスで溢れていた。

 風車小屋の横に、天井の高い建物があって、そこが食堂となっていた。たくさんの鬼たちがそこで休憩をとっている中、テンは足早に奥まで進んでいく。奥の机に、肉を包んだ大きなパンがうずたかく並んでいるので、それを手に取った。テンはパン生地が見えなくなるまでふんだんに、赤いソースをパンにかけた。フジもパンにソースを乗せると、空いている席に腰かけて二人で食べた。

「そうか、フジも秋の谷にいたのか。あたしも秋の谷の端っこに広がる森に棲んでたんだ。ま、あたしの住んでたとこはどっちかというと緋の国って言うのかもしんないけど」

聞けば、秋の谷が沈んでからこっち、ここに住み続けているという。

「ここは住みよい?」

「馬鹿いうなって。そりゃぁ田舎より面白いものはあるけど、やっぱりヤガーの下で働くなんてばからしいと思うよ」

「じゃあ、いつかは違うところに住む予定なんだ」

「というよりも、元の森に帰れないと困る。あたしら鬼はね、土地にくっついてるんだよ。土地を何年も長く離れると消えちまうんだ。ここにいる鬼たちも故郷が水没した奴ばかりだ。だからここで水の石を作る魔法使いを手伝って、海賊たちがそれを使って沈んだ土地を浮かび上がらせてくれるのを待ってるのさ」

 フジは食べかけのパンを皿に置いて、テンをまじまじと見つめた。

「さ、仕事に戻らないと、時計にどやされるよ」

 テンはパンをさっさと食べ終えていて、皿を元の場所に戻しに行った。フジも残りのパンを手に持つと、テンについてまた上の階に戻って行く。

「お前、それは仕事場に持って帰れないよ!せっかくの布を汚したら大変だろうが!」

「は、はい」

 それから夜通し働いた。水は一階の高さまで下がると、今度は逆に嵩を増していき、再び塔は水に浸かっていった。一階、また一階と、来た時と逆の順番で鬼たちが舟に乗って塔を離れていった。低い階で働いていた鬼ほど、働く時間が短い。水が六階の高さになるとテンは帰り支度を始めた。すでに日は昇り、鳥たちが朝のさえずりを始めている。

「お前も、本当は水が八階の高さになるまでいなきゃならないんだけど、今日は特別にあたしと帰るよ。でも、普段そんなことをしたら時計に食われちまうからね」

「あの時計、数字が十四個もあるし、針も滅茶苦茶な進み方するね」

「ヤガーの時計なんだ。ヤガーは古い魔法使いだから、時間の単位が今と違うんだよ。時計はみみっちいくらい細かいことヤガーにちくるからね、気をつけなよ。ヤガーに目をつけられたらここよりひどい仕事場に行かされるんだから」

 フジの小舟は八階から張り出した板に引っかかっていたが、ナマメッキが舟を降ろして七階の水面に浮かばせてくれた。

 二匹の鬼の操る舟に後れながらも、疲れた体を精いっぱい奮い立たせて櫂を動かした。やがて、テンが「女子寮」と呼ぶ、丘の上にある石作りの長屋に漕ぎ付いた。フジとテンはそこで舟を降り、ナマメッキは「男子寮」へ帰るため、再び舟を漕いでいった。

「あたしらの部屋は四人部屋なんだよ。他の二人は先に帰って寝てるから、静かに入るんだよ」

「二人ともさっきの塔にいた人?」

「違うよ。一人は賄いどころ、もう一人はレンガ焼き場で働いてる。しんどい仕事だよ」

 そっと玄関の内に滑り込むと、フジはテンに用意してもらった部屋着に静かに着替えた。

「これから毎晩働くの?」

「そうだよ。でも大雨の日は、お休み。大雨のときは、塔から水が引かないんだ。でもね、お前だけは雨が降ったら、昼間でも舟を出して、干してる布を取り込みに行くんだよ」

「えっ。あたしだけ?」

「文句なんて言うなよ。それでもあんたはあそこで働けるんだから、いい方だよ。とにかく、寝てるときも雨の音には気を付けな」

 さっ、もう静かにしないと、皆に悪いよ、と囁いて、テンはベッドに潜りこんだ。フジも色々と聞きたいことはあるものの、眠くて仕方がないので、ふらつきながらベッドに入り、瞳をぎゅっと閉じた。


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