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波及Ⅱ

袖ヶ浦市消防本部 長浦消防署 石井消防士長

屋内退避から2時間近くが経過した。本部が警察に救護を要請したが、沿岸一帯に上陸されたお陰でその対応に追われており、すぐに部隊は送れないと言われたらしい。ニュースでもやっていたが国民保護措置の適応が発表された現状としては、ここに来るのは警察よりも陸自の可能性が高いと言うのが一致した見解だった。

「状況は変わりないか」

「静かなもんだ。入って来るような雰囲気もない。」

「そちらに向かっていた応援の消防隊にも被害が出ている。絶対に無茶な事はするんじゃないぞ。」

「了解、何か進展あれば連絡願いたい、通信終わり」

妙な静けさが我々を包み込んでいた。車庫のシャッターや入り口を開けようとする行為も何もない。トイレの換気口から様子を窺ったが、ウロウロと周りを歩くだけでそれ以外に敵対的な行動は見られなかった。防犯カメラの映像だと近くにヒトデも居るらしく道路の方に黒い靄が確認出来る。近付いて来ない事を願うだけだ。

「民間人の様子はどうだ」

「落ち着いています。我々もそうですが何も出来ませんからね。騒いでも疲れるだけです。」

物資的に考えて2~3日ぐらいは篭城出来るが、それは接触を完全に避けれたらの話だ。中に入って来られたら否応にでも戦わなければならない。署内でどうやって戦うか逡巡していると中隊長に声を掛けられた。

「石井、見張りのローテーション編成は任せるぞ。何人か俺と来い。取りあえずでも武器になる物を集めよう。車庫から始めるぞ。」

「分かりました」

休憩室の民間人は救急隊に任せて我々は見張りチームの編成と万一に備え武器を集め始めた。ライフラインが生きている事が何よりの救いである。

「見張りは取りあえず朝の6時頃までを想定して2時間ずつの交代とする。編成は小隊そのままでいいだろう。各自4時間は休憩が出来るローテーションだ。」

3個小隊で代わる代わる外を見張る組み合わせだ。民間人もその気になればだが防犯カメラの映像を注視する役割をさせてもいいだろう。消防車は殆ど乗り捨てて来たので残っている車両も業務用の公用車ぐらいだ。下手に突破しようなんて考えは持たない方がいいに決まっている。夜番で居合わせた副署長が最初に見張りへ行く小隊へ夜食を手渡していた。

「親父の手料理だからと言って甘く見ないでくれ。この年だがそれなりに家事は出来ているつもりだ。」

「娘さんはご無事ですか」

「住んでるのは銚子の方だ、殆ど関係ないだろう。さぁしっかりな。」

妻と死別し、その後のゴタゴタで娘にも愛想を尽かされた父親だがそんな哀愁は微塵も感じさせなかった。本人的にも吹っ切れた所があるらしく50代とは思えないエネルギーを見せている。

「お前こそ家族と連絡は」

「向こうは問題ありません、よくやってくれてます」

「じゃあ尚更、生きてこの場を切り抜ける事を考えろ。俺のようにはなるなよ。」

妙に重たくその言葉が圧し掛かった。やはりこういう時、年の功は頼りになる。最初の小隊を送り出してから、武器を探しに行った中隊長たちに合流するべく自分も車庫へ向かった。


千葉県警銃器対策部隊 小林巡査部長

神川警部補から例の溶解液を飛ばして来る敵の動向に注意しろとの知らせを受けた直後、2階で見張っていた部下がソイツを視認した。

「2階監視、駅前に居たヤツが通りに居ます」

「周囲の状況は」

「人型に守られるように移動中、このまま川へ戻るようです」

このまま見過ごすか少しでもダメージを与えるか二択だ。しかし我々はここを護り切れればそれで良い。一度退けた連中へ無駄にちょっかいを出す必要は無いだろう。発砲は控えて存在を知られないようにするべきだと思った瞬間、1階正面入り口に張り付いていた隊員がインカムを指先でコツコツ叩いた。低倍率のスコープを覗き込むと曇りガラスに人型のシルエットがくっきり映し出されているのが分かる。照明を落としているので外から差し込む街灯の明かりがそれを際立たせた。

「……物音ひとつ立てるなよ」

ロビーの道路側に居た隊員は四つんばいで移動してカウンターに逃げ込み、入り口の両脇に身を潜める2名の隊員がホルスターの拳銃に手を伸ばす。静かにゆっくりと時間が流れた。中を窺っているようだが入って来ようとする感じはない。永遠に思える5分足らずの時間が過ぎ去ると、人型のシルエットがスーッと消えた。次の行動次第でこちらの対応も決まる。サブマシンガンを構える両腕に力が入った。2階で見張っている隊員の怒号がその静寂を突き崩す。

「敵襲!」

溶解液の塊がロビー道路側の窓ガラスに着弾した。立て掛けてあるソファとガラスが蒸発音と共にみるみる溶かされていく。硫黄のような鼻を突く異臭がロビー全体に立ち込めた。2発目の溶解液で完全にバリケードを破壊され、開いた穴から人型が侵入し始める。

「撃てぇ!」

狭い院内に銃声が鳴り響く。1体目は胸や喉を撃ち抜かれて崩れ落ち、2体目も頭を撃たれてそのまま後ろに倒れ込んだ。その場を部下たちに任せ院内の奥に逃げ込んだ院長を始めとする人たちの下に向かう。診察室を開けると全員が不安そうな表情をしていた。

「退けられたら自分か誰かが報告に来ます。それまでは内側から塞いで絶対にここから出ないで下さい。」

完全装備な上に目出し帽で顔もよく分からない男にそう言われたら従うしかないだろう。ドアを閉めて内鍵の掛かる音を確認してから持ち場へ戻った。敵の開いた突破口には人型の死体が折り重なっている。

「どうだ」

「6体は倒しました!外にはまだ何体か居ます!」

また1体入って来た。サブマシンガンは温存し、距離も近いので拳銃による射撃に切り替える。カウンターに居る隊員が人型の胸に3発撃ち込んだ。前のめりに倒れてそのまま動かなくなる。

「2階と非常口の見張りは絶対にその場を離れるな、こちらに戦力を集中させて別ルートから襲って来る可能性が少なからずある。異常があれば随時報告しろ。」

「非常口了解」

「2階監視、発砲許可願います。ここからならアイツを狙えます。」

「本気で仕留めようとは思うな、射線には十分注意してくれ」

「了解」

窓から銃口を突き出し、低倍率スコープの中に見える赤い点を新種の生物に合わせる。見た目は丸めの長方形で全身が小刻みに波打っていた。色は薄いグレーで全身を何かの粘膜に覆われているように見える。こちらに対しフジツボのような突起を向けてまた溶解液の塊を撃ち出して来た。その突起を狙って5発ほど撃ち込むと、全身を激しく振動させて赤黒い体液を撒き散らし、突起を体内に引っ込ませて後ずさった。異常を察知した2~3体の人型が盾になるように取り囲み、こちらへの攻撃を中断して移動を再開。追い撃ちの如く射撃を送り込むが人型に阻まれて当たらなかった。

「逃げ始めました。人型が盾になって上手く当てれません。」

「その辺でいい、侵攻も止んだようだ。」

院内に入り込んだのは計10体。外にも同じぐらいの数が居たようだがその全てが逃げていった。溶解液を水で外に流し出し、バリケードを作り直すと同時に院長たちへ報告を行う。全員が安堵した表情を浮かべた。


木更津署交通課 川井巡査部長

「そろそろですね」

住民の男性がカセットコンロで沸かした鍋からレトルトカレー3つを引き上げて、それぞれの皿に盛られたご飯の上に開けた。いい匂いが立ち込める。敵陣ど真ん中でのささやかな夕食だ。

「ありたがく頂きます」

孤立してから約2時間近くが経過。磨り減った神経にカレーの味が染み込み、緊張が解されていく。署からの情報では国民保護措置が発令され自衛隊の出動が容認されたと聞いていた。ここから逃げ出せるのもそう遠い話ではない。それまで息を潜めるだけだ。

「今夜中には何とかなりそうか」

外を見張っていた同僚も窓を閉めてその場に加わった。暫しの間、全てを忘れて胃を満たす。お茶を飲んで一息ついた所で男性が口を開いた。

「外はどうですか」

「何体かが入れ替わりながらウロウロしています。やはりここに敵が居る事は連中も認識しているようです。」

「それにしちゃあ入って来ようとしないのは何なんだろうな」

「思ったんですけど、物を使うとか開けるとかの概念がないんじゃないですかね。勝手口がたまたま半開きだったから手を掛けただけで、もし鍵が開いていたとしてもドアノブを握って開けるという思考が確立されない可能性が高いと思います。」

それは確かに感じた。現に家の内部は荒らされた形跡が一切ない。連中からしてみれば洞窟か何かと同じ自然構造物の中に居る認識なのではないだろうか。

「俺も一つ気付いた事がある、と言うよりまだ可能性の粋を出ないんだが…」

視線が集中する。上手く言葉に出来ないのか何回か唸っていた。

「連中が撒き散らしているあのガスはもしかしたら空気より比重が軽いんじゃないのか。陽が沈む直前、ガスがこっちまで寄って来たんだ。やばそうだったけど俺らはこうして元気だろ。」

やばそうなら一言ぐらいあって欲しいと思ったが後の祭りだ。だがその言葉は説得力があった。

「……確かに、大気中に長く滞留する気体なら俺たちはもうお陀仏になっている可能性は高いな」

「アンモニアみたいな感じなんですかね」

「霧散しやすいなら人工的に風を起こしてガスを吹き飛ばせないかって話だよ」

アリかナシかと言えばアリだと思った。あのガスの漂う中では移動も避難も困難である。少なくとも風上に居れば少しは大丈夫だろう。そうすれば逃げようもある。

「報告しとくか」

無線機を掴もうとした瞬間、3人の耳に連続した銃声が飛び込んだ。距離がそれなりに開いているように思えるが拳銃やサブマシンガンの類ではないように感じた。もっと大きい口径の銃器を使用したような音である。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

「かずさ」と「かつうら」の20mm機関砲によるバースト射撃がホヤ型の生物に集中する。波は穏やかだが全弾命中とはいかず、7割程度の精度で着弾していた。人型の群は浮き足立つような仕草は見せていないが海に近い場所に居た連中はどんどん海中にその姿を消していく。

「どうだね、撃破出来そうか」

「出血のようなものは確認してるそうです。もう少し距離を縮めましょう。」

2隻がゆっくり前進する。「かつうら」の攻撃が根元に集中し、大きな肉片が弾け飛んだ。次に送り出された「かずさ」の射撃が中央部に全て着弾しホヤ型の肉を抉り取る。その衝撃と根元を一部破壊された事からか、バランスが崩れたらしく横転した。溶解液はショック的なもので止まったようだが、ガスはまだ噴き出ている。

「射撃担当より報告、生物が横転」

「生体反応は」

「熱分布ではまだ生きている可能性が高いと。それに溶解液は止まったようですがガスはまだ噴き出ているそうです。」

「中途半端に生かした状態でも脅威度は減らない。確実に仕留めろ。」

その後も2隻の攻撃が横転したホヤ型に降り注いだ。合わせて100発近くが着弾し、全体の3分の2を破壊した所で次の標的に攻撃を行った。漁港に居るホヤ型はさっき撃破したのを含めて4体。県警の到着までに全てを破壊するのは時間的に厳しいだろう。

「県警より入電、間も無く到着するそうです」

「目標を人型及びヒトデに変更、ホヤは恐らく自力では動けないだろう。他の数を少しでも減らすんだ。」

照準を固定せず砲塔を動かしながら射撃を送り込んだ。歩き回る人型が20mm砲弾で切り裂かれ、ヒトデの足が千切れ飛ぶ。数だけで言えば事態発生以後、生物群に最大の損害を与えた攻撃となった。しかし連中の物量を引っくり返せた訳ではない。一旦海に戻った人型が再び上陸を始めた。殺した分だけの数があっと言う間に増えていく。

「どれぐらいやったかね」

「観測した限りではホヤ2体、ヒトデ6体、人型は30体以上です」

「十分か。よし、回頭する。少し離れよう。」

2隻が漁港から離れていく。それに対し内陸から漁港方面へ向けて突っ走る車列があった。4台の銃器対策警備車と3台の特型警備車、2台の遊撃車で構成されているそれは、千葉県警SAT及び銃器対策部隊による合同攻撃チームである。その車列を追うように道路をひた走る人員輸送車の群れが千葉県警第2機動隊だ。事態発生より4時間弱が経過し、ようやく人類側の戦力が整い始めていた。

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